11.悪夢を見る猫(2)念願のきゅうり編1
僕はその日も気持ち良く昼寝をしていたんだ。
僕って結構夢の達人で明晰夢もよく見るんだけどこの日もそうだったかな。
いつも僕が見ている夢っていつもは現実っぽい世界が舞台なんだけどこの日はちょっと違ってた。
現実世界で体験した事ない事ばかり起こっていたんだ。
でもそれは夢の中の話だし、多少はね?
まず最初に僕はどこか見た事があるようなないようなそんな場所を歩いていたんだ。
そうしたら犬に出会ったんだ。うん、あれは確か柴犬だった。
彼は僕に出会うとこう言ったよ。
「お前何不景気な顔してるんだよ?ちゃんと飯食ってんのか?」
飯食ってるかだって!この寝る事の次にご飯が好きな僕に向かってだよ?
この犬の一言にかちんと来た僕は言ってやったね!思いの丈をぶちまけたね!
「こう言っちゃなんだけど僕は食べるのが大好きなんだ!」
僕がそう言ったらそいつ、じいっと僕の顔を覗き込むんだ。
まるで生まれて初めて猫って生き物を見たみたいな物珍しさでさ。
あんまり顔を近付けるものだから僕は顔をペロペロ舐めて来るかと思って警戒したくらいさ。
そしたらそいつ、あいも変わらず僕に向かってこんな事を言うんだ。
「へぇぇ、俺からはそんな風には見えないなぁ。血色悪いぞ普通に」
勝手に顔を覗き込んだ挙句に勝手な事を抜かすもんだから僕も気を悪くしたね、当然だよ。
こいつ、普段の僕の事を何も知らない癖にって言葉が喉まで出て来たよ、喉まで。
…結局は言わなかったけど。何たって僕は平和主義者だから。
正直言えば喧嘩とかした事ないから何も言えなかったって言うのが正解だけど。
そんな訳で気分が悪くなったからもうその犬の事は無視してまた歩き出したんだ。
全く今日はなんて日だ!ってその時は思ったね。
でもよくよく考えてみると僕はあんな大きな犬に実際に触れ合った事はなかったんだ。
えっ?柴犬って犬の方では小さい方だって?それはそうかも知れないけど…。
やっぱ猫の体に比べたらね、でっかいよ。
人間だって身長差が10cm違えばもうその差にビビるじゃん?
で、そこに気付いてここが夢の中だって自覚したって訳。
さっきの犬の事はもう思い出さないようにしようとしていたんだけどやっぱり気になっちゃってね。
それで僕は取り敢えず今の自分の顔を確認する事にしたんだ。
あの言葉を気にしてずっと不安を抱えたままだと精神衛生上にも悪いしね。
そんな訳でまず僕は鏡を探したね。
文化的に生きる家猫様はやっぱり文化的な行動をしなくっちゃ。
野良みたいに水たまりで顔を確認するなんて恥ずかしくてとても出来ないよ。
でもその世界には人工物が見当たらなかったんだ。
考えてみたら物心ついた頃から家の中でしか生活していなかったのに何で僕はこんな外を歩く夢なんて見てしまったんだろう?
ここが家の中じゃないって自覚したら途端に何か怖くなってしまってね、思わず僕は走り出したんだ。
どこまでもどこまでも走ったんだ。そりゃもう体力の限界まで走ったんだ。
狭い部屋の中じゃ体験出来ない力の限りの全力疾走。
この時ばかりはこの夢の中を楽しく感じていたね。
けれどいつも運動不足だった僕はすぐに力尽きたよ。
夢の中なのに体を動かして疲れるって変な話だけど。
もしかしたらここが夢だって自覚したからなのかも知れない。
そんな訳で力尽きて倒れている僕の前にあの柴犬が立っていたんだ。
いつの間にお前がここに?って思ったけどよく考えて見ればここって夢の中なんだよね。
夢の中なら何が起こっても不思議じゃなかったよ。
だから僕はすぐにこの状況に納得したんだ。
「お前何やってるんだ?」
犬の野郎、僕の顔を見るなり間抜けそうな顔でそう言ったよ。
疲れきって怒る気力をなくしてなけりゃ今からバトルが始まるところだよね…。
「み、水…」
何を思ったのか僕は無意識にこの僕を馬鹿にしている犬に助けを求めていたんだ。
きっと疲れきって頭がまともに動かなかったんだろうね…。
でもいくらなんでもこんな僕の頼みをこの犬が聞くはずがないって半ば諦めていたんだ。
「ほれ、飲みな」
僕の前に渡されたのは水の入ったお皿だった。
意外な事に犬は僕を助けてくれたんだ。期待していなかった分びっくりしたよ。
僕は犬にお礼も負わずに夢中で飲んだね、もう乾いたスポンジが水を吸うような勢いで飲んだね。
その時、飲みながら僕は自分の顔を見たんだ…無意識の内に見ちゃうよねうん。
そうしたら…本当に僕の顔は自分でもびっくりするぐらい酷い有様だった。
「嘘?僕の顔色って悪過ぎ?」
「ようやく気付いたか」
水を差し出した犬はこれ以上ないって程のドヤ顔だった。
助けてくれた事もあって僕はその顔に文句の一つも言えなかったよ。
本当は言いたかったけど…ツッコミ体質だから…でも我慢我慢。
「そんな不健康なお前にいい事を教えてやる…きゅうり食えきゅうり」
「はい?」
犬のやつ突然何を言い出すかと思えばきゅうりだって?
僕は生まれてこの方きゅうりなんて食べた事ないんだけど…。
いや、きゅうり自体は知っているよ?あの緑で細長い野菜の事でしょ?
そのきゅうりって言うのが健康に良いって事?
「俺なんていつもきゅうり食べてるからこんなに健康だぜ!」
犬はドヤ顔のまま僕にそう話すんだ。
確かにそいつの顔や身体はとても健康そうだった。
それがきゅうりのおかげかどうかは分かるはずもないけど犬自身はそう思っているらしい。マジかよ…。
「じゃあそのきゅうりって言うのを分けてくれよ」
「ダメだね。今日の分は食べちまってもうないんだ」
「何だよそれ…」
犬の奴、勧めておいて今は現物を持っていないとか…どんなイジメだよ…。
何だかそう言う風に言われるとすごくそのきゅうりって奴が食べたくなるじゃないか。
僕はどうしても辛抱溜まらなくなって犬にきゅうりについて聞いてみたんだ。
「そのきゅうりはどこに行ったら手に入るんだ?」
「何だお前きゅうり食べたいのか?きゅうりは美味しいからなぁ」
「美味しいのは分かったから!食べたいんだよ!」
「まぁそう急くなって…そうだ、地図を書いてやろう…」
犬はそう言って地図を書いて僕に渡してくれた。
犬の話によればその地図に書いている場所に住むおっさんがきゅうりを作っているらしい。
「おっさんをうまい事おだてりゃきゅうりが手に入るぜ?行ってみな!」
「…他にきゅうりを手に入れる手段はないの?」
僕はきゅうりを手に入れるのにそんな面倒な手段は取りたくなかった。
だって見ず知らずのおっさんをおだてなくちゃいけないんだよ?
そんなの…コミュ症の僕にとってハードルが高過ぎるじゃんか…。
それに何だかこの話嘘くさいし…。
「何だよ?疑ってるのか?旬じゃないこの時期に確実に手に入れるにはそれがベストなんだぜ?」
犬は僕が疑っているのを察してこう付け加えた。
そう言う犬の顔をじっと見ていると奴が嘘をついていないとそう思えた。
仕方ない、この話…信じてみるかな。
「…そうなのか…じゃあ行ってみるよ」
「おう!気をつけてな!」
話してみるとこの犬は結構いい奴だった訳だ。
ここまでしてくれるなんて正直思っていなかった。
それでちょっと感謝の心ってのが芽生えて奴にお礼を言ったんだ。
「…色々と有難う…」
「え?何だって?」
犬はハッキリ聞いているはずなのに聞こえていない振りをする。
要はお礼のおかわりを要求しているんだ…見え透いているよ。
僕はその要求している犬のニヤニヤ薄ら笑いをしている顔がムカついて声を荒げたね。
「何でもないよ!」
何だよ…いい奴だと思っていたのに性格やっぱり悪いんじゃないか。
これだから犬って言うのは信用出来ないんだよな…。
でも折角地図を書いてくれた訳だし僕はそこに行って見る事にしたんだ。