10.きゅうりウォーズ(25)
「あああああああ…っ!」
「トール、気をしっかり!今の君は誰にも見えてない!」
トールはロルウの言葉も聞かず突然走り出して行きました。
それほどの恐怖を一瞬で感じてしまったのでしょう。
ロルウは走り出したトールを止める為に彼を懸命に追いかけます。
何故ならここでの無謀な行動は文字通り命取りだからです。
そんな時、基地全体に異常な感覚が襲います。
何かが起こっていると、その時基地内にいる誰もがそう思いました。
その違和感は銃を構えていた兵士達全てが思わず撃ち方を止める程でした。
「一体何が起こっている?」
「分かりません!とにかく基地全体が異常な磁場に包まれています」
「一刻も早く状況を分析して知らせろ!」
「はっ!」
きゅうり軍基地司令室では早速この違和感について調査をするよう指令が下ります。
しかしこの激しい戦時下で性格な調査なんて出来るものなのでしょうか?
それでも命令を受けた兵士は上官の期待に答えようと精一杯の調査を始めました。
さて、ではこの異常な状態の正体とは何なのでしょう。
答えは何と猫軍をこの月基地に送り込んだゲートなのでした。
実はこのゲート、月に兵士やミサイルを送り込む以外にまた別の機能を備えていたのです。
実はその機能こそがこのゲートの本来の使用目的でした。
その別の機能とはこの月基地そのものをまとめて別の次元に飛ばす強力な次元跳躍機能です。
ケビン博士の計画は最初から月基地に兵士達を集め月基地ごとどこかに飛ばす計画だったのです。
ゲートのひとつひとつは人を送り出す程度の能力しかありません。
けれど複数のゲートが同時にフル活動する事でそれが可能となります。
その為にゲートを大量生産する必要があったのです。
全ては両陣営からの兵力完全撤廃を目論む博士の計画通りでした。
「うわああああああ!」
博士の計略にハマった月基地内部は異常な状態になっていました。
基地内の次元構成がゲートの可動により変わっていきます。
この状態では最早両陣営共に戦闘など出来るはずがありませんでした。
ゲートが本来の機能を発揮してそれからどれほどの時間が経ったでしょう。
ゲートからのエネルギー照射を受けて臨界点を超えた月基地はやがて一瞬で月から姿を消しました。
こうしてケビン博士の計画はここに無事成就したのです。
月を監視していた衛星からの報告を受けてケビン博士は大いに歓喜しました。
月基地の消滅を受けてケビン博士は本格的に行動を開始しました。
まず自分がきゅうり人だった事を明かし、既に地上に数多くのきゅうり人が生活している事も公表します。
それから自分達に攻撃の意志がない事や猫達と平和に暮らしていく事を宣言しました。
その宣言を受けて猫達に紛れて生活していたきゅうり人達は徐々にその正体を明かし始めます。
既に猫達の生活に深く根付いていたきゅうり人達はなし崩し的にこの共同生活を既成事実化していきました。
最初に大きな混乱が生じたものの、お互いが歩み寄る事でゆるやかに猫ときゅうり人たちの理想郷が作られていったのです。
そう、全ては長い時間をかけて計画を立てたケビン博士の思惑通りとなりました。
さて、次元を放浪する事になった月基地はその後どうなったのでしょう。
軍人達以外に民間人のトールとロルウを巻き添えにした月基地。
異次元空間内では時間と空間の概念が無秩序に再構築されていきます。
その中で猫は徐々にその人間並みの大きさと寿命と知性を失い、きゅうりもまた手足を失いただの野菜と化していきました。
トールもロルウもあの戦闘の中で奇跡的に無事でしたが、この状況の中で徐々にお互いの事を忘れていきます。
やがて2人は長い時間をかけて培って来た熱い友情も絆も何もかもすっかり忘れてしまいました。
そうなってしまった2人はもうただの猫ときゅうり、それ以上でもそれ以下でもない関係です。
やがて放浪の末、月基地は名もない星に辿り着きます。
その星についた瞬間、長い次元放浪でボロボロになっていた月基地は崩壊し、一瞬で跡形もなくなってしまいした。
知性を失った猫達はそれまでの記憶を忘れ他の動物と同じように四足で歩き始めます。
きゅうりは…手足を失いただの野菜になってしまったきゅうり達はもう自力で動く事すらままなりません。
猫はこの新たに辿り着いた新天地に探索と称して思い思いに歩き出していきました。
きゅうりはこの星の先住生物に食べられ、結果としてその種はこの星中に広がっていきました。
この月基地が辿り着いた星こそ現在の地球なのです。
きゅうりと激しい戦闘をした猫達は今でもその事を潜在的にずうっと覚えています。
なので今でもきゅうりを見ると猫はびっくりしてしまうのでした。
きゅうりに驚く猫はもしかしたらトールの子孫なのかも知れませんね。