10.きゅうりウォーズ(23)
彼らは本気で我々を止めようとしていると…自らの正義を信じて…。
けれど軍隊側にもこの計画を進める義務があります。
多くの予算を組んで訓練して…全てはこの日の為なのです。
それをたった2人の若者に説得されて止める事など出来ませんでした。
「見事な決意だ…だがもう止められないんだよ…そんな事をしても無駄なんだ」
「隊長!どうしますか!」
「全て予定通りだ。準備を整えろ!」
軍と2人のにらみ合いは少しの間続きましたが…それは軍の準備が整うまでの時間稼ぎ程度にしかなりませんでした。
やがて隊長の指示に従って2人の背後のゲートが稼働を始めます。
「な!うわあああ!」
ゲートの近くにいすぎたせいでしょうか、ゲートの可動と同時に2人はその中に吸い込まれて行きました。
その結果、2人は軍隊より先に月の基地に行く事になってしまったのです。
これはトール達2人にとって全く想定外の事でした。
無防備な状態で月に飛ばされた2人、これから彼らは一体どうなってしまうのでしょう?
ゲートを稼働させて2人を月基地に送った隊長はその結果に眉ひとつ動かさず、すぐに全部隊に指令を出します。
「これで問題解決だな…全部隊!これが最後の作戦だ!行くぞ!」
こうして2人の奮闘も空しくきゅうり軍と猫軍の壮絶な最終決戦の幕が切り落とされました。
全てはこの日の為に長年計画を練って裏で動いていたケビン博士の手のひらの上とも知らずに…。
2人が気がついた時、そこはきゅうり軍の月基地の内部でした。
しかも目覚めた時に彼らがいたのは誰かの部屋のようです。
「ここ…は?」
「気がついたかロルウ…軍を首になったと思ったら捕虜を連れて戻って来るだなんて流石だな…」
「なっ…ピエール、君が助けてくれたのか」
飛ばされた2人を助けてくれたのはどうやらロルウの元同僚のようです。
彼、ピエールはロルウが猫を連れているのを見て都合よく誤解してくれたみたいでした。
このまま正直に話すより誤解してくれていた方が話を進めやすいと思ったロルウはそのまま口裏を合わせる事にします。
ピエールはそんなロルウに対し現在の基地の状況を話してくれました。
「もう戦闘は始まっている…俺が見つけていなかったらお前らあの場で蜂の巣になっていたぞ」
「戦闘!もう始まっているのか!」
「ああ…奴ら俺達の武器より強い火力のものを使っている…一体どう言う事なんだ!」
ピエールは猫軍の武器がきゅうり軍の持つ装備より威力が強い事を理不尽に思っています。
その事で地上の情報収集担当だったロルウに対して強く詰め寄りました。
ロルウは自分に何を求められているのかとっさに感じその事についての説明をします。
「彼らの武器は先史きゅうり文明の遺産を利用したものだ…恐らく単純な武器の火力ではこちらに勝ち目はない」
「何…だと!」
ロルウのこの発言にピエールは絶句します。
何故なら今まできゅうり人の方が猫達より全てにおいて優っていると思っていたからです。
きゅうり人達は過去に自分の星を離れる際に多くの軍事技術を失いました。
脱出する際に当時の軍事技術者を殆ど救えなかったからです。
その為、きゅうり軍の軍事技術は大幅に後退していました。
その失われた技術を猫達が使っている…ロルウの話を聞いてピエールは楽観視していた戦況が本当は厳しいものだとその時初めて悟りました。
絶句するピエールの顔を見ながらこの時ロルウは大変な事を思い出しました。
今すぐこの事をピエールに伝えないと大変な事になると思ったロルウは彼にその事を伝えます。
「それより早く防御シールドを!襲ってくるのは人だけじゃない!もうすぐミサイルも飛んで来る!」
「流石エリート諜報員、情報は確かなんだろうな」
「間違いない、そのミサイルも何らかの加工をされている可能性がある、このままだと基地が持たないかも知れない」
「分かった、信じるぜ。今から伝えてくる!こう言うのは直に会って伝えた方が説得力が高いからな!」
「ああ、よろしく頼む」
一刻を争う状況でもその情報の精査を確認する、このピエールまた訓練された一流の軍人です。
実際に現場にいたロルウはこの情報に絶対の自信を持っていますから発言に一切のブレがありません。
その力強い発言を聞いてピエールはロルウのこの言葉を信じたのでした。
ピエールは一度部屋を出てその言葉を伝えようと出て行くのですがまたすぐに部屋に戻って来ました。
「お前も身体が動くなら一緒に来いよ!」
「いや、軍を首にされて今更顔なんて出せないよ」
「…まぁ事情があるんだろうな」
自分の誘いを断った事で事情を察したピエールはひとりで司令部に報告に行く事にしました。
一緒に行動出来ない事に対してロルウはピエールに謝罪の言葉を述べます。
「同行出来なくてすまない…」
「いいって、しばらくここで休んでろ!」
そう言ってピエールは部屋を出て行きました。
部屋に2人きりになった事を確認しておもむろにトールが目を覚まします。
実はトールもロルウが目覚めた時と同じくらいに意識が戻ったのですが気まずい雰囲気を察してずっと眠ったふりをしていたのです。
その眠ったふりはロルウも薄々と感じていました。
「行った?」
「ああ…しかしゲートに吸い込まれるなんてな」
「結局戦争は止められなかった…」
作戦が失敗して落胆するトール。
責任を感じているのでしょう。トールは失意に満ちた顔のままずっとうつむいていました。
そんな彼を慰めるようにロルウは優しく声をかけます。
「取り敢えず星に戻ろう。この基地の事なら把握している。ゲートが一方通行なら宇宙船を使って物理的に帰ればいい。何よりここは危険過ぎる」
「いいの?ここには仲間がたくさんいるんでしょ?」
こんな状況になってもトールはロルウの仲間の事も気にかけてくれます。
ロルウはそんなトールの優しさを嬉しく感じていました。
けれど今のこの事態になってしまってはもう何もかもが手遅れなのです。
ロルウは強い口調で現実の見えていないトールに言いました。
「もう彼らを止める手段なんてない!今は自分達の身の安全を考えるしかないんだ!」
「そんな!打つ手ならまだ何か…」
「これは戦争なんだ!甘い幻想は捨ててくれ!」
戦争…この言葉がトールの胸にズシンと響きます。
実際、トールは戦争を知りません。
産まれてからずっと平和を甘受してきました。
目の前にあるリアルな戦争を前に理想論などは簡単に打ち砕かれました。
それでもとトールは自分の意見との妥協点を探ります。
このまま誰一人救えずに逃げ帰るなんてすぐには納得出来なかったのです。
「ならせめて、さっきのピエールとか言う人だけでも一緒に…」
「僕が何でピエールをひとりで行かせたと思う?」
「え?それはミサイルの危険を知らせるためじゃ…」
ピエールと一緒に軍司令部に行かなかったのは軍を首になったから言うのはどうやら本当の理由を隠した方便のようです。
この謎の答え、ロルウの本意をトールは測りかねました。
答えが中々返って来なかったのでロルウは仕方なくその真意を説明します。
「時間稼ぎだよ。僕らが脱出する為の」
「え?彼はロルウの友達じゃないの?助けてくれたんだよ?」
「残念だけど今の基地に残っているきゅうり軍兵士で好戦的じゃない奴なんてひとりもいない」
「彼を説得しても無駄って事?」
「そうだよ。それに戦況から言ってこの基地は長くは持たない…すぐに行動しないと基地内の宇宙船も全て破壊されてしまうかも知れない」
戦争独自の空気に酔っている間は戦争をする以外の選択肢を兵士は持っていません。
こんな時に一緒に逃げようと提言しても裏切り者と思われて逆に殺されてしまいかねないのがオチなのです。
そして追い打ちをかけるように今の状況がどれほど危険かと言う事も訴えました。
「…つまりは時間がない、と」
「もう行こう。ここもいつまで安全か分からない」
「分かったよ。この基地内ではお前に頼るしかない。任せた」
基地の中を動く為、2人はステルス装置のスイッチを入れ身を隠して行動を開始しました。
居住区にまだ被害はないようでしたが遠くから戦闘の音は響いていきます。
それは戦争を止めたかったトールにとって地獄からの叫び声のようでした。