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10.きゅうりウォーズ(21)

 ついでなのでロルウに仕事の進み具合を聞いてみる事にします。


「色々分かって来た?」


「文字さえ分かればね…高度な文明を手に入れてもそれが永遠の幸福には繋がらんないんだな」


「今度聞かせてよ」


「そうだな…話せるようになったら」


 ロルウは自分に出来る仕事を任され、充実しているようでした。

その自信に満ちた顔を見てトールも何だか嬉しくなりました。


 ゲートが開発の手を離れ、する事がなくなったトールは空いた時間をぼんやりと過ごしていました。

そもそもこうなる事になった発端の争いを止める手段に関してはまだ何も手についていない状態です。

頭の中で様々なシミュレーションを働かせて…そしてそのどれもが失敗していました。


「何もいい手が思い浮かばない…」


 きっと一人で考えているから煮詰まるんだ、そう考えたトールはいつも身近な相談相手だった父に話を持ちかける事にします。

きっと父ならせめて何かヒントになるような事を教えてくれると…彼はただ無邪気にそう信じていました。

父の休日の日を狙ってまずトールは相談内容を頭の中でまとめてから臨みます。


「父さん、話があるんだけど…」


「お!何だトール、お前からの相談なんて久しぶりだな」


 久しぶりに息子に話しかけられた父はとても嬉しそうです。

その父の思わぬ反応にトールも思わずツッコミを入れるほどでした。


「父さん、何だか嬉しそうだね」


「そりゃ頼られると嬉しいもんだよ」


 この雰囲気ならどんな話も聞いてくれそうだとトールは思いました。

トールの見たところ父はとても上機嫌でいつも以上にニコニコしています。

なので変な前置きも入れずにいきなり本題から父に持ちかけました。


「あのさ、今進められている戦争の事なんだけど…」


「どうせお前の事だ、それを止めたいんだろ?」


 流石は父親です、実に勘が鋭い。

トールの言いたかった事は全てお見通しのようです。

って言うか彼が普段からその事で思い悩んでいたから肉親としては察して当然の話ではあるんですけどね。

父親に悩みを見抜かれたトールは今の自分の想いを素直に話します。


「でも何もいい手を思いつかなくて」


「こればっかりはなぁ…世界的な動きだし…敵さんから和平条約とかそんな話でも持ち上がらない限りはなぁ…」


「でも言葉が通じるって事はもう公然の秘密みたいなもんじゃないか…裏でそんな交渉とか…」


 そう、きゅうり人と猫とは言葉が通じるのです。

その事はきっと政府間でもその上位の組織間でも知られているはずなんです。

交渉的なものは今まで一度も行われてはいなかったのでしょうか?

少なくともトールには、そしてトールの親である博士にもそんな話は一切伝わってはいませんでした。


「つまり誰も戦争を止める気はないって事だよ」


「みんながそれぞれの勝利を無邪気に確信している…何て愚かなんだ」


「そうだな…戦争を止めようって動きはない訳じゃない…けれどそのどれもが小さい動きでまるで影響力がないんだ」


 世界が戦争に向けて一丸となっている中、やはり草の根レベルではその雰囲気を良しとしない勢力も生まれているみたいです。

しかし世論の雰囲気か当局の牽制か、その動きは余り大きなものではない様子。

今からトールがその輪の中に入ったとしても何の影響力もない少年がひとりその中に入ったところでとても大きな動きは出来そうにありません。

 

 ここまで父と話して、結局トールはするべき事が見つからないままでした。

やはりここは人生の先輩である年長者の意見を聞くしかないでしょう。


「父さんならどう動く?」


「難しいな…潰されると分かっている運動に参加する意味はないと思うし…本でも書くかな」


 流石父は学者だけあって戦うならペンは剣より強し路線を選ぶようです。

しかしその作戦は致命的な大きな穴があります。

そこに気付いたトールは父にその事を指摘しました。


「それじゃ間に合わないよ」


「ああ、間に合わない…もう何をするにも遅過ぎるんだ…事態が予想以上に早く進み過ぎた…」


 父もその点は十分把握していました。

書籍で思想を伝えるには時間がかかります。

しかし今はもうそんな事をしている時間の余裕はないのです。

つまりこの提案は父としてももう打つ手がないと宣言しているようなものでした。

この父の言葉を受けてトールはポツリと呟きます。


「ケビン博士はこの日の為に長い時間をかけて準備していたって…」


「今回ばかりはあいつの作戦勝ちだな」


 トールのつぶやきを受けて父はケビン博士を称えました。

親友の功績を称えるのは何も不自然な事はありません。

しかしそこで困るのはトールです。

何しろこの事態をどうにかする突破口を開こうと思って父に相談したのですから。

この対話で具体的なアイディアが出なかったトールは途方に暮れてしまいました。


「じゃあどうすれば…」


「悩め悩め!真剣に考えれば突破口が見つかったりするもんさ!お前にしか出来ない事もそうして見えて来る!」


 悩むトールを見て父は彼に対して少し投げっぱなしとも思えるアドバイスをします。

それでもそれが今の彼が出来る最良のアドバイスなのかも知れません。

この言葉を受けてトールは少し拍子抜けしてしまいました。


「そんなもんなの?」


「ああ、そんなもんだ」


 父があまりにも自信満々にそう言うのでトールはその勢いに飲まれてしまいました。

この相談で分かった事は事態がここまで進んではもう小手先の小細工なんかじゃあ何も変わらないと言う事です。

結局トールは後は自分達で何とかするしかないとある種の悲壮感に満ちた気持ちになっていました。


「ロルウは何かいい手を思いついた?」


 手詰まりになったトールはロルウにも相談しました。

彼なら何かいいアイディアを思いついてくれるはず!と、そう信じて。

この話を聞いて何か思いついたらしいロルウは早速アイディアをひとつ提案します。


「例えばゲートに細工をして双方向移動を可能にするとか?」


「それは今更無理だよ…そもそもゲートの仕組みは複雑過ぎて自分の担当分野しか理解出来なかったし」


 折角もらったアイディアでしたが少しトールには荷が重いものであえなく却下するしかありませんでした。

ロルウはこの答えを受け、また別の方面からの作戦を提案してくれました。

さすが元自称凄腕諜報員です。こうアイディアがポンポン出るところに痺れたり憧れたりです。


「じゃあ軍に真の計画を匿名でリークするとか」


「そもそもゲート開発者がそう言う事をしないように行動は常に監視されているし、まず確実に上に届く連絡手段がないよ」


「うーん…」


 このアイディアも実現の難しいものでした。

結局ロルウの閃いたアイディアもまた使えそうなものはありませんでした。

やはり既に先手を打っていたケビン博士がすごいと言う事なのでしょう。


 トールは話していてロルウが月側の関係者だと言う事を不意に思い出しました。

こちら側の行動が制限されているなら逆に向こう側を動かせばいいのではないか…我ながらいいアイディアです。

早速この事をロルウに提案してみました。今度はうまくいくと信じて…。


「逆に月側の軍を動かす方法はないの?ロルウだったら…」


「軍を離れた時点で話を聞いてくれる人なんていないよ」


 トールの会心のアイディアも今のロルウの境遇にあっさりと却下されてしまいました。

この案に自信を持っていただけにそれが却下されたトールはしばらく言葉を失ったままでした。


 その後も2人で色んな案を出すものの、出る案全てうまく行きそうにないものばかり…まさに八方塞がりです。

そうこうしている内に計画は進み、ロストテクノロジーの兵器も量産が開始され戦争への道は着実に実を結んでいきました。

ゲートの量産もまた何一つ問題を出す事なく徐々に規定の数が揃っていきます。

完成したゲートは世界各地の軍の基地へと配備が進んでいきました。

もう時間がないと感じたトールは覚悟を決め、決意を込めて言います。


「こうなったら俺が体を張るしかない!」


「おいおい…無茶な事はやめた方が…」


その悲壮とも思える覚悟の言葉を聞いたロルウはトールを止めようとします。

しかしどんな言葉でも彼を止められないのは他ならぬロルウが一番よく分かっていました。


「今動かないと後悔しかしないよ!」


「仕方ないないなぁ…僕も付き合うよ」


「有難う」


やがて時は過ぎ、全ての準備は整いました。

猫軍ときゅうり軍は明日、月の地で最終決戦を始めます。

トールとロルウが初めて出会ったその日から約3年の月日が経っていました。

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