10.きゅうりウォーズ(19)
それにしても民間人全てが暮らしているとしたらかなりの数のきゅうり人がこの星にやって来ている事になります。
ロルウは任務をこなしながら出来るだけ彼らに出会って話を聞こうと思いました。
それは少しでも詳しい状況が知りたかったからです。
しかし猫の中に紛れているきゅうり人を見つけるのは容易な事ではありませんでした。
何故だか同じきゅうり人であるロルウにも偽装工作の洗脳が解けなかったからです。
「やっぱりあの時のケビン博士が使っていた技術と一緒だ…軍の系統とは違う技術…まさかこれもロストテクノロジー?」
軍の洗脳技術は同胞には効かない仕組みになっています。
洗脳対象である猫ですら最初にきゅうり人の姿を見られていたら効かないくらい穴の多いシステムです。
けれどケビン博士の使っていた技術はそのきゅうり人ですら騙すのです。
これではいくらロルウが腕利きの諜報員だったとしても見破るのは困難です。
途方に暮れたロルウは唯一の手がかりであるケビン博士にこの事について何か知らないか聞く事にしました。
自分一人では不安だったのでトールも一緒に誘ってそれから博士に連絡を取りました。
「悪いな…こっちの都合で」
「いいよ。俺もこれからどうしていいか分からなくて」
2人はお互いに自分の知った秘密を外部に漏らせないと言う共通の悩みを持っていました。
それだけじゃなくその情報を知ったせいで今後どうして良いか分からない…この悩みも一緒です。
もう一度ケビン博士と話す事で何か突破口が見つかれば…お互いに同じ思いでいるからこそ2人の行動は息の合ったものとなるのでした。
アポを取って2人が向かった先は聖なる緑の後継者の地元支部、つまり初めて博士と会ったあの場所です。
ケビン博士は2人が最初に会ったあの部屋で最初に会った時と同じ態度で接してくれました。
そのお陰で2人の緊張感はすうっと解けていきました。
「いらっしゃい。今日は何の話かな?」
「あの…色々話が聞きたくて…」
「ん、いいよ」
「その洗脳装置はどうやったら解けるんですか?」
博士の何でも聞いていいと言う風な雰囲気に対しロルウは単刀直入に尋ねました。
普通に考えたら機密事項に関するようなこの質問にまともに答えてくれないと思うものですが…博士はニコニコ顔であっさりと答えてくれました。
「これかい?これは使用者が解除しなくちゃ解けないんだよ。軍の簡易システムとは違うからね」
「それじゃあ博士でも誰が偽装しているのか分からない?」
「そうだね。作ったのは私だけど」
やはりこの洗脳システムは軍の物とは仕組みが違うようです。
しかも博士でもその洗脳は見破れない事、装置を作ったのは博士だと言う事も分かりました。
博士は何も秘密にする事はないと言う感じでその事をロルウに見ようによっては自慢気に見える程の勢いで話してくれました。
話を聞いたロルウは何故博士がそうしたのかその理由を聞かずにはいられません。
「やっぱり博士が!何故その装置が地上に降りた民間人にまで広がっているんですか」
「みんなに配ったからだよ。この星で猫と紛れて暮らすには軍のシステムじゃ不安だったからね」
「この事は軍の上層部も知っているんですか?」
「多分知らないだろうねぇ。君がまだその時代遅れ使っているくらいだし…」
博士の話によると地上に降りた民間人の為にこの装置を配っていったと言う事のようです。
しかし地上の民間人全てに配ったするとその数は数千万単位…いくらなんでも数が多過ぎます。
しかもそこまでの事をしておきながらその行動を軍部が把握していないなんて話が出来過ぎのようにも感じられました。
これではロルウが博士に対して根本的な疑問を抱くのも仕方のない話です。
「博士、あなたは一体何者なんですか?」
「私は君と同じきゅうり人だよ。それ以上でもそれ以下でもない」
「僕にはそれだけじゃないように見えます」
ロルウはそう言うと博士の目をじっと見つめました。
その真剣な眼差しで見つめられた博士はやれやれと言った感じでひとつため息を付きました。
それから改めてロルウに対して真面目な顔をして見つめ返すと声のトーンを落として口を開きました。
「君は諜報員だ。知りたい事があったなら教えを請うより自分の足で調べるんだね」
こう言われてしまってはロルウは返す言葉がありません。
図星を突かれた彼はすっかり沈黙してしまいました。
そんなロルウを博士はじっと見ていましたが、話が済んだようなので今度はターゲットを変えて来ました。
「それで?トール君は聞きたい事はないのかい?」
今日はロルウの話に付き合うだけの気持ちでいたトールは急に博士に話を振られてドキッとしました。
余りに突然話を振られたので特に何も話のネタを用意してなかったトールは素直に自分の気持を話すしかありませんでした。
そう、今の彼の心の中にある素直な気持ちを。
「父さんは…父はあなたの正体を知らないんですよね?」
「自分の父親なのだから直接聞けばいいだろう?どうしても聞けない理由があるのかい?」
「それは…どう聞けばいいか…」
博士に自分の行動を突っ込まれてトールは素直に自分の気持ちを吐露しました。
その答えを聞いて博士は優しく彼に諭すように話しかけます。
「なるほどね。考えがまとまったら聞けばいい。彼ならきっと誠実に答えてくれるよ」
「今日の質問はこれくらいかな?またいつでも来るといいよ」
博士は自分からは2人に特に何も言いませんでした。
本当に博士は2人に何もさせるつもりはないのでしょうか?
話を終えた2人は特に何も会話もなく沈黙したまま帰路につきました。
今後自分達がどうすればいいか、まだお互いに答えは見つからないままでした。
「このまま何もしないでいいのかな…」
「ここまで知ってじっとしているなんて」
黙って見過ごしてしまうには2人はあまりに知り過ぎてしまいました。
けれど知った上でどうして良いか答えは中々見つかりません。
煮詰まったトールはロルウに質問します。
「じゃあどうする?どうすれば少しでもいい方向に話が動く?」
「僕達が出来る事なんてたかが知れているよ」
「ネットに真実を流す…とか?」
知った秘密を暴露するのはある意味一番簡単な方法です。
ネットが普及した今、情報を発信する手段はいくらでもあります。
しかしその方法は簡単であるが故に問題も多々ありました。
トールのそのアイディアに対しロルウは一言でバッサリ切り捨てます。
「信頼も実績も何もない僕達がどれだけ情報を流そうがガセネタ扱いで終わるよ…」
その情報が正しくても情報自体をガセネタに陥れるのは簡単です。
その情報をガセネタだと訴える情報を大量に流すだけで簡単に闇に葬る事が出来ます。
この事を指摘されたトールは黙ってしまいました。
少しの沈黙の後、何か閃いたのか今度はロルウが口を開きます。
「とにかく、僕は博士の正体を探るよ…博士の裏を知ればきっと何か手がかりが掴める気がする」
「じゃあ俺は…」
トールはそこまで話して言葉が詰まってしまいました。
ロルウは諜報員だからこそその技術や人脈を使って色々な調査が出来る。
けれどもし自分で何か調べるとしたらネットや新聞や書物を使うので精一杯…決して彼の調査能力には遠く及ばない。
何か自分に出来る事…彼の頭の中をぐるぐると思考が巡りました。
今すぐに実行出来て今後の参考になる事…考え続けたトールはある答えに辿り着きます。
「逆に博士についていって博士の意図を探る!」
「そっか…じゃあお互いその方向で行こう!」
こうして2人は今後の行動の方針を決め、それを実行していく事にしました。
別行動になった2人はその後ちゃんとその役目を果たせるでしょうか?
成功するにしても失敗するにしても2人の孤独な戦いは始まったのです。
それは世界を揺るがす計画を知ってしまった者の宿命のようなものでもありました。
数日後、トールはケビン博士の元に行き、博士の計画を手伝う旨を伝えました。
それはつまりトール自身が聖なる緑の後継者と言う組織に加わると言う事を意味しています。
博士はこのトールの申し出を快く受け入れてくれました。