10.きゅうりウォーズ(18)
「じゃあ何故俺達にそんな秘密を」
「君達なら理解してくれると思ってね。君達2人は平和のシンボルとしてぴったりなんだよ」
「俺達を広告塔か何かに利用しようって言うんですか!」
「まさか…。ただね、私は嬉しかったんだよ。きゅうり人と猫とが仲良くしていると言う事が」
博士が自分達に秘密を話したのは猫ときゅうり人がお互いの正体を知った上で仲良くしていると言う事からのようでした。
確かに博士からしてみればそれは平和の象徴とも言えるでしょう。
けれどその上から目線を快く思えないのがきゅうり人であるロルウです。
彼は博士に挑発的な言葉を述べました。
「それで?僕がこの事を上に報告しないとでも?」
「それは困るな…。けれど君だって平和を望んでいるだろう?」
このロルウの反応すら想定内とでも言うように余裕を持って博士は答えます。
若輩者2人に対しやはり何事も経験を積んた博士の方が一枚上手でした。
軽くあしらわれていると感じたロルウは思わす声を荒げて反応してしまいます。
「だからと言ってこんな犠牲の多いやり方!」
「何かを成すには犠牲は出るものだよ。特に今回のような大きな目的なら尚更ね」
ケビン博士は今後の平和の為に猫軍、きゅうり軍全ての軍隊をなくそうとしている。
この先に起こるだろう戦争も全てその目的のためのものだと…。
博士のこの話を聞いて2人は自分達ではどうしようも出来ない大きな壁を感じました。
「それで?僕達にあなたは何をさせようと…」
「私が君達に?ははは、君達が私達の事を探っているみたいだったから教えてあげただけだよ。知った上でどう行動するかそれは君達次第だ」
「じゃあ特に何かをさせようって訳じゃない?」
「ああ。だがもし私達の計画に興味があるならいつでも来るといい…出来る限りの協力はしよう」
初めてのケビン博士との対話はここで終わりました。
話を聞き終えた2人は重大な事を多く聞き過ぎて頭がパンクしそうでした。
帰りも施設を出るまでは丁寧に案内されてそれから帰路につきました。
「何だかすごい事をたくさん知ってしまった…」
「君はこの事を父親に話すのかい?」
帰り道で何気なく会話をしていた2人でしたが、まずはロルウがトールに質問しました。
話を振られたトールはしばらく考えた後、神妙な顔をして答えます。
「話すかも知れないけど…考えがまとまってからかな?」
「そっか…その方がいいかも知れないな」
「お前こそこの事を上には…」
トールの話が終わったら今度はロルウの番です。
ケビン博士との対話の時に出ていた話題ですが改めてトールからもこの話が出ました。
軍の諜報員としてはどんな些細な事でも上に報告する義務があります。
けれど流石にこの話はロルウにしても難しい問題でした。
用意周到なあの博士の事、報告したところで何か別の手を打ってくる可能性もあります。
そうだとしたなら敢えてこの話に乗ってみる…振りをした方がいいのかも知れません。
「すぐにでも報告したいところだけど…迷ってる」
「お前でも迷う事があるんだな」
「誰だって迷う事くらいあるだろ」
軽口を言い合ってやっと2人に笑顔が戻りました。
いくら考えても結論が出ないような大きな問題を突きつけられてお互いに途方に暮れてしまいます。
その時、2人の顔を夕日が照らしていきました。
その夕日に気付いて黙って日が沈むのを眺める2人。
静かな沈黙が2人を優しく包んでいきます。
それからしばらくしてどちらともなく自然に話し始めました。
「問題が大き過ぎるから考える事が盛り沢山だよ」
「知り過ぎて行動出来ないのもやっぱりもどかしいもんだな…」
「取り敢えずはまず状況を整理してそれから先の事は考えよう」
「だな。じゃあ今日はこれで」
「また明日」
そうして2人は別れました。
トールは家に帰った後、自室で今日知った事に対して考えをまとめようとしましたが上手くまとまりませんでした。
迫り来る一大事に対して自分に何が出来るのか、どうしたらいいのか…課題は山積みでした。
気が付くともう寝る時間をかなり過ぎています。仕方ないので考えるのを止めてトールはベッドに潜り込みました。
長い長い一日はこうして終わりを告げたのです。
数日後、父と話すタイミングを得たトールはそれとなく会話を試みました。
会話の流れが上手く行けばそこでケビン博士の事を話そうと思ったのです。
この秘密は自分の中だけで収めるには余りに大きなものでしたから。
「父さん、父さんは親しい人がずっと自分に隠し事していたらどうする?」
「ん?」
「うん、ちょっと聞きたくて」
トールはいきなりこの話の切り出し方は自分でも性急過ぎるかなと感じましたが、もう口に出してしまった以上強引にでもこのまま話を進めようとしました。
この話をされた父も息子に対して誠実に答えようとします。
「そうだなぁ。その人なりの事情があっただろうからケースバイケースかな。ただ、悪意があって秘密にしていたなら怒るだろうな」
「そうだね」
「何かあったのか?」
「いや、また後で話すよ」
トールはこの父の答えにケビン博士の事を話すのはまだ時期尚早だと感じ、その事はまだ言いませんでした。
正確には言えなかったと言うべきでしょうか。どう伝えていいか考えがまだまとまっていませんでしたから。
舞台は変わってこちらはロルウの個人基地。
どうやら彼は遠距離通信で月にいる自分の上司と会話をしているようです。
「では、本当に基地には民間人はいないのですね」
「ここが戦場になりそうだからな…不要なものはないに越した事はない」
ロルウは早速ケビン博士との会話で得た情報を上司に確認したいたみたいです。
こう言うところは流石諜報員といったところですね。
そしてその確認の結果、その情報の正しさは証明されました。
そこまで確認したロルウはこの情報の詳細を上司から聞き出そうとします。
「既に民間人はみんなこの星で暮らしている…それは政府主導で?」
「受け入れ組織はかなり前から動いていた…そこに問題はないだろう?」
「でも知らされていませんでした!」
このような重大な情報をロルウは全く聞かされていませんでした。
その事に対して不満の声を彼は思わず口にしてしまいます。
その反応に逆の彼の上司は彼の言動に不信を抱きます。
「知る必要はないだろう?その情報をどこで知った?」
「それは…」
ロルウはここでケビン博士の事を報告していいか答えを出せていませんでした。
自分の中で確実でない事を迂闊に口に出す事は出来ません。
ロルウの性格を知っている上司はそれ以上を追求する事はありませんでした。
「まぁいい…だがこの方針は軍の決定でもある…聞けば猫共も総攻撃の意志があるらしいじゃないか。これは好都合だ」
「多くの血が流れます…僕はそれを止めたい」
ロルウは上司に自分の想いを訴えました。
しかしその熱意は上司には伝わらなかったようです。
軍の方針は常に自分達の方が優位に立っている、それが前提となっているようです。
「今更止める必要などない…この戦争で猫の兵力を根絶やしにすればその後の制圧も楽になる」
「そんな簡単には…奴らにはロストテクノロジーが…」
余りに楽観的な上司の発言にロルウは釘をさそうとします。
彼は遺跡の洞窟を調査し、緑の後継者の秘密の部屋を見た経緯から猫軍がきゅうり文明の過去の遺産を最大限に活用する危険性を危惧していました。
もし失われた技術で作られた武器を猫軍が使うような事になればきゅうり軍だって苦戦を強いられると…。
しかし上司から告げられたのは戦いを止める指示ではなく自分達を有利に導くために働けと言う命令でした。
「そのロストテクノロジーの詳細を報告するのが君の役目だ。今更言うまでもないが」
「…分かりました。引き続き調査を続けます」
ロルウはケビン博士の計画を話そうとしましたが話し出すタイミングを掴めませんでした。
それどころか自分達が猫軍に圧勝すると確信している事、この戦争を止める気がない事に失望してしまいました。
(知らされていない事が多過ぎる…一体誰の言葉を信じれば…)
ロルウは疑心暗鬼になりながら自分の任務をこなす事になりました。
孤児だったロルウは物心ついた頃から軍で将来のエリートとなるべくして育てられました。
その為、軍に対する忠誠心は筋金入りなところがあります。
軍以外の生活の経験がない為、今回の民間人の件を全く知らないのも仕方のない話ではあります。
しかしだからと言ってそれを全く知らせないと言うのは軍の方針だとしても不自然にすら感じるのでした。