10.きゅうりウォーズ(17)
目の前の状況を納得させるためにトールは博士に問いかけます。
「博士、これは一体どう言う事ですか!」
「どうもこうも…今の君の目が認識しているそれこそが真理だよ」
「だってそんな…」
トールはそこまで口にしてそれ以上は何も話せなくなってしまいました。
ロルウはショックが大きかったのかトール以上に無口のままです。
そんな2人の様子を見て博士は納得してもらう為に自分の過去を語り始めました。
「私は30年前にこの星に降り立った…ロルウ君、君と同じ任務でね」
「けれど軍の記録にはあなたの情報はなかった」
「それは当然だよ。私の所属は軍じゃない」
どうやらケビン博士は軍の指令でこの星にやって来た訳ではないようです。
それならばロルウが知らないのも当然と言えるでしょう。
博士のこの言葉を聞いてロルウは更に質問を続けます。
「軍じゃないって政府筋…?それとも?」
「そこは想像にお任せするよ…あ、後で調べても無駄だよ、情報は全部削除済みだからね」
「博士…あなたは一体…」
ここまで話して博士は2人に肝心な事は話すつもりはないようです。
流石に今まできゅうり軍にも情報が漏れなかっただけあって身辺整理は完璧のようです。
ロルウの追求に博士はまた過去の話を話し始めました。
「私はこの地に降り立ち、猫として暮らしながらこの星の調査を始めた」
「その頃に俺の父と会ったんですね」
「そうだよ。それでこの星がとても素晴らしい星だと分かった」
自分の星を褒められてトールは少し気分が良くなりました。
そんな浮かれ気味のトールを無視してロルウが博士に質問します。
博士にはまだまだ聞かなければいけない事が沢山あったからです。
「遺跡の調査もその頃から?」
「勿論。それから長い時間をかけてこの計画を練ったんだよ…」
博士は突然行動を起こした訳ではありませんでした。
長い時間をかけ計画を練りこの日が来るのをずっと待っていたのです。
それはつまりずっと世間を欺いていたと言う事になります。
限られた仲間以外誰にも秘密を漏らさずに…親友にさえその事を秘密にして…。
トールはそう考えると博士に対してつい感情が高ぶってしまいました。
「俺達を…世界中の猫達を騙していたんですか!」
「確かにそうなるね…でも誤解しないで欲しい…これはみんなが幸せになる為に必要な事なんだ」
「博士はゲートを作って軍隊を送り込もうとしている!それのどこが…」
みんなの幸せのために行動している…この博士の言葉にトールは納得がいきませんでした。
博士は確かにきゅうり軍を追い払った…でもその後にやっている事はきゅうり軍を追撃しようとしている。
それじゃあ結局は血なまぐさい闘争が続くだけ…トールはそう思えてなりませんでした。
「落ち着きなさい。いいかい、それも計画のひとつだ…今この世界はきゅうり軍という脅威に対してひとつになっている」
「…」
博士の言う通りきゅうり軍が襲ってくるまではこの星は大国がお互いに睨み合いいつもどこかで紛争が起こっているお世辞にも平和な世界ではありませんでした。
それが共通の敵であるきゅうり軍の存在により今は争っている場合ではないと各国が協調してひとつになっています。
その点に関してはトールも何も言えませんでした。
そこで沈黙するトールに変わってロルウが博士に質問します。
「きゅうり軍を悪役として利用した?あなたの目的は何なんです!」
「私の目的か…それは君達と一緒だよ。君達は何故危険を犯してまでこの施設を探っていたんだい?」
ロルウの質問に博士は逆に質問をして返しました。
博士の目的も2人の目的と一緒だと…。
その自分達の目的に関してはトールが少し声のトーンを落としながら答えました。
「それは…このままじゃ大変な事が起こると思って…俺達でも何か平和に貢献出来ればって」
「それだよ。私の目的も世界平和だ」
「平和?今にも戦争が起こりそうなのに?」
博士の目的もまた世界平和だと言います。
けれどやっている事は真逆の戦争の準備です。
その事に関しては2人共どうしても納得がいきませんでした。
そんな2人の態度を見て博士は自分の考えを理解させるために質問をして来ました。
「いいかい君達。世界を平和に導くには何が必要で何が不必要だと思う?」
この一見簡単そうで難しい問題は普段から常にその事を考えている者でないと即答出来るものではありません。
トールは腕を組みながらずっと自分の頭の中で回答を探しています。
そんなトールに変わって普段からこの疑問に対する答えを模索しているロルウが口を開きました。
「…一番世界の平和に貢献するのは豊かさでしょうか?不必要な物は…」
「そう、この星に住む全員が豊かになれば幸せになる。ただそうさせない勢力がある…その勢力が使うのが武力だ」
「けれど争いなんて無くせる訳がない!」
自分が軍人と言うのもあって武力の否定に対してロルウは過剰に反応します。
軍隊と言うのは決して不必要な存在じゃない。愛する者を守るためにも存在する。
ロルウはそう言う信念を持って自分が軍人である事を誇りに思っていたのです。
しかしそんな武力が歪な欲の為に使われる事もまた十分理解していました。
そして実際は後者の理由で武力が行使される事が多い事も…。
博士はそんな彼の思いを知ってか知らずか話を続けます。
「争いは無くせなくても強力な武力はなくす事が出来る。そう、今のこの状況ならね」
「まさか…!」
「そう、そのまさかさ」
「どう言う事?」
頭の回転の早いロルウは博士の言いたい事をすぐに理解してしまいました。
けれどトールは博士の言いたい事が今ひとつピンと来ません。
そこですっかり理解しているらしいロルウに一体どう言う事なのか訪ねました。
ロルウが理解した博士がやろうとしている事の内容は衝撃的なものでした。
「博士はこの星の残存戦力全てを月に送り込もうとしている…」
「そう、世界中の軍隊がなくなれば平和に一歩近付くんだ。争いだって強力な兵器がなくなれば不幸の規模は小さくなる」
「そんなにうまい事…」
「そこで我々がしっかり計画を練っているんだよ」
世界から軍隊を無くす…まるで荒唐無稽に思えるその計画を博士達は真面目に遂行しているようでした。
トールはそんなうまくいくはずがないと言葉を漏らしますが博士は自信満々です。
一体この自信はどこから来るのでしょう。
博士の言葉に何か引っかかるものを感じたロルウは確認の為にひとつ質問をしました。
「ええと…確認ですけど我々ってきゅうり軍の事ですよね?」
「いや、違う。我々はきゅうり軍の軍隊も不必要と考えている」
「!!!」
この博士の言葉にロルウは絶句してしまいました。
博士がそう言っている以上この事はきゅうり軍にも隠されている事は間違いありません。
博士は猫軍ときゅうり軍とで同士討ちを狙っている…この会話のやり取りからしてそう読み取るしかなさそうです。
その想定が正しい事を裏付けるように博士は話を続けます。
「今あの月の基地にいるのは軍関係者のみだ。それ以外は全てこの星に降りて来ている」
「そうなの?」
「知らなかった…」
ケビン博士は月の基地にはもう軍人しか残ってないと言います。
トールはその言葉が正しいかどうかロルウに確認しますが彼もその事は知らなかったようです。
この事が何を意味するかと言うと月基地で猫軍ときゅうり軍が全面戦争になったとしても軍人以外に被害は及ばないと言う事です。
その真意が分かったところでトールは博士に質問します。
「じゃあ猫軍ときゅうり軍は平和の為に犠牲になれと…」
「それが私の出した結論だよ」
トールの質問に博士はあっさりと答えました。
それはまるで重い病気を患った患者に医者が余命を告げるような冷徹さでした。
その冷徹さは言葉は丁寧なものの少し恐怖を感じるほどでした。
それでトールは気になった事をつい口にしました。
頭の回転の早いロルウは自分で気付いてそれを口にしませんでしたが、その点トールは相手に聞いて確認しないと納得しない性格なのです。
「もしかしてきゅうり軍もこの事を知らない?」
「計画の詳細は誰にも話してはいないよ。これは機密事項だ」
機密事項だと聞いて当然のように疑問が生まれます。
勿論トールはその事に関して博士に問い質しました。