10.きゅうりウォーズ(16)
「やっぱりあの話に乗ってみようよ」
「例の会いたい人がいるとか言うやつ?アレは危険過ぎるよ」
2人は会話に詰まると決まってこの話題になりました。
物事の考え方についてイケイケのトールに対して慎重派のロルウ。
トールだって別にロルウの考えが分からない訳ではありません。
「知り過ぎたら消されるとか言うの?まぁ有りえるけど…」
「彼らがどこまで僕達の事を知っているのか…」
「でも消すつもりならもうとっくに消されているはずだようん」
「ただ泳がされているだけかも知れない…例の出土品の事を誰にも話さないかどうか…」
トールがいくらロルウに歩み寄ってその意見から先へ進めようと試みても慎重派の牙城を崩すのはそう簡単な事ではありませんでした。
「あんまり慎重過ぎたら話が何も進まないよ」
「慎重に行動するからこそ生き延びられるんだよ」
2人の話は最初こそお互いに歩み寄ろうとするものの結局いつも平行線に終わってしまいます。
お互いにこのままでは埒が明かないと感じてはいるのですけどね…。
結局2人は身動きの取れないまま、ただ時間だけが過ぎて行きました。
そうして季節は巡ってまた新しい春がやって来ます。
「ぶえっくしょん」
「花粉症かい?マスクしなよ」
この春からトールはくしゃみを連発するようになります。
そんな彼に対し、ロルウは物理的に少し距離を置くようになりました。
トールがマスクをしないから仕方ないと言えばそうなんですけどね。
「マスクは何か嫌なんだよ…」
「周りはみんなマスクしてるよ…何故か花粉症じゃない人までも」
「あいつらと一緒にしないでくれるかな…ぶわっくしょん!」
持論を展開させながらトールは話の最後に特大のくしゃみを放ちます。
これには流石のロルウも苦情を言わざるを得ませんでした。
「どうでもいけど唾は飛ばさないでくれ」
「ごめん、気をつけるよ…」
トールはこの春、突然花粉症になってしまいました。
花粉症が突然発症するのはどうやら事実だったようです。
花粉症の薬があるなら是非欲しいとロルウに相談したのですが、きゅうり人に花粉症はないみたいでそんな薬はないと無慈悲に断言されてしまいました。
そもそも、もしそんな薬があったとしてもきゅうり人の薬が猫であるトールに効くのかって言う話ではあるのですけどね。
この頃の世間の話題と言えばゲートの開発が順調だと言う事ときゅうり軍との決戦に対して猫軍の準備が順調に進んでいると言う事ばかり。
トールはこのニュースに対して何だか段々ときな臭い嫌な雰囲気が世間を覆っていくように感じていました。
「何だかこの雰囲気は嫌だな…っくしょん」
「君だって最初はそうだったじゃないか」
「あの頃と今とは違うよ」
今の雰囲気を嫌うトールの言葉にロルウは最初に彼と会った頃の事を蒸し返します。
その頃の事を言われると返す言葉のないトールは言葉を濁すしかありませんでした。
「もう止められないのかな…」
「今からだって出来る事はある…ぶえっくしょん!」
この悪い雰囲気をどうにかして止めたいと思うのは2人共同じです。
出来る事は全て試したはずの2人に残されたまだ出来る事…。
最後まで言い切る前にトールはまた特大のくしゃみを放ちました。
大体の予想は付いているものの、改めてロルウはトールに問い直します。
「だからばっちいって!でも出来る事って…」
「ごめんって。まだ試してない事がひとつ残っているだろ?」
トールのこの答えにロルウはピンと来ました。
自分達に出来る事と言えばもうそれくらいしか残っていません。
ロルウはその危険性について改めてトールに念を押します。
「やっぱりそれか…でもそれがどう言う事か…」
「分かっているよ!でもこのまま何もしないよりいい!…と、思う」
「溺れる者は藁をも掴む…か」
「嫌な例えだなぁ…ぶえっくしょっ!」
それからトールはあの時渡された連絡先に電話をしました。
そうです、ついに2人はあの自分達に会いたいとされる有名人に会う決意をしたのです。
さて、この決断の先で鬼が出るか蛇が出るか…どちらにせよもう賽は投げられました。
「よく決心してくれましたね…それじゃあ話を進めるからまた連絡を待っていてください」
電話口での見学担当のエンドーさんはとても嬉しそうな声でそう話します。
この浮かれ具合にトールはやはり自分の決断が正しかったのかと少し不安になりました。
けれどここまで話が進んでしまった以上もう後には引けません。
後は野となれ山となれです。
その後、折り返しの電話が来て二週間後の日曜にあの施設で待ち合わせする事となりました。
2人は不安と緊張の中で二週間後を待つ事になりました。
そうして何だかんだあってその約束の日となります。
当日の天気は薄曇り。朝から少し肌寒いそんな一日でした。
「じゃあ、行こうか…くしゅん」
「何が起こっても知らないからな」
2人は待ち合わせして聖なる緑の後継者の地元の支部へと向かいます。
今度は目的もはっきりしているし確実にその目的も果たせるのでそれだけは気が楽でした。
その分、2人を待つ人物については謎が多過ぎてそれはそれで不安の種になってはいましたが。
「そう言えばいい加減どこに住んでいるのか教えてくれよ」
「いや、それは教えられないね」
「家に招待する仲なのに淋しいなぁ」
そう、ここまで仲良くなっても未だに2人には超えられない一線があったのです。
ロルウはそのプライベートの大部分を誰にも秘密にしていました。
トールはそんなロルウの秘密をいつか全部知りたいと考えています。
そんな会話を楽しみながら2人は支部に辿り着きました。
以前ここに来た時と殆ど変わらない支部内部を前とは違って余裕を持って歩いて行きます。
まぁ今回は招待されたんだし当然と言えば当然の話ですよね。
施設に入ると以前見学の担当をしてくれたエンドーさんがニコニコと笑いながら待っていました。
「よく来てくれましたね。では行きましょう」
案内されたのはあの秘密の部屋…ではなく応接室のような部屋でした。
勿論そこも関係者以外立入禁止の場所です。
当然ながら見学の時には中に入れなかった部屋でもありました。
「お連れしました」
エンドーさんに案内されて2人は部屋に入ります。
2人共緊張のあまり何処か落ち着きがなく恐る恐るおっかなびっくりで部屋に入ります。
そこには人のいい優しそうな顔をしたひとりの猫が待っていました。
「やあ、初めまして、かな?」
「あ、あなたはっ!」
「トール君とは幼い頃に会っていたかも知れないね」
その猫はトールが幼い頃に会っていたと言います。
その発言でトールは彼の正体に確信が持てました。
幼い頃の自分を知っている関係者で今は連絡が取れなくてしかも有名な猫…つまりそれは…。
「ケ、ケビン博士?」
「え?彼が?」
目の前の猫の正体に驚くトールとロルウ。
ロルウに関しては生でケビン博士を見るのが初めてだったせいもあり素でびっくりしています。
しかし何故この場所にケビン博士が…確か今も自分の研究室で研究に励んでいるはず…謎は深まるばかりです。
このあまりの衝撃に2人が声を出せないでいると博士は更に衝撃的な一言を告げました。
「驚きついでに言おう…私がこの組織の創始者だよ」
「な、何だってー!」
博士の話を聞いた2人は同時にテンプレ的な反応をしてしまいました。
聖なる緑の後継者自体が博士が作ったものだったなんて…事実は小説よりも奇なりです。
諜報員であるロルウもそこまでは知らなかったようでトールと同様に驚いていました。
そこで一応確かめるようにトールが博士に質問します。
「博士…博士は確か…」
「そう、表向きは宇宙考古学の研究者だ…だが…」
「えっ?」
「君達には正体を明かしてもいいだろう」
博士は唐突にそう言うと手に持っていた何かのスイッチを押しました。
すると博士の身体が徐々に変容していきます。
そうして現れたのは手足の生えたきゅうりの姿になった博士でした。
そう、何とケビン博士はきゅうり人だったのです!
「嘘…でしょう?」
「そんな…」
「見慣れているかと思ったけれど驚くんだね」
2人の反応を見て意外そうな声を上げるケビン博士。
トールはともかく同じきゅうり人のロルウまでがびっくりするなんて…。
そもそもきゅうり人の洗脳(?)は最初に正体を暴いていないと解けないものじゃなかったのでしょうか?
どうやらロルウの使う技術と博士の使う技術は別のもののようです。