10.きゅうりウォーズ(15)
「各地の遺跡の情報を並列作業で解析しているのかぁ…」
「しかしこれ資金は一体どこから…」
説明を受けながらロルウは一言ポツリと呟いてしまいます。
しかしその言葉にエンドーさんは少しも淀む事なく資金についての見解を述べました。
「各地の支援者からの善意の寄付によって私達の活動は成り立っています」
善意の寄付…そう言うのが一番怪しい事は世間の常識です。
けれどそれを2人はそれを分かった上でエンドーさんの言葉に素直に頷くのでした。
見学は進みやがて事前のチェックで怪しいとされていた場所に近付きました。
しかし当初の予想通りエンドーさんはそこでは何も触れずに華麗にスルーしていきます。
それは事前に知っていないとスルーしたのにも気付かないくらいの見事さでした。
何故スルーしたのかその事の質問すら出来ないほどエンドーさんの紹介スキルは見事に完成されていました。
場所をしっかり確認した2人は別の部屋の説明にエンドーさんが入ったところでかねてから練っていた計画を実行します。
「あの、すいません、トイレ…」
「じゃあ俺も…」
この2人の少しわざとらしい演技…けれどエンドーさんは少しも疑う事なくその言葉を信じてくれました。
「あ、場所は分かりますか?」
「大丈夫です、さっき確認しました」
「それじゃあ私はここで待っていますね」
「出来るだけ早く戻って来ます!」
「焦らなくていいですよ、しっかり用を足して来てくださいね」
トイレで離脱なんて実に古典的ですが今でも通じる実に便利な手段です。
施設内には監視カメラもありおかしい行動は全て筒抜けになる訳ですが、それを理解した上で行動するならばカメラは決して障害になるものではありません。
2人はトイレに行く振りをして例の部屋に近付きました。
勿論近くには監視カメラがあります。
まず、ロルウがトールにカメラの位置を確認させました。
「カメラは?」
「ほら、あの場所…」
「それじゃあまずシステムに潜入しようか」
ロルウは手荷物の中から見慣れない携帯型端末を取り出し開きました。
流石きゅうり文明の最先端です。どう言う仕組みか分からないものの、数秒で監視カメラのシステムを乗っ取りました。
「すごいや…」
「驚くのはまた後で!部屋に入ろう」
トールはロルウのその手際の良さに感心していました。
けれど当のロルウはそれが自分にとっての当然の行為だった事もあってその先の行動に意識を持っていました。
カメラをクリアしてもまだ問題は山積みです。
まず次に起こる問題はと言えば…。
「あ、予想通り鍵が…」
そう、それは部屋の鍵の事でした。
秘密の部屋が誰にでも開けられる状態である訳がありません。
ロルウは早速この部屋にかけられた鍵の詳細をトールに確認させます。
「鍵は電子ロックだけ?生体認証は?」
「見たところ物理的な鍵の併用はないみたいだけど…」
そのトールの報告を聞いて早速また同じ携帯端末を操作するロルウ。
どうやらこの部屋の鍵さえもこの端末で何とか出来るようです。
「よし、繋がった」
ロルウが端末を操作した事で本当にあっけなく部屋の鍵は開いてしまいました。
こんなに簡単に鍵が開いてしまうなんて…トールはきゅうり人との文明の差に愕然としてしまいました。
けれど今はそれよりこれでこの部屋の秘密が見られると言う事の方が心を支配していました。
なのでついテンションが高くなってしまいます。
つい無意識の内に浮ついた声で宣言して部屋に入って行きました。
「この組織の秘密とごたいめーん!」
部屋に入った2人を待ち構えていたもの…それは失われたきゅうり文明の遺産の数々でした。
全て遺跡内で発見した物なのかそれともかつて存在したものを復元したのかは定かではないものの、多くの出土品がその部屋に大切に保管されていました。
その出土品の山を見たロルウがポツリとつぶやきます。
「こんなに沢山…」
「今まで俺達が調べた遺跡にはこんなものひとつも見当たらなかったよね」
「多分最初に遺跡に入った彼らが全部持ち出したんだ」
この出土品の山に対してロルウが自分の考えを述べました。
確かに2人が遺跡を調べたのは何者かが徹底的に調べた後でしたからその考えにも納得出来るものがあります。
トールは部屋に保管されている出土品をひとつひとつじっくりと眺めながらロルウに質問します。
「でもどれひとつ取ってもこれがどんなものか全然見当もつかないよ…ロルウなら分かる?」
「予想がつくものもあるけど…分からないのも多い…ロストテクノロジーだよ」
どうやらロルウでもさっぱり分からない物もこの中にはあるようです。
もしかしたらこの部屋にある殆どの物がロルウですらお手上げのものなのかも知れません。
トールはその答えを受けて更に質問を続けます。
「これらがもしまたちゃんと稼働するようになったらどうなるんだろう?」
「全然想像出来ない…」
「やばいのかな…」
「こう言うのがここにあると言う事自体が問題だよ…これを秘密にしているなら尚更…」
ロルウはこの出土品がここにある危険性を語り始めました。
しかしその言葉を言い切る前に背後からの誰かの声がそれを遮りました。
「だからこそ秘密にしているんだけどね」
「!!!!」
そこに突然現れたのはエンドーさんでした。
2人は自分たちの行動が筒抜けだった事を知り驚愕します。
あまりにびっくりしたせいで2人は何も出来ずにその場で固まってしまいました。
「ごめんごめん、驚かせたね。君達が普通の少年じゃない事はここに現れた時点でこちらも見抜いていたよ」
「俺達に何を…」
トールは思わずこれから何かされるのではないかと今後の処遇を彼に訪ねました。
そのトールの恐れを感じ取ったエンドーさんはニコニコ笑顔で警戒されないように話し始めます。
「誤解しないで欲しい…君達に危害なんて加えないよ。しかしまさかここできゅうり人とコンタクトが取れるなんて嬉しい誤算だ」
「えっ?」
この発言に驚いたのはロルウでした。
それも当然です。ロルウがきゅうり人だって言うのはトールとその父親のウル博士だけしか知らないはずだったからです。
何故エンドーさんがロルウをきゅうり人だと見抜いたのか…謎は深まるばかりです。
そんな彼は2人をしげしげと見つめながら更に興味深い一言を述べました。
「君達に会わせたい人がいる…とても有名な人だよ」
「だ、誰ですか」
この言葉の興奮して反応したのはトールでした。
こう言う時に好奇心が疼いてしまうのはやはり彼が猫だからなのでしょう。
エンドーさんはトールのその反応を見てニンマリと笑顔になりこう続けます。
「会いたいと言うなら教えてあげるよ」
2人に会わせたい人がいる…しかもそれは有名人だと言う。
このエンドーさんの言葉はにわかには信じられないものです。
まずどこで2人の事を知ったのか?そしてその人物は2人に何をさせたいのか?
この話はどう考えても素直に受け取ってはいけない類のものだとロルウは考えました。
「…僕はあなた方をまだ全く信用していない…素直には受け入れられない…」
「えー、いいじゃん会ってみようよ!」
「トール!君はっ!」
トールとロルウ、2人の意見は噛み合わず場の雰囲気が少し険悪になってきました。
その雰囲気を巧みに読み取ってエンドーさんは2人をなだめるように話をまとめます。
「そっかぁ…じゃあまた考えが変わったら連絡してよ、いつでも待っているからさ。後ここで見たものは他言無用で頼むよ!」
その後は何だかんだあってお咎め無しで2人は施設を後にしました。
知りたい事、聞きたい事の多くは聞いてもらえませんでしたが…その代わり大きな収穫もありました。
一体2人に会いたがっているその人物とは誰なのでしょう?
きっとその人物に会う事で事態は大きく変わっていく…トールはそんな予感がギュンギュンしていました。
作戦が失敗に終わった事で2人は次の行動を考えなくてはならなくなりました。
ケビン博士の所在は相変わらずはっきりとは掴めません。
緑の後継者の方は…2人の詳細が知られていると言う事でこちらも迂闊には近付けません。
悶々とした気持ちを抑えながらただ時間だけが無情に過ぎて行きました。