10.きゅうりウォーズ(13)
それから何事もなく数ヶ月が過ぎました。
長く一緒に過ごしていたのでトールとロルウは半ば親友のような状態になっていました。
仲良くなったとは言え、ロルウは未だにきゅうり軍の機密に関する話は話してくれません。
トールはもう話してくれない事は話してくれないと諦めてそう言う核心的な話はしなくなりました。
2人はあの洞窟の一件以降、まるで考古学者のようにこの国に眠る旧きゅうり文明由来の遺跡を巡っていました。
本当に沢山残っているのです。太古の遺物なのによくこれだけ残っているなと感心するくらいです。
トールの住む国だけでも28ヶ所もあります。2人は時間をかけてそのひとつひとつを調査していました。
今日はその中の最後の遺跡の調査を終えたところです。
遺跡の調査中に2人はもしかしたらどこかでケビン博士に会えるのではないかと考えていましたが、どこですれ違ったのかそれとも全ての遺跡の調査を既に終えていたのかこの調査旅の中で2人が博士に会う事はありませんでした。
ロルウの考えている事は分かりませんがトールはこの旅の中でそれだけが心残りでした。
「この国での探索はこれが最後になるのかな?ロルウは全部調査しつくしたら他の国に行くの?」
「いや、僕の任務の担当は国内だけだからどこにも行かないけど」
「じゃあこれからどうする訳?」
「別に遺跡探索だけが任務じゃないし…」
遺跡探索で国中を飛び回っている間、トールとロルウは学校を休みがちになっていました。
けれど2人の活動を知るウル博士の計らいで何とか学校に籍だけはありました。
そんな訳でトールはここで普通の生活に戻る事を提案します。
旅の日々も悪くはなかったのですが流石にちょっと疲れて来ていたのです。
それに一応旅の目的も終わった訳ですしね。
「じゃあさ、また学校にちゃんと通おうか」
「まぁ…次の指令が来るまでなら」
トールの提案にロルウも素直に従ってくれました。
もしかしたら気持ちはトールと一緒だったのかも知れません。
そうしてまた2人が学校に普通に通うようになりました。
そう言う事で平穏な日々が戻って一番喜んだのはトールの両親でした。
しかし、その平穏な日々はそんなに長くは続かなかったのです。
2人が学校に戻って2週間ほどしたある日、ケビン博士がある発表をしました。
それは時空間移動を可能にするゲートの開発に成功したと言う発表です。
これはつまり何を意味するかと言うと…この装置を使えば月にあるきゅうり軍の本拠地にリスクなく直接攻撃を仕掛ける事が可能になると言うものです。
開発はかなり順調に進んでいて上手く行けば数年後にはこの計画通りに事が進むだろうと言うものでした。
この報を受けてざわめくのはこの星に住む猫達だけではありませんでした。
同様にこの星に潜入しているきゅうり人達にも戦慄が走ります。
「この発表は…脅威になる…」
「まさか妨害工作に動く?」
ゲートの話を耳にしてロルウがつぶやいた含みのある言葉にトールが反応します。
2人は付き合が長いのでお互いが何が言いたいのか大体理解出来るようになっていました。
トールの問いかけにロルウは少し考えた後、真面目な顔をして答えます。
「少なくともケビン博士に真意を問う必要はあると思う」
「そう言う指令が来てるとか?」
「いや、指令は…」
トールの質問にロルウは少し口ごもるように答えます。
この回答にトールは驚きの声を上げます。
「え?勝手に動いていいの?」
「言われた事と禁止事項以外は自由に動いていいんだ」
軍の諜報員って指令と規則でがんじがらめになっているとばかり思っていたトールはこのロルウの言葉に改めて衝撃を受けました。
どうやらきゅうり軍の場合、諜報員でもかなり行動の自由があるようです。
禁止事項がどんなものか少し知りたい気もしましたが取り敢えず話の流れを変えないように話を進める事にしました。
「へぇぇ…結構自由なんだ。でも会えると思う?厳重なセキュリティだって言うよ?」
「正攻法で行けるとは思ってないよ」
「俺も聞きたい事あるし会うだけなら力になるよ。親友の息子って言うのが何かの役に立つかも知れない」
「うん…力が必要な時は声をかけるよ。今更隠すような事もないし」
ロルウのこの言葉にトールは自分がかなり信頼されていると感じました。
初めて会った時に警戒されまくりだった事を思うと感慨深いものがあります。
と、ここでトールはケビン博士の発明にひとつの疑問が生まれました。
その件に対して早速ロルウに質問する事にします。
「ところで博士の言っていたあのゲートってやっぱりきゅうり文明の遺産?」
きゅうり軍がゲートを持っていたならロルウは宇宙船で月からこの星に降り立つ事はなかった訳で…。
けれど今までの経緯から見てもケビン博士が独自に何か発明すると言う線も考え辛いものがありました。
この質問に対して、ロルウは少し考えて少し自信なさげに小さな声で答えます。
「…ゲートは確かに太古そんな技術があった事は記録にあるらしい…確か別の国の遺跡だったはず」
「やっぱり博士は世界中の遺跡を回っていたんだ」
ロルウの答えを聞いて自分の考えが正しかった事をトールは改めて確信しました。
どうやらケビン博士はこの星に眠るきゅうり文明の遺産を全て対象にして研究を進めているようです。
博士が関係している研究所は世界各地に点在しているのですが何故そうなっているのかと言えばきっとそれが理由なのでしょう。
その研究所に対してロルウは次の言葉をトールに話しました。
「博士が研究している研究所は世界に幾つもあるらしいけどきっと殆どはダミーだと思う」
「まぁ襲われたら危ないし」
トールはロルウの言葉の対し冷静に返しました。
猫に化けたきゅうり人のスパイがあちこちにいたとしたらリスクヘッジとして様々な手を講じているはずです。
ロルウが言いたかったのはつまり博士に直接会うのはとても難易度が高いと言う事なのでしょう。
直接博士に会うのが難しいなら別の手を考えた方がいいかも知れない…そこでトールはその方法を考えました。
「攻めるとしたらやはり謎のあの組織かなぁ」
「聖なる緑の後継者…こっちでもまだ全容は掴めていないんだ」
流石は諜報員です。ロルウはしっかりこの謎の組織についてもきゅうり軍なりに調べていたようです。
しかし名前から見てもきゅうり人と関係が深そうなこの組織が諜報員の力を持ってしても全容が明かされないなんて…。
トールはその部分に少し違和感を感じたりもしました。
それだけその組織が大きな力を持っているのか…それとも…。
けれどいくら考えたところでそれはただの個人の想像に過ぎませんでした。
やはり真実を知る為には直接調べてみるしかないようです。
実はトール自身も自分に出来る範囲で組織について調べてはいました。
得る事が出来た情報と言えばこの国にも幾つかの支部があるとかそんな些細なものでしたが…。
「でもこの国にも幾つかの支部はあるよね」
「じゃあ次のターゲットは決まったな…」
そう言う事で話は決まり、これからの2人はケビン博士の背後で暗躍する謎の組織について独自に調査する事になりました。
何だかんだ言ってこう言う活動が楽しくなっていたトールは今後もこの活動が出来るのを楽しく思っていました。
父親であるウル博士にこの事を話すとあまり危険な事はしないでくれと釘をさされましたが、あの組織は表向きは危険な団体ではないので大丈夫、絶対危ない事はしないと約束して何とか了解を取り付けました。
そうして作戦決行当日、それなりの装備を整えて2人は待ち合わせの場所に揃いました。
それなりの装備と言ってもいざとなった時の護身の道具やら記録をする道具やら大したものを持って来ていた訳ではありませんが…。
って言うかそれはトールの装備なのでロルウはもしかしたらスパイ映画さながらのすごい装備をしてきているのかも知れません。
待ち合わせの場所にはトールの方が先に来ていました。
これから先の事を考えるとワクワクしてじっとしていられなかったのです。