10.きゅうりウォーズ(12)
つまり彼らは以前からこの星にやって来ていてこの星の情報を調べていた…そうとも考えられるのです。
そう仮定しただけで前から感じていた色々な謎がすうっと解けていくようなそんな感覚をトールは覚えました。
「斥候って言うんだけど前もって偵察して情報を集めるそう言う存在がかなり前からこの星にやって来ている可能性が高い」
「じゃあもしかしたら今のこの世界の何人かは本当は猫じゃなくてきゅうりかも知れないんだ…」
「それは…否定しません。だけど信じて欲しいのは我々は争うのが一番の目的じゃないんです」
博士にかなり確信的なところを突かれ、ロルウは誤魔化しきれずにそう答えました。
その反応を見てロルウを気遣うように博士は言いました。
「それは君の活動を見ていたら分かるよ。私も別に君を責めようと思って呼んだ訳じゃない。飽くまでも君達について興味がある、ただそれだけなんだ」
「有難うございます」
自分の言葉を否定せずに聞いてくれるウル博士の態度にロルウは改めて感謝の言葉を述べました。
博士は猫だけど信頼出来るかも知れないと彼は思いました。
そんな2人のやり取りを聞きながら何か閃いたトールはポツリと呟きます。
「僕らなら猫の中にいるきゅうりを見分けられるのかなぁ?」
「多分無理だろうな…個別に先にきゅうり体を見ていないと」
「えー!個別じゃないきゃいけないのかぁ…確かに何処かに紛れていたならとっくに気付いているはずだもんね」
このトールのアイディアをウル博士は即座に否定します。
意見を否定されたトールは少し不機嫌になりましたが博士の答えには納得出来る部分もありすぐに態度を改めました。
「父さんも仕事柄色んな人に出会うけれどいるとしたなら絶対その中にも紛れているはずだけど全然気付かないからね」
「もしかしたらものすごい大物が本当はきゅうり人かも知れないね…そう考えるとちょっと怖いかも」
この星に猫として紛れている斥候の数は一体どれだけいると言うのでしょう?
すでに多くのきゅうり人達が自分達の生活の中に紛れ込んでいるのかも…。
何だか話が少し怖い方向に流れ始めたなぁとこの時トールは思いました。
そんな話の流れで博士はその事についてロルウに尋ねます。
「ロルウ君は地上で活動している同胞の事は把握しているのかい?」
「いえ…あの…ノーコメントです」
諜報員はよっぽど幹部でない限りはお互いの存在の多くを知らされてはいません。
勿論同胞ですから近くにきゅうり人がいたら流石に分かるのですが、だからってそれだけで全体を把握している事にはなりません。
そんな訳で半分誤魔化し、半分本音でロルウは答えました。
その回答でこの質問が有耶無耶のままで終わりそうになったところでトールは何か閃きます。
「あ!もしかしたらケビン博士は…」
「それは私も考えたよ…可能性で言えばゼロじゃない。けれど博士に協力した組織も怪しいんだよ」
ケビン博士がきゅうり人だって言う可能性…何とウル博士も同じ事を考えているようでした。
けれど博士にはケビン博士よりも怪しい存在を既に見つけていたのです。
初めて聞くその話にトールも興味津々で話の続きを博士に求めました。
「何か分かったの?」
「名前は聖なる緑の後継者。太古からの叡智を受け継ぐと言う触れ込みなんだ…怪しいったらありゃしない」
「緑…確かに怪しいね」
「彼らと出会ってから博士が変わったのはどうやら間違いないようだよ」
ウル博士、以前はケビン博士とは交流がなくなって随分経っているとトールに話していましたが、トールが研究所まで話しに来たあの時から独自のルートで色々と調べていたみたいです。
ケビン博士について淡々と語るその姿を見てトールは久しぶりに父親を尊敬出来る気がしました。
「父さんはきゅうり人達の目的って何だと思っているの?」
「推測だけどこの星から野蛮な人達を排除して平和な世界になってから正体を明かそうとしているんじゃないかな?」
「!」
ロルウはこのウル博士の推測に思わず食事の手が止まります。
博士のこの言葉はきっとそれだけ衝撃的な一言だったのでしょう。
そしてその言葉に反応したのはロルウだけではありませんでした。
「野蛮って…軍隊とかだよね?そんな事出来る訳ないでしょ」
「きゅうり人達にとってはいきなり侵略だって出来たはずなんだ。それをしないって事はそれなりの理由があるんだと思う」
ウル博士のこの指摘は確かに説得力がありました。
けれどいきなり侵略しなかった理由が博士の説の通りだとする可能性もまたそれほど高いもののようにはトールには思えないのでした。
第一、野蛮な人達を排除するなんて出来るはずがないとトールは考えます。
そうしてその博士に説に対してロルウはやはり今日何度目かの同じ言葉で回答を誤魔化すのでした。
「ノーコメントです…それに僕はまだ下っ端ですから」
「ははは、これに関しては無理に答えを求めちゃいないよ。飽くまでも私の想像だからね」
「ご理解頂き…恐縮です」
「言葉が硬いなぁ…いつも通りでいいのに」
ここまでの会話を聞きながらトールは思わず漏らしました。
いつもの、とりわけ最近の洞窟内でのロルウはもっと砕けた調子で話しています。
この食事でもそんな普段の彼でいて欲しいとトールは思ったのです。
そんなトールの言葉に博士は彼を諌めるように言いました。
「そりゃ初めて会う目上の人と話すとなったら普段通りには行かないものだよ。トールも見習いなさい」
「へーい」
それは軽い説教のようなものでしたがトールもロルウがただ緊張しているだけなのは知っていました。
だからこそ、ここはそんな緊張するような場ではないんだと言う事が言いたかったのです。
そんな親子のやり取りを見てロルウは少し表情が柔らかくなりました。
どうやらいくらか緊張がほぐれたのでしょう。
博士はそんな彼の表情を見て頃合いを見て話しかけました。
「ロルウ君も何か質問はないかな?私からの質問ばかりでは不公平だし」
「いえ…あの…」
「遠慮すんなって!これはチャンスじゃん」
言葉に詰まるロルウを見てトールは助け舟を出しました。
それはまるでロルウよりトールの方が何か話を聞きたがっているようにすら見えます。
そのやり取りを見て博士はニコニコと笑っていました。
やがて意を決したロルウは博士に対して口を開きました。
「それじゃあの…ケビン博士とは」
「彼とはもう随分と会っていないし今やどうやったら会えるかも分からない…遠い存在になってしまったよ。協力出来なくてすまない」
「そんな事ないです。有難うございます」
「もう質問ないの?じゃんじゃん聞こうよ!」
トールはそう言ってロルウを急かします。
けれどロルウにとってウル博士に聞きたい事など特になかったのです。
事前に質問に答えてくれると分かっていれば前もって何か質問を考えて来たのでしょうけど、そうではなかったので何の準備もせずにこの場に来ていました。
「いえ…特には…」
「彼はどうやら自分で解き明かす方が好きみたいだぞ。すぐに答えを求めるお前とは大違いだ」
「父さんその言い方はひどい!」
ウル博士は機転を利かせてロルウの態度をいい風に捉えてくれました。
そんな訳で結局割を食らったのはトールの方でした。
けれどその会話は飽くまでも和やかなものであり温かい家族の会話そのものでした。
ロルウはその雰囲気を心地良いものだと感じていました。
だからこそこの食事会も気持ち良く楽しむ事が出来ました。
こうして和やかな会食は終わりました。
この食事会、トール側には大きな収穫がありましたがロルウ側に何かメリットがあったかは分かりません。
けれど楽しい時間を過ごせたと彼も思ったに違いないのです。
だって帰り際のロルウの顔はとても良い笑顔だったのですから。
きっと自分を理解してくれる存在に出会って嬉しく思ったのでしょう。