10.きゅうりウォーズ(11)
いつも作業をしながらどちらかがなんとなくポツリと呟くようにして会話は始まります。
ただ、やはり色々と疑問の多いトールの方から話が始まる事が多いようでした。
今回もまたそんなトールの素直な疑問から話が始まります。
「ここに避難した人達って科学者だけ?」
「いや、そんな事はないと思うけど」
作業の手を止めずにロルウは答えます。
この質問の時、彼は何やら難しい計算をしていました。
トールはこの洞窟に関して今まで判明している事を確認しながらつぶやきます。
「この奥の完全に崩れた部分が居住区だったんだよね…よくここの壁画の部分は崩れなかったもんだよ」
「過去の事は正確には伝わっていないんだ…だから調査も必要になる」
「何か分かった?」
熱心に作業をしているロルウを見てトールは少しいたずら気味に質問してみました。
上手く行けば会話の流れから何か面白い話が聞けるかと期待したのですが流石にその手は通じませんでした。
「分かっても秘密だよ」
この展開もまた予想していたものでしたがちょっとがっかりしたのも事実です。
そんなやり取りを毎日のように繰り返すのがお約束のようにもなっていました。
洞窟に設置したセンサーの感度を調整しながらトールは続けます。
「ケビン博士はこの洞窟の秘密を全てを解き明かしたのかなぁ?」
「どうだろうね…君こそそのセンサーに何か反応は?」
「今のところは何も…絶対何か見つかると思うんだけどおかしいなぁ…」
つまりお互いに大きな成果と言うものは特にないらしいのでした。
その日も楽しい調査の時間は終わっての帰り際、トールがロルウに話しかけます。
「今度さ、ウチでご飯食べていかない?」
「何を突然…」
急に話を振られてロルウは少し戸惑いました。
しかし話を切り出したトールはニコニコした顔をしています。
それはまさに冗談ではなく本気で食事に誘っているような雰囲気でした。
「今までの色々をみんな父さんに話していたんだけどね。そしたらいよいよ父さんが君と話したいって」
「ちょっ…すごいな君の父さん」
ロルウはトールの父親、ウル博士のメンタルの強さに関心しました。
普通こんな話が出たら警戒して当然なのに博士は積極的に話に絡むタイプのようです。
息子も息子なら親も親だなとロルウは思いました。
「ダメかな?無理強いはしないけど」
「いや…全て知られた上で呼んでいるのだから今更拒否する理由もないし…」
「本当!やった!」
こうしてロルウはトールの提案した彼の家での食事の誘いに乗る事にしました。
改めて日取りの段取りを決め、その日に食事をする事を約束します。
そうして時間はまたあっと言う間に過ぎ、トールの家にロルウが来るその当日となりました。
トールが玄関で待っていると少し緊張した面持ちのこざっぱりしたロルウが現れました。
きゅうりがオシャレってどうなのって思われるかも知れませんが、何て言うか今日のロルウはシュッとしています。
そんな彼の姿を見てトールは心の中でちょっと笑いました。安心してください、口には出していませんよ!
「ようこそ我が家へ!母さんは今日は出掛けているから遠慮なく話が出来るよ!」
「…ど、どうも」
トールが改めて挨拶するとロルウは少しバツが悪そうに答えます。
ここでの彼は完全アウェーですからそれも仕方のない事でしょうね。
トールに勧められるままに彼の家に案内してもらうとリビングでウル博士が待っていました。
「やあ、いらっしゃい」
「は、はじめまして」
「話には聞いていたけど本当にきゅうりなんだね…」
さすが科学者のウル博士です。初めて見る動くきゅうりにも全く動じません。
それどころか興味津々の瞳でロルウに熱い視線を送っていました。
そう言うところはやっぱり親子なのだなとロルウは思いました。
「博士にも見えるんですか」
「私の仮説が正しければ先にきゅうり体を目にした人にその催眠は効かないって言うのがあるんだが…当たっているかい?」
「…ノーコメントです」
前にきゅうり体の動画をウル博士にも見せたってトールが言っていたその話が事実だとその時ロルウは実感しました。
ただ、軍の最高機密をそうやすやすと話す訳にも行かないので返事は言葉を濁すしかありませんでした。
そのロルウの態度を見てウル博士は関心します。
「流石に慎重だね!よく分かったよ。さあ食事にしようか」
「トールから話を聞いて、君の食べ物の好みに合わせたつもりだけど何か不都合があったら遠慮なく言ってくれ」
「いえ、あの…分かりました」
3人の目の前には豪華とまでは言えないものの素朴で美味しそうな料理が並んでいます。
確かに並んだメニューはロルウが好きなモノばかりでした。
ここまで読んできゅうりが食事?とかそんな素直な疑問が浮かんだと思いますが、それはどうか心のどこかに追いやってください。
きゅうり人は外見はきゅうりですけどごはんを食べるんですよ!
えーと、ほら!食虫植物みたいな?だから何も矛盾してないんです!
そんな体でこの先も読み進んで頂けると幸いです…(汗)。
この料理のチョイスは彼をずっと観察していたトールが選んだもののようです。
並べられた料理を見てロルウは思わず一言つぶやきました。
「君の観察眼も侮れないな」
「俺らはお前に観察されているのかもだけどこっちだって観察してるから」
そんな軽い会話をはさみながらロルウを迎えた食事会が始まりました。
早速食事を口に運ぶロルウをウル博士は興味深そうに眺めています。
あんまりじっと見つめられてロルウは食べた気があまりしませんでした。
「どうかな?」
「あ、美味しいです」
「食べながらでいいんで話を聞かせてくれないかな?あ、勿論こちらも質問があれば最大限に答えるつもりだよ」
「話せる範囲であれば…」
食事を取りながらロルウは早速来た!と思いました。
ウル博士の追求がどのようなものかは分からないけれど注意深く話さなければいけないと思いました。
博士は早速とんでもない質問から話を始めます。
「じゃあ単刀直入に聞こう。君達は一体いつ攻めてくる?」
「そんな話はまだ聞いていないです」
質問の内容はとんでもないものの、この星で暮らす猫が一番関心を持っているのがこの話題です。
この星を襲ったきゅうり軍はケビン博士の活躍で追い返したものの彼らはまだ月で反撃の機会を狙っているのですから。
この質問に対してロルウは淡々と自分の知っている事実だけを答えました。
「まだ…か。それじゃあ次、君達の目的は?」
「それはこの星で暮らす事です」
「じゃあ何故平和的な手段で穏便に話を進めずにいきなり攻撃を?私達に敵意を持っているのかい?」
「敵意はあるのかも知れません…でもそれは…」
「つまり君達は単純に侵略をしようとしている訳ではないんだね?」
次々と質問を繰り出すウル博士はさすが年の功です、中々に手強いとロルウは思いました。
確かにきゅうり軍がして来た事は当事者の猫達にとってあまり良い感情を抱かせるものではありません。
それでも、だからこそ博士は冷静に敵側の当事者であるロルウにきゅうり側から見たこの状況の説明を求めます。
ただし、質問をしながらも博士の中では博士なりの答えが既にあるようでした。
と、そこでトールが興奮気味にこの話に割り込んで来ます。
「ちょっと父さんどう言う事?きゅうり軍の攻撃には何か別の意味があるって事?」
「きゅうり軍が攻撃した国は世界でも指折りのひどい国だった…そうして今は打倒きゅうり軍に向けて世界がひとつになっている…」
そう、きゅうり軍が焦土にした国は悪の帝国と名指し出来るほど酷い国でした。
各国に戦争の火種を振りまいて国内では非合法な活動を公にしていたような国です。
きゅうり軍が襲って来る前の世界で一番の問題はこの国が関係した問題ばかりでした。
道義的に言うなら殺されていい存在はないとも言えますが、これらの国がなくなってから世界は間違いなくいい方向に動き始めたと言えるのもまた事実でした。
「まさかそれがしっかり調べられた上での事だって言うの?突然表れた存在がすぐにそんな事…」
「そう、きゅうり軍は突然表れた存在じゃないはずなんだ。ロルウ君の存在がそれを証明している」
「え?…あ!」
博士の言葉でトールもようやく気が付きました。
この催眠システムがあると言う事はロルウが来る前からそんな存在がこの星で活動をしていても何ら不思議ではありません。