10.きゅうりウォーズ(10)
「君達が作った兵器がそれさ」
「兵器って…まさか!」
「前に言ったよね?あの兵器がきゅうり文明由来だって」
「ケビン博士がこれを…?博士は一体…」
ケビン博士…今までも謎の多い博士でしたが、その謎のひとつがこの壁画にあるとロルウは言っているのです。
しかし博士はどうやってこの壁画の存在を知りそしてこの壁画の謎を解いたのでしょう?
ロルウが次々に語る言葉にトールは理解が追いつかない程でした。
彼はこの壁画の事を話すのが楽しいのか少し興奮気味に話を続けます。
「かつてこの洞窟はシェルターだったんだ。そして当時の技術者がこれを残した」
「何の為に?」
「技術が途絶える事を見越して…自分が受け継いだものを失わせないように…」
きゅうり文明の遺産をきゅうり人が語るとなるほどどそれはかなり説得力があります。
トールはこの遺跡に避難した人がその後無事救出されたのかそれも気になりました。
けれど今となってはその事はそんなに重要な事ではないのかも知れません。
だってそれは数百年、いや、数千年、もしかしたら数万年以上も前の話だからです。
ここまで話して来てトールはある疑問が頭に浮かびました。
「って言うかそもそも何でそんなに詳しいんだよ」
「この星にこう言う遺跡が点在しているって事は記録として残っているから。僕らにとっては常識だよ」
「点在…こんな場所が他にもあるんだ…諜報員の仕事ってそう言うのを調べたりする事?」
「それもあるね。それだけじゃないけど」
それもありつつ、でもそれだけじゃない。諜報員の仕事は多岐に渡るようです。
この時、彼は一体どれだけの仕事をこなしているんだろうとトールは思いました。
それだけする事が多いなんてきっと自分には無理だろうなとも。
しかしどんな疑問もホイホイ答えてくれるところから見て今なら何でも答えてくれそうだなってトールは思いました。
そこで少し脱線気味になっていた話を無理やり元の筋に戻して質問を続けます。
「話を戻すけど…じゃあこの壁に書いているものは本当に兵器の設計図?」
「恐らくはね…流石に僕も資料なしにこの壁画は解読出来ないから」
「それを解読したケビン博士って…」
「ほら、ここに計算式を書いているだろう?これ多分ケビン博士の字だと思う」
ロルウが指し示した場所には確かに誰かの字で計算式が書かれていました。
トールはケビン博士の字を知らないのでこの筆跡が博士のものかどうかは分かりません。
けれどロルウにそう指摘されると不思議とそんな気がしてしまいます。
取り敢えずはそう言う事にしてトールも話を続ける事にします。
「じゃあこの場所はケビン博士が発掘したのかな?発掘って言うか発見?」
「かも知れないしそうでもないのかも知れない…それは博士本人に聞かないと」
このロルウの答えにそれもそうだろうなとトールも思いました。
そこでどうやったらケビン博士に会って真相を聞けるだろうかと考えたトールはこの洞窟の環境からある仮説を思いつきました。
これは我ながらいいアイデイアだと思った彼はドヤ顔でロルウに話しかけます。
「ここの照明の電源が生きているって事はここで待っていれば博士に会えるかも?」
「さあ…でも多分現れないと思うよ」
「何でだよ」
自信満々のアイディアを冷徹に否定するロルウにトールは異議を唱えます。
折角名案を披露したのにそれを否定するなんて!納得の行く回答が欲しいと彼は思いました。
トールが不満気な顔をしているとロルウはその根拠を彼に話し始めます。
「この壁画を兵器だと思ったのは例のケビン博士の兵器とこの壁画が同じだったから…つまりもうこの壁画は用済みって事になる」
「ああ…言われればそんな風にも…って言うか!なんで過去の文明の兵器で今の文明で作った船が破壊されるの?」
「文明は継承されてこそ維持も発展も出来るんだよ…過去の厄災を乗り越えた僕らの文明でこの兵器の技術は失われているんだ」
「ああ…そう言う…」
ロルウの見事な説明にトールも思わず納得してしまいました。
そう言う歴史的背景を知るとますますこの壁画が味わい深いものに見えてきました。
例えそれが本当の兵器の設計図だったとしてもそれ以上の何かをトールは感じていたのでした。
「で、君はこれからどうする?ここの事を父親に相談するかい?」
「うーん、考えてみるよ…。もしかしたらこの洞窟も末端が知らされていないだけで研究所職員の上層部は全て知っているのかも知れないし…」
ロルウの質問にはああ答えたものの、少なくとも父親にだけはこの事を相談しようとトールは思いました。
何事が起こっても父親に話すのはもはや習慣みたいになっているしそこから始まる会話で何か新しい発見があるかも知れない…。
そうしてその歴史的背景を知って更に壁画を夢中になって眺めているトールの姿を見てロルウは彼に語りかけます。
「じゃあ君は壁画を好きに眺めていていいよ…僕はこの洞窟の奥を調べているから」
「あ…そっちに付いて行ってもいい?」
この時、まだ行っていない洞窟の奥にはもっとすごいものがあるのかも!とトールは思ったのです。
なにしろロルウが調べるって言っているくらいですからね。
猫は好奇心旺盛です。未知の情報があるならそれを知りたいと思うのが普通なんです。
そのトールの様子を見てロルウはやんわりと警告するのでした。
「付いて来てもつまらないと思うけど…」
「ここまで来て今更隠し事はないだろ…」
そう言う訳でトールはロルウについて洞窟の奥へといく事になるのですが…そこでは特に面白い事もなかったので割愛します。
そこで何をしていたかと言えば壁面とかをロルウがじっくりと調べたりしているだけでその壁にも壁画が描かれている訳でもなく…
門外漢であるトールにはそこでロルウが何をしているのかさえさっぱり訳が分からないのでした。
「もしかしたらセンサーとかで調べると何か分かるのかも知れない…」
そう閃いたトールは調査をしているロルウに話しかけてみたのですが綺麗サッパリ無視されてしまいました。
多分調査に夢中で気付かなかっただけだと思うのですが…その姿を見ているとロルウは諜報員と言うより科学者のようです。
もしかしたらこう言う仕事がしたくて諜報員を志願したのかも…とトールは思ったりもしたのでした。
「よく最後まで付き合ったよ…絶対途中で飽きると思ったのに」
「いや、結構楽しかったよ。それにお前の別の顔も知る事が出来たし」
作業が終わったロルウを確認して2人は見慣れた地上の研究所の敷地に戻りました。
外に出た時にはすっかり空は暗くなっていて時間を確認するともう夜の10時を過ぎています。
結局トールはロルウの仕事に最後まで付き合ってしまいました。
傍から見たらそれはただ地味な作業を繰り返しているだけで退屈極まりないものだったのに。
きっと初めて見るものや初めて知る情報が多くて精神的にすごく興奮していたからなのでしょう。
そんなトールを見てロルウはポツリと呟きます。
「君も結構変わり者だな」
「そこはお互い様。じゃ、また学校で」
ロルウの仕事も終わって別れの挨拶まで済ましたところでトールはある閃きをします。
それはこの出来事を今日だけのものにしたくないと思ったが故の発想でした。
トールはこの思いつきを忘れない内にと早速ロルウに声をかけます。
「あ、そうだ!またここに来てもいいかな?」
「それは構わないよ。僕も勝手に入り込んでいるだけだし」
「また来たらここで調べ物してる?」
「さあね…」
ロルウとの再会の約束を取り付けたところで2人は別れました。
緊張感が解けたのか家に帰る途中で急速に失われていた時間が戻って来たようです。
さっきまで全く意識すらしていなかったのに急に空腹感が襲ってきました。
そりゃそうです。だって昼食を食べてからその後は何も食べていなかったのですから。
家に帰ったトールは母親から無断外出を叱られながら空きっ腹に燃料を補給するのでした。
それから2人が会話するのは学校の屋上ではなくこの洞窟内と言う事になりました。
ロルウが壁画を研究するのに刺激されてトールも自慢のセンサーを持ち出し自分なりに研究を始めます。
2人はこの壁画や洞窟から何を発見したのか、それとも発見出来なかったのか…。
「ここは大昔のシェルターだったって話だけど…」
「そうだけど?」
2人はお互いに顔も合わせずに会話を始めます。
何故かと言えばそれぞれ目を向ける対象が違うから。
それは2人がこの場所で会うようになってからの日常風景でした。