10.きゅうりウォーズ(9)
(屋上以外でどこか人が来ない良い場所があればいいんだけど…)
トールはその事を色々と考えましたがそんな簡単に都合のいい場所は見つかる訳もなく…。
例えば空き教室とかも考えましたがそもそもその部屋の鍵を先生に借りる理由が思いつきません。
図書室もかなり人の少ない穴場ですが二人きりと言う状況はまずありませんし…。
色々考えている内に時間だけが無慈悲に過ぎて行きました。
そうして雨が降ったり止んだりの不安定な天候は終わりを告げ、暑い季節がやって来ます。
猫は暑さもやっぱり苦手です。なのでこの季節は日陰こそがパラダイスになっていました。
連日の猛暑の日々の中、ロルウとうまく話せない状況は続いていました。
仕方ないのでもう学校で話すのではなく別の方法もあるかも知れないとトールは考え始めました。
そうしてどうしたらロルウとうまく話が出来るのか、それだけを考えて計画を練りました。
色々考えて色々検討して色々行動して…その間にも何とかロルウと話そうとするのですが上手くいきません。
例えば放課後、あの尾行システムを使って何度も彼を追いかけますが一度バレているのでやはりその後も上手く巻かれてしまいます。
昼休みの屋上もまた暑くて世間話する状況ではありませんでしたし、そんな状況でさえ誰かしら部外者が屋上にいる有様です。
「声をかけたら返事くらいしてくれても良さそうなものなのに…」
トールとロルウはあの件以降簡単な挨拶以外の会話は皆無でした。
話しかけてもそっけない態度で返されてしまいます。
この状況に対しこのままではいかんと変に気合が入るトールなのでした。
ある日、自宅でロルウの行動ルートを尾行ドローンの軌跡からシミュレーションしていたトールはロルウの下校ルートに法則がある事に気付きます。
彼は尾行を巻くためかいつも違う道順で帰っているのですがそれは完全なランダムではなかったのです。
これは使える!と思ったトールはこの法則を踏まえた計画を立てました。
それから数日後、トールは学校を休みます。
それが偶然なのかわざとなのか、今はあえて触れません。
ただ、その休みを学校の誰も不自然に感じなかったと言う事だけは伝えておこうと思います。
ロルウも少しも不思議に感じるは事なく、彼の休んだ理由である発熱をすっかり信じていました。
そうしてその日の放課後。ロルウのその日の帰りのルートは…。
「やあ、やっと捕まえた」
そう、トールは学校を休んで待ち伏せしていたのです。
初めて尾行した日に彼を見失ったあの研究所の敷地に入ったところで。
思いがけない場所でトールの顔を見たロルウはびっくりして声が出せないままでいました。
「あの日、お前はこうやって隠れていたんだったよな」
「驚いた…こんな手段も使うんだ」
いつも感情を表に出さないロルウですがこの時ばかりは意表を突かれて見た事のないような驚嘆した顔を見せています。
余裕ぶっている顔しか見た事がなかったトールは彼にそう言う表情をさせたと言うだけで心の中で勝利宣言をしていました。
それで得意ぶってこう答えました。
「学校が終わってから走ってもいつも巻かれてしまうからな」
「そうか…参ったな」
「研究所に用があるんだろう?一体何の目的があって…」
「ここで会ってしまったなら仕方ない…ちょうどいい、ついて来なよ」
ドヤ顔のトールを見て観念したのかロルウはこの場所で何をしたのか教えてくれそうです。
彼について来いと言われるままにしっかり後についてトールは歩いて行きます。
この研究所はトールにも馴染みがある場所なので大体の事は分かっているはずでした。
けれどロルウが歩いて行くその場所はそのトールですら知らない場所でした。
まず彼は研究所の施設内には入らず、敷地の中の外れにある目立たない小さな石碑のある場所まで行きます。
研究所の敷地内にそんな石碑がある事すらトールは知りませんでした。
でもそれはある意味当然だったのかも知れません。トールが興味を持っていたのは飽くまでも研究所の施設だったのですから。
研究所の外の敷地の事をトールはほとんど何も知りませんでした。
「こんな場所があったなんて…」
「知らなくても当然だろうね…研究所の施設以外は誰も興味なんて持たないだろうし」
「ここに何が?」
「今からもっと驚かせてやるよ」
ロルウがその石碑を動かすと隠し通路が現れます。
何で部外者のはずのロルウがこんな場所を知っているんだろうとトールは思いました。
多分研究所職員でもこの仕組みを知っている人はいないのでは?とも思いました。
この謎の行動によってロルウの事がまたひとつ分からなくなりました。
(きっと協力者がるんだ。そうに違いないんだ)
トールは心の中でぐるぐる回ったその疑問に対しそう結論を出す事で心の平穏を得ました。
その謎の人物エックスはこの隠し通路の先にいるのでしょうか?
ロルウに導かれて入ったこの通路の先には果たして何が待っているのでしょう。
トールの心臓は緊張と興奮で大変な事になっていました。
「見せたかったのはこの先のものさ。見たら驚くよ。保証する!」
ロルウは少し興奮気味にトールに話しかけます。
学校ではクールに決めている彼が学校外では何故か感情を開放しているように見えました。
(もしかしたらこっちの姿の方が素に近いのかも…)
トールはそう考えながらその後はただ黙々と歩くロルウの後を付いて行きました。
この謎の場所は中に入ると結構広く、中が薄暗いのもあって道の先が見渡せません。
そうして歩く事数分後、ロルウが見せたかったものがトールの視界にも入って来ました。
何が見えてくるのか期待と不安でいっぱいでしたが、段々視界に入って来たそれはトールの想像を超えたものでした。
「うわあ…何だこれ…」
それを見てトールは思わず驚嘆の声を上げてしまいます。
そこにあったものは巨大な古代の壁画でした。
隠し通路の先は洞窟になっていてその壁面いっぱいに絵が描かれています。
それはすごく古いもののはずなのにまるでついさっき描かれたかのような瑞々しさをその壁画から感じました。
洞窟内は間接照明が設置されていて見ようによっては結構おしゃれな空間となっています。
この光源の電源は多分研究所から引っ張って来ているものと思われます。
やはりこう言う設備を設置した関係者がどこかにいるんだろうとトールは改めて思いました。
トールの驚き様を見てロルウはとても満足気な顔をしています。
もしそのドヤ顔を見たらトールは少し気を悪くしたかも知れません。
けれどトールは壁画の方に夢中になって背後のドヤ顔には全く気付かないのでした。
「この壁画って…」
「この壁画は古代きゅうり人が残したものだよ」
「えっ?」
「かつてこの星で繁栄していたきゅうり人たちが後世に残したもの」
ロルウの語る壁画の正体(?)にトールは思わず聞き返してしまいました。
まさか古代きゅうり文明の遺産がこんな形で残っていただなんて…。
壁画がきゅうり人の残したものだと思うととてつもなく貴重なものに見えてくるから不思議です。
トールの話を聞いて改めて壁画をじいっと見ていたトールですが、そこである疑問が浮かびました。
「あれ?だって、その頃だって今の猫文明より進んでたんでしょ?何で壁画なんかに…」
「こうして残さないといけない状況だったとしたら?」
「まさか…」
「それにこれはただの絵のようでそうじゃないんだ…とても高度な圧縮言語なんだよ」
ロルウの話にトールはきゅうり文明が滅びた理由を想像しました。
もしかしてきゅうり文明は一度大きな戦争か災害でバラバラになって避難していたのではないか…。
それでずっと救援を待っていたけれど中には救援の来なかったシェルターもあって、つまりそれがここだったのではないかと。
そうしてずっと救援の来ない中、最期を覚悟した科学者が自分が死に絶える前に自らの得た知識を何かに残そうとした…。
この想像が正しいかどうかは分かりません。けれどロルウがはっきり言わないのでとりあえずそうなんだろうとトールは思い込みました。
そうしてロルウの言う通りにこの壁画が圧縮言語だとしてその解読結果も気にかかります。
トールにはこの壁画が何だかよく分からない抽象画にしか見えなかったからです。
「これ、解読したら何て書いてあるんだろう?」
「それがもうとっくに解読されているんだ」
「えっ」
ロルウの回答にトールはまたしてもびっくりしました。
確か彼はこの星に来てそんなに経っていないはず…この短い期間でこの壁画の謎を解いたと言うのでしょうか?
しかし彼が返した言葉はそんなトールの予想を覆す意外なものだったのです。