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10.きゅうりウォーズ(8)

 雨は一日中降り続け、トールは憂鬱な気持ちのまま一日を終えました。

いつの間にかロルウといない時間を退屈に感じるようになっていたのです。


(明日晴れたならロルウに会えるかな?)


 曇っている空を眺めながらトールは無意識にそう考えるようになっていました。

けれど天気予報ではこの先一週間は雨が降りがちだと告げています。

でも流石にずっとロルウが休みっぱなしって事はないだろうとトールはその時は楽観的に考えていました。


 週間天気予報の傘マークは並んでいます。

そうして実際に天気もそのようになりました。

傘をさして登校する日々、しかし会えるだろうと思っていたロルウには会えず仕舞い。

一体いつになったら会えるんだろう?もしやもう学校には来ないのかも…と、トールは少し弱気になっていました。

一年くらいはこの学校にいるとロルウ自身がそう言っていたのに…。

窓の外から途切れなく雨音がトールの耳に届いていました。


「連絡先のひとつでも分かっていればなぁ…」


 ロルウはその特殊な事情故か電話とか住所とか身元を証明するものを何ひとつ持っていませんでした。

いや、秘密にしていたと言うのが正確なところでしょう。

とにかくこちらから連絡する手段が何ひとつないのです。

この雲が晴れたらまた会えるのか…それすらも確証を持つには至っていません。


 ただ、トールとしては絶対に学校に戻って来て欲しいと本気で思っていました。

尾行の件であんな目にあったままもう二度と会えないと言うのは勝ち逃げされたみたいで嫌だったからです。


 そうしてそれからまた数日が経って久しぶりに晴れの日が来ました。

数日ぶりの晴れ間にトールでさえ気持ちが晴れ晴れしています。

その日、期待もせずに学校に登校すると…そこには見慣れた最近はご無沙の顔がありました。


「おはよう」


「おは…って言うかおまっ!」


 あまりに予想通りの展開にトールはうまく彼に挨拶を返せませんでした。

そのトールの様子を見て彼は少し不機嫌になります。


「挨拶は挨拶でちゃんと返してくれよ」


 そうです、ロルウです。

本当に晴れになった途端に彼はまた学校に現れました。

あまりに分かりやすくてトールはつい笑ってしまいました。


「何がおかしいんだか」


 トールが笑った理由が分からずロルウは少し困惑しています。

まさかその笑った理由が自分の事だなんてロルウ自身は多分気付かない事でしょう。

晴れになった途端学校に来るなんて本当に分かりやすい…とトールは思ったものの彼の名誉の為にその言葉は胸の奥に仕舞い込みました。


「じゃあまた昼休みにいつもの場所で」


「いつもの場所で」


 既にツーカーの仲になっている2人にはこの会話だけで十分です。

最初に会話を秘密にしたせいで2人は屋上以外では普通の会話を全くしません。

逆にだからこそ昼休みの屋上では2人はお互い遠慮無く意見を言い合えるのでしょう。


「休んでいた間は何を?」


「ずーっと寝てた」


「ほおう…諜報員様は優雅なお仕事ですな」


 最初に出会った頃からは考えられないような話ですが2人はこんな軽口を話せるほど打ち解けていました。

お互いに最初から敵意がなかったのもありますが警戒心たっぷりだった頃の事を考えれば不思議な話です。

ネコときゅうり、全く合わない組み合わせのようにも思えましたが、意思が通じればちゃんと分かり合えるものなんですね。


「って言うかデスクワークが溜まってたんだ」


「何それ、晴れの日は動いて雨の日は書物か」


「晴耕雨読ってやつな」


「本当かよ…」


「ご想像にお任せします」


 晴耕雨読って言葉がきゅうりの世界にもあるとはびっくりだなとトールは思いました。

まぁ、こちらにやってきてから覚えた言葉なのかも知れませんけれど…。

相変わらずロルウはどこまでが本気でどこからがはぐらかしているのかよく分かりません。

けれど、そう言う会話テクニックを駆使出来るのが諜報員の諜報員たる所以なんでしょうね。


「しかしこの晴れ間も今日だけって言うね…」


「来週からはぼちぼち晴れるみたいじゃないか」


 やっぱり天気の話をロルウは気にしているようです。

自分の力ではどうにもならない天候ってやつに対してはロルウもお手上げですものね。


「って言うかお前、また雨の日は来ないつもり?」


「いや、流石にずっとって訳にも…」


 カチャッ!


 2人が会話を楽しんでいたその時、急に屋上のドアが開きます。

そうしてひょっこり顔を出したのはクラスメイトのケンジでした。

彼は屋上にいる2人を見つけるとすぐに声をかけてきました。


「あ!ここにいたんだ!」


「!」


 突然の来訪者に2人はびっくりです。

今まで2人はずっと屋上で話をして来ましたが部外者が現れると言う事はなかったのです。

それはそれで不思議な事ではありますけどね。

そんな訳であまりの出来事に両者一言も喋れないままでいるとケンジがここに来た理由を自発的に語ってくれました。


「いやね、いつも2人昼休みに消えてるからどこに行ってるんだろうって探してたんだよ」


「どーせそう言う遊びなんだろ?」


 ケンジの言葉に反応したのはトールでした。

ケンジの属するグループは何か自分達が気になる事があるとすぐにそれを追求するのです。

今回ケンジたちの興味の対象になったのがトールとロルウの事だったと言う事なのでしょう。

ケンジはそんなトールの言葉を無視する形で話を続けました。


「って言うか、屋上って出られたんだ…よく知ってたな」


「昔校舎を色々探検していて偶然にね」


「これからはみんなここに呼ぼうぜ」


 ケンジは新しく見つけたこの場所をみんなで共有しようと持ちかけました。

今までこの屋上は静かで落ち着ける場所だったのに今後そうでなくなる事を危惧したトールはケンジに釘をさしました。


「多分騒がしくしていたらすぐ鍵閉められると思うけど」


「マジかよ…それじゃあんまり多くは呼べないな」


 トールの話を聞いてケンジはそう答えました。

どうやら数は減らしたとしても少なくとも数人は屋上に呼ぶつもりのようです。

このケンジの言葉にトールは返す言葉がありませんでした。

変に反対するのもおかしいしここは沈黙と言う選択肢を選ぶのが一番賢明だとトールは思いました。


「それはそうと2人はいつもここで何してるんだ?」


 今度が逆にケンジに質問されてトータは少し焦ってしまいました。

まさか敵の諜報員と丁々発止の情報戦を繰り広げているとも言えず言葉に詰まってしまいます。

相手は少しおバカのケンジですし何とか上手く誤魔化そうとトータは考えました。


「え?…ただの世間話だよ」


「まぁ確かにここって天気いい日はいい場所だもんな…夏以外は」


 どうやらトールはうまく誤魔化せたようです。

ケンジはトールの言葉を何一つ疑う事なく素直に受け入れてくれました。

その2人の様子を見て逆にロルウが少し不機嫌な顔をしてつぶやきます。


「…仲良さそうだね」


 ロルウはトールにそう言ったかと思うと急に屋上から出て行こうとします。

その態度からしてみても明らかにケンジが屋上にやって来たのが原因です。


「お、ちょ待てよ」


 思わずトールはロルウを引き留めようとしますがその言葉が彼に届く事はありませんでした。

その様子を見たケンジはトールに対して変な気を使います。


「あら?俺お邪魔虫だった?」


「そーゆーんじゃないから」


 ここで下手な事を言おうものならクラス中の噂になりかねません。

なのでそこはちゃんと気をつけて飽くまでも2人はただの友達同士の付き合いだって言う態度をトールは貫きます。

けれど結局ロルウはそのまま屋上から校舎に戻ってしまいました。


「んー、じゃ俺も戻るわ。じゃあな」


 場が白けた雰囲気になった為、ケンジもまた屋上から同じように校舎に戻りました。

そうして何とかこの場を取り繕うと頑張ったトールだけがぽつんと屋上に残されてしまいました。


「どうしたら良かったって言うんだよ…」


 屋上で1人きりになったトールは誰に言うでもなくそうつぶやきます。

そんな彼を慰めるように湿り気を含んだ風がすうっと流れて行きました。


 その後、屋上が秘密の場所として使えると分かってからはそんなに数は多くないですがいつも誰かが屋上にいると言う状態になりました。

きっと噂が広がればこの屋上もかなり賑やかになってしまう事でしょう。

もうここはトールとロルウの2人が気兼ねなく話せる居場所ではありません。

そんな訳で自然と2人の仲は疎通になっていきました。

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