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10.きゅうりウォーズ(7)

(後悔しても仕方ない…取り敢えず研究所に向かおう…後の事はそれからだ…)


 それからしばらくしてバスは到着し、トールは研究所に向かいました。

研究所の上空で立ち往生しているドローンを回収し、トールは研究所に入って行きます。


「あら、今日は何の用事?」


 受付のおねーさんは脳天気に危機感のない態度でトールに対応します。

自分がこんなに悲壮感を出しているのにそれに気付いてくれないなんて…と、トールは落胆しつつ飽くまでも冷静に話を始めます。


「さっきここに怪しい奴が来なかった?」


「え?来なかったわよ」


 トールの突然の質問にも全く動じる事なくフランクに答えるおねーさん。

もしかして普段からこう言った事に慣れているのでしょうか?

ここで議論しても仕方ないのでトールは彼女に物理的な方法を提案します。


「ちょっとここ一時間くらいのカメラの映像を見せてくれない?」


「どうしたの?急に」


「怪しい奴が入って来た可能性があるんだ」


「まぁいいけど。ちょっと待ってね」


 おねーさんはどこかに連絡して、それから端末を操作しました。

普通の少年がいきなりこんな事を言ってもまともに取り扱ってくれないのが常なのですが、トールはここで働く博士の身内なのでそこは何とか上手く話を進めてくれたようです。


「ちょっとこっちに来て。一緒に確認しましょ」


 トールはおねーさんに誘われて一時間前からの研究所の入り口の映像を一緒に見る事になりました。

しかし、しっかり確認したもののその映像に不審な人物は一人も映っていないのでした。


「え?なんで…?」


「これで納得した?流石の私だって不審人物を素通りさせやしないんだからね!」


「あ、うん…」


 トールは別におねーさんを信用していない訳ではなかったのですが結果的に彼女にそう取られてしまっていました。

その事について彼女に上手く謝れないまま、この件は有耶無耶になってしまいました。


 次にトールはロルウが変装して研究所に潜入している可能性を考えました。

最初に学校に転校してきた時もロルウは姿を偽っていたからです。

その変装(洗脳)技術を使えばこの研究所に潜入する事も可能なのではないかと。

勿論学校に生徒として潜入するのと研究所にスタッフとして潜入するのでは身辺調査に雲泥の差があります。

けれど相手は諜報員だと自ら名乗るほどの自信家ですし…可能性は捨て切れません。

そこでトールはおねーさんにひとつ聞いてみる事にしました。


「おねーさん、ここ一ヶ月くらいに新しく採用したスタッフとかいない?」


「何?調べ物?お父さんに頼まれたの?」


「う…うん、まぁそんな感じ」


「何だか怪しいわねぇ…別にいいけど」


 おねーさんに今の行動を父親の指示かと聞かれトールは思わずうなずいてしまいました。

その時の彼の表情などの雰囲気を見ておねーさんはこの行動に少し違和感を感じます。

けれどトールの必死さに嘘はなさそうだったので特に何も言わず彼の話を聞く事にしてくれした。


「お願いだよ…結構大事な事なんだ」


「ここは大きい研究所だからねぇ…スタッフの入れ替わりも激しいんだなぁ」


「すぐには分からない?」


「そこら辺はシステムがしっかりしているからね、すぐに分かっちゃうよ」


「本当?お願い!」


 トールは真剣な顔でおねーさんに必死にお願いしました。

その様子を見ておねーさんは仕方ないって表情をしながら端末を操作します。

そうしたら本当にすぐに結果はモニターに表示されました。


「言っとくけどこれ秘密だからね。勝手に内部資料を見せたって誰にも言わないでよ!信用してるからね!」


「うん、絶対に言わないから」


 何故トールがこんな行動をとったのかと言えば学校で撮ったロルウの写真を見ても彼にはそれがきゅうりだとはっきり認識出来ていたからです。

つまり同じようにこの新規採用スタッフにきゅうりが混じっていたなら写真を見ただけで自分ならそれが分かるだろうとトールは考えたのです。


 おねーさんに念を押されながらそのスタッフの情報を見たトールは…しかし何も分かりませんでした。

モニターにはここ最近新しく採用されたスタッフの情報が本人の写真と一緒に表示されてはいましたが、どの写真も特に違和感は感じられなかったのです。


「おかしいなぁ…」


「これで納得した?」


「納得出来ないけど…納得したよ」


「そこは素直に納得しておきなさい」


 おねーさんはそう言っていたずらっぽく笑いました。

考えうる可能性を全て潰されてトータは改めてショックを受けました。

まるで狐に化かされたみたいです。

呆然としているトータにおねーさんが声をかけます。


「大丈夫?この後はどうする?お父さんに会ってく?」


「いえ…今日は帰ります。ご迷惑をかけてすみませんでした」


「いいよいいよ、楽しかったし。何か役に立てていたなら嬉しいな」


 どこかウキウキした顔をしているおねーさんに対して対照的にトールはどこか暗い顔になっていました。

そんな彼をおねーさんは心配してくれましたが、トールは何も問題ない風に装って誤魔化します。

結局手がかりを何ひとつ発見出来なかったトールは受付のおねーさんに見送られながら研究所を後にしました。

外はすっかり暗くなっていて空には星がキラキラと美しく輝いているのでした。


 トールは家に帰ると今日の反省点を踏まえ今後の対策を練ります。

失敗は仕方ないけれど二度と同じ失敗を繰り返さないように。

頭の中に浮かぶ色んなモヤモヤをどうにもうまく整理出来ないままその日は眠りにつきました。


「昨日は面白い事をしてくれたね」


 いつもの昼休み、屋上で2人並んで空を見上げながらロルウがまず口を開きました。

昨日の事についてはトールも言いたい事がたくさんあったのですがどう切り出せばいいか分からずに喋れないでいたのです。

ロルウが先に話を出してくれた事でトールも何とか会話を始める事が出来ました。


「やっぱり気付いてたか」


「当然だよ…バレバレ過ぎる」


「いつから?」


「最初から…って言うか、人を騙すなら普段通りの行動は基本だろ?」


 ロルウにはやはり尾行の事はバレていたみたいです。

しかしまさか最初から怪しいと勘付かれていたなんて…綿密に行動を立てていたトールにこの言葉はショックでした。

まぁでもそこがプロとアマチュアの違いでしょうね。


「君、いつもあたふたと下校の準備をしているのに昨日は違っただろ」


「う…よく見てるな」


 しっかり準備をしたつもりでもそんな所に油断が現れていたのです。

全く、ツメが甘いと言うか何と言うか…。

この指摘に動揺しているトールに対しロルウは静かに笑顔を浮かべながらこう続けます。


「観察も諜報の基本だよ」


 バレているならばとトールはもう完全に開き直ってロルウに直接聞く事にしました。

何故彼は研究所へ行ったのかを、そしてその目的を。


「それで研究所で一体何を」


「アレはドローンを巻くために入っただけだよ…施設内には入ってない」


「え…」


「敷地の木の茂みで隠れていたら君が間抜け面しながら研究所に入っていくのが見えて上手く行き過ぎて笑えたよ」


 ロルウが言うにはあの日彼は研究所の施設内には入っていないとの事です。

けれどだからってロルウが研究所に全く興味を示していないって事はないはずだとトールは思いました。

それで思わず本音がトールの口から漏れました。


「本当にただそれだけだって?」


「信じるも信じないも貴方次第ってね」


 ロルウのこの言葉が相手を煙に巻くものだと言うのはトールだって百も承知です。

けれどトールはやはり研究所内が追跡禁止って事を知っていた点ひとつ取ってもロルウに対する疑念を晴らす事が出来ませんでした。

当のロルウはトールのその疑惑の目に気付いているのかそうでないのか…ぼうっと空を見上げています。


「しかしもうすぐ雨が降るな」


「雨だと屋上にも来れなくなるな」


 ロルウの何気ない一言に同じように何気なく返したトールでしたがそこである事に気付きました。

ロルウが転校して来てからまだ雨の日が来ていなかった事を。

そこでトータはつい何気なくロルウに冗談のつもりで聞いてみました。


「雨だとロルウはどうするんだよ」


「学校休むかなぁ」


「おいおい…」


 ロルウがそう言うと何だかその通りの行動をしそうな気がしてくるから不思議です。

そもそも彼は嘘をつくようなキャラではありませんし。

本人は冗談っぽく言ってはいましたがロルウならそれをやりかねないなとトータは思ったのでした。


 その後も他愛もない話ばかりが続いてそのまま昼休みは終わりました。

その事自体はそう言う話が出来るようになった親密さの表れでもあったのですが次に屋上で話す時までには何か有意義な話が出来るようにならなくちゃとトールは思いました。


 次の日は屋上での話の通りに雨となりました。雨の日はネコにとっても憂鬱です。

なので出来れば昨日のロルウの発言のようにトータも学校を休みたかったのですが、ニコニコ顔の母親に追い出されました。


「自慢のヒゲが湿って気持ち悪い…」


 普段は特に自慢にも思っていないヒゲなのにこう言う日に限って意識してしまいます。

トールが憂鬱な気持ちで教室に入ると見知った顔がひとつ足りませんでした。

そう、昨日の宣言通りにロルウが学校に来ていません。

彼はきっと一人暮らしだろうし本人が行かないと決めたらそれで済むんだろうな、羨ましいなとトールは思いました。

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