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10.きゅうりウォーズ(2)

(何故?何でみんな平然としているんだ?あいつは手足の生えたきゅうりだぞ?)


「トール君、座りなさい」


 きゅうりを連れてきた先生は冷静にトールを注意しました。

トールは納得行かないまま、でも言われた通りに着席しました。

この事でクラスがざわめき始めます。

けれどそれは転校生の容姿のせいではなく、トールの態度についてでした。


「トール、急にどうしたんだ?」

「あいつが慌てるなんて初めて見たぞ」

「転校生と知り合いのかな?」

「ひと波乱起きそう」

「どうでもいいけど静かにして欲しい」

「ククク…これが長く続く物語の始まりだった…」


 みんなそれぞれ好き勝手に好きな事を話しています。

トールは普段真面目なイメージで通っていたのでこの突然の行動に誰もが違和感を

覚えずにはいられなかったのです。

そんなクラスの態度を見て先生はクラス全体に聞こえるような声で静かにするように注意します。


「みんな静かにしなさい。済まないね。騒がしいクラスで」


「いえ、賑やかでいいと思います」


 先生に声をかけられて手足の生えた転校生、じゃなかったきゅうりは落ち着いた口調でそう答えます。

その声は昨夜トールが観察したあのきゅうりの声と全く同じでした。

間違いありません。今目の前にいるきゅうりこそ昨夜トールが見たあのきゅうりです。


「では自己紹介をお願い出来るかな」


「はい」


 きゅうりはチョークで器用に自分の名前を黒板に板書しました。

きゅうりの癖に書かれたその文字はこのクラスの誰よりも美しい文字でした。

板書を終えたきゅうりはクルッと振り向いてクラスメイトのみんなを前に堂々とした口調で言いました。


「初めまして。ロルウと言います。どうか皆さんよろしくお願います」


 流石にこの星に潜入するに当たって特別な訓練を受けて来たのでしょう。

彼はどこまでも紳士的にこの世界に違和感なく溶け込める素養をマスターしていました。


「えー、彼は親の事情で…」


 ロルウの自己紹介が終わると先生が彼の転校の事情を説明し始めました。

何でも親の仕事の関係でこちらに越して来たとか…でもそれが真っ赤な嘘だとトールは知っています。

自分以外は見た目きゅうりのロルウに全く違和感を感じていない事を含め、どうにかそのからくりを解いてやろうとトールは考えました。


「ちょっといいか?」


 授業が終わり休み時間になってトールはロルウに話しかけました。


「君は…分かった。何だい?」


 ロルウはトールの目を見ただけで瞬時に状況を判断したようです。

この素早い判断、流石きゅうり軍の選ばれしエージェントだけはあります。


「昼休みに屋上で」


 トールはそれだけ言うとロルウから離れクラスメイトの輪の中に入っていきました。

そのトールの様子を見てロルウはにやりと笑うのでした。


 そうして時間は流れて昼休み。

昼食を食べ終えたトールとロルウは屋上に上がって来ていました。

そうして屋上にはこの二人以外誰もいませんでした。

何て都合の良いのシチュエーションなんでしょう!

屋上に着いてまず最初に口を開いたのはロルウの方でした。


「君は僕が"見えて"いるね」


「周りの猫にも聞いたけど僕以外は君を猫だって…おかしいよね?」


 あの後、トールはクラスメイトにロルウの印象を聞いて回りました。

クラスのみんなは口をそろえて彼をごく普通の猫だと答えていました。

それではきゅうりに見えていたトールの方が異端なのでしょうか?

けれどトールは自分の感覚を信じました。

それに屋上に行くように話を持ちかけた時のロルウの態度がトールの疑念を確信に変えたのです。

そうしてそれはやはり真実でした。


「見えているって事は君はあの場にいたんだ…気付かなかったよ」


 この口ぶりから言って昨日ロルウを生で見たトールだから催眠(?)にかからなかったと言えそうです。

自分の感覚に自信を持ったトールは冷静な口調でロルウに疑問をぶつけました。


「何しにこの学校に?」


「ただの情報収集だよ…別に君達に危害を加えるつもりはない」


 正体がバレていると分かって尚ロルウは精神的に余裕を持っているようです。

トールのこの質問にもあっさりと答えました。

このロルウの態度にトールも負けじと余裕を見せながら話を続けます。


「すぐにでも出て行って欲しいけどこちらも君達の事を何も知らないんだ」


「つまり情報交換をしろと?構わないよ。止められてはいないし」


 ロルウはさすが敵側のエージェントです。トールの要求を一言で見抜きました。

そこでトールもロルウ側の事情を読んで牽制します。


「でもどうせ答えられるのは極一部なんだろう?」


「まぁね…でもある程度の疑問には答えられるんじゃないかな?君は優秀そうだし…」


 侵略者側と防衛側、お互いに腹の探り合いです。

けれどそこに戦時中と言う状況からくる重い緊張感はありませんでした。

軽い会話の中からどちらが重要な情報を引き出せるか…まるでお互いがゲームのようにこの状況を楽しんでいるようです。

この情報戦、最初に仕掛けたのはトールでした。


「そうだね、じゃあ早速答えてよ…まず君達は何者?」


「ふふ…君達が知らないのも無理のない話だね…」


 ロルウはそう言うと自分達の事を話し始めました。

彼の話はトールにとって衝撃的なものでした。


「僕らきゅうり一族はかつてこの星で一大文明を築いていたんだよ!」


「な、何だってー!」


 ロルウのあまりの衝撃的な一言にトールは思わず反射的にテンプレ的反応をしてしまいました。

そのトールの反応にツッコミを入れる事なくロルウは話を続けます。


「けれどその文明は崩壊して一時的に星を捨てた…」


「なるほど…それで戻って来たら別の種族が母星を支配していたと…」


「その通り」


 きゅうりの船団が何故この星にやって来たのかはこれで謎が解けました。

多分自分たちがボロボロにした母星の環境がそろそろ直った頃だと判断してきゅうり達は戻って来たのでしょう。

それが真実だったとして…けれどトールはきゅうりたちのその後の行動に納得の行かないものがありました。


「じゃあ何で無言で攻撃を?今みたいに話しあえば…」


「ふふ…君は家を空けて久しぶりに帰った時、自分の家に空き巣が暮らしていたらそいつらと交渉するのかい?」


「…!?僕らを空き巣だと?」


「気を悪くしたかい?でもそう言う感覚になるはず…同じ立場ならね」


 ロルウの言葉にトールは言い返せないでいました。

今の時点では彼の言葉がどの程度まで真実かは分かりません。

けれどもし全て真実だったとしたら…今後彼とどう接すればいいかトールは悩みました。

悩むトールに追い打ちをかけるようにロルウは話を続けます。


「君らの親玉が新兵器を作って僕らに対抗しただろう?あの技術はどこから来たのかな?」


「それは…詳しい事はケビン博士しか…」


 会話の途中での突然のロルウの質問にトールはうまく答えられませんでした。

何故ならケビン博士は自身の研究の事を殆ど公表していないのです。

博士はそれを機密漏洩を防ぐためだとか言っているのでしたが…。

口を濁すトールにロルウはケビン博士の発明について衝撃的な言葉を告げました。


「あの技術が僕らきゅうり文明由来だと言ったら?」


「なっ!」


「ふふ…信じるも信じないも君次第だよ…」


 含みを持たせたロルウの口ぶりにトールは動揺を隠せません。

今や世界の救世主的存在のケビン博士の発明にきゅうり文明が関わっている?

考えてみれば突然革新的な発明をしたケビン博士の研究には多くの謎がありました。

どの系列からの研究なのか、その発想がどこから来たのか…博士はその多くを何も語っていません。

ロルウのこの言葉を受け入れるのにトールはかなりの時間を使ってしまいました。


 キーンコーン…。


 ロルウの口から語られた衝撃の事実にトールがたじろいでいる内に昼休みの時間が終わってしまいました。

まだまだ問い質したい事はたくさんあったのですが残念ながら今回はここでお開きです。


「時間のようだね。じゃあ続きはまた今度」


 ロルウはそう言うとさっさと教室へ戻って行きました。

ワンテンポ遅れてトールもその後を追います。

その後は中々タイミングが合わず、ロルウと一言も話せずに放課後になってしまいました。


 放課後になってトールはロルウを尾行しようと狙っていたのですが、彼はいつの間にか姿を消していました。

仕方なくトールは家に帰って今日知った事を父親に聞いてもらう事にしました。

ケビン博士の親友である父なら博士の研究の事を何か知っているかも知れません。

トールは父の口からならその事が聞けるだろうと期待しながら帰宅しました。


「父さんは大事な実験があるから今日は研究所に泊まるって」


 帰宅後、見当たらなかった父の所在を母に聞いた時のこの返事にトールはがっかりしました。

仕方ないので父親に伝えたい事をメモ用紙に箇条書きに書いて父の机に置いておきました。


「ちゃんと読んでくれるといいけど…」


 その後、トールはまた自作のセンサーで周囲をチェックしましたが今日は特に何も異常は発見出来ませんでした。

就寝時間になってベッドに潜ったものの、明日からロルウとどう接していけばいいか考えるとトールは中々寝付けません。

波乱含みの一日はそうして終わりを告げたのでした。

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