10.きゅうりウォーズ(1)
そこは地球によく似た別の星。
そこでは猿の代わりに猫が進化して地上の支配者になっていました。
人間並みの寿命を会得したネコは後に高度な文明を発展させる事になります。
それなりに発展した文明は戦争問題や公害問題も併発させながらも今のところは何とか平和に暮らしていました。
そんなある日、宇宙考古学を研究しているある研究者がその研究の成果を元にある発表をしました。
それは近い将来異星からの侵略者がこの星を襲ってくると言うものです。
しかし当然ながらこの話を信じる猫は誰ひとりとしていませんでした。
科学者が怪しい団体と交流を持っていたと言う真偽不明の話まで持ち上がり民衆は面白おかしくこの話題を取り上げました。
結局この科学者の訴えは誰にも支持される事なく話題の熱気が冷めるとひっそりと忘れ去られていきました。
大きな騒ぎを起こした科学者は責任を追求され学会から追放、人々の前から姿を消してしまいます。
それから3年経った猫世紀2008年、科学者の危惧していた事態が起こりました。
宇宙のどこからから侵略者の大群がこの星に襲いかかって来たのです。
まだ迎撃体制の整っていなかった世界各国はこの突然の侵略者の攻撃に対しまともな反撃をする事も出来ず
わずか数年で世界の数割を焦土にされてしまいました。
侵略者が更に追い打ちをかけようと攻撃をしようと迫った時、ひとりの科学者が彼らの前に立ちはだかります。
そう、彼こそ異星人からの侵略を警告していた科学者のケビン博士でした。
博士は姿を消していた間に対侵略者兵器を完成させ、この未知なる敵に対して反撃を試みたのです。
それまでも宇宙からの侵略者に対してこちら側の攻撃が決して無駄だった訳ではありません。
けれども今までの兵器ではあまりにも効率が悪かったのです。
それほどまでに侵略者の乗り物は防御力が高いのでした。技術力の差、なのでしょう。
ケビン博士は迫り来る侵略者に対し自作の新兵器をお見舞いしました。
その兵器の威力は凄まじく、初めて侵略者の部隊に大きな傷を負わせる事に成功したのです。
隆盛を極めていた侵略者はこの事により初めて危機感を感じ一旦この星を離脱。
この星の衛星である月に前線基地を建設しそこからこの星を監視しながら侵略の機会を虎視眈々と狙っています。
それから5年後…世界は何とか平穏を取り戻しました。
猫達はいつ月からまた侵略者が襲ってくるか分からない為、急ピッチでそれに対抗する組織を作りました。
バラバラだった国は休戦して団結し、防衛軍を結成して守りを固めています。
ケビン博士は組織上層部に丁重に迎えられ潤沢な資金を元に更なる新兵器の研究に没頭しました。
そんなある日、月から秘密裏に一隻の一人乗りの宇宙船がこの星にやって来ました。
そう、それはまさに月から送られてきた侵略者側のエージェントです。
地上に降り立った宇宙船はハッチを開け中から搭乗員が降りて来ました。
月明かりに照らされたそのシルエットは…手足の生えたきゅうり…もう一度言います。手足の生えたきゅうりです。
「全く、嫌な仕事だ…」
渋いセリフをつぶやいてもその姿は手足の生えたきゅうりです。
この星を突然襲った敵の正体は手足の生えたきゅうりの一族だったのです。
いやぁ、宇宙には本当にバラエティに富んだ生物がいるものですねぇ。
そしてこの侵略種族の侵入をいち早く気づいた者がいました。
自作のセンサーを使って空を観察していたケビン博士の盟友のウル博士の息子のトールです。
ちなみにケビン博士は宇宙考古学者でしたがウル博士は危機管理専門の工学博士です。
トールは父親譲りの頭脳を活かして様々なセンサーを作る事を趣味にしていました。
そのおかげで今回既存のセンサーでは感知出来ない侵略者の侵入にいち早く気付けたのです。
トールはそのセンサーの示した場所が自宅から近くだった事もあり、その正体を確認しにやって来ていました。
「な、何だあれ…」
侵略者の姿を双眼鏡で確認したトールはその意外過ぎる姿にあっけにとられてしまいました。
何しろその姿は手足の生えたきゅうりです。そりゃ驚くのも無理はありません。
今まで侵略者はその姿も声すらも謎に包まれたままでした。
それまでは無言で急に現れて問答無用で地上を攻撃していたのです。
そんな恐怖の対象の正体が手足の生えたきゅうりだったなんて…まるでたちの悪い冗談です。
トールはこの持って行き場のない気持ちをどうにか抑えながらそのきゅうりの観察を続けました。
「ここが本当に僕達の故郷なのか?」
夜の街の景色を眺めながら手足の生えたきゅうりはそうつぶやきました。
この言葉が真実ならばきゅうり達は自らの故郷を取り戻す為に攻撃をしていた事になります。
きゅうりの言葉の真偽は分かりませんがただの単純な侵略ではない事だけは確かなようです。
「おっと、あまりこの姿を晒す訳にはいかないな」
きゅうりは数分ほど外の景色を眺めていたかと思うとまた宇宙船の中に入っていきました。
トールはその様子を持って来ていたカメラでしっかり動画に記録していました。
記録を始めて時間にして10分ほど経った頃でしょうか?きゅうりが乗ってきた宇宙船は突然振動を始め姿を消してしまいました。
恐らく地上に降りて来た事を誤魔化すために光学迷彩的な処置をしたのでしょう。
ずうっと観察していたトールはきゅうりの持つその科学力に驚愕しました。
「すげぇ…」
トールはその後も様子を観察していましたが宇宙船の姿も見えないしあまりに動きがないのでその夜は諦めて帰る事にしました。
「父さん!奴らがやって来たよ!」
トールは父ウル博士にさっき見た事を興奮気味に話します。
父親であるウル博士はトールの興奮をなだめつつも彼が撮影してビデオを興味深く見ていました。
その画面に映されていたのは少しピンぼけ気味ですがまさしく手足の生えたきゅうりです。
夜だし望遠で撮っているのでそこまで鮮明ではないですが、それだけは画面上でもはっきり確認出来ました。
「これは、すごい映像だぞ…」
「こいつ、姿を消したんだけど父さんどう思う?」
「折角地上に降りたのにすぐにどこかに行くとは考え辛いな…恐らく宇宙船の姿を見えなくしただけで彼は今もここにいるんだろう」
「父さんもそう思うよね!」
父親の同意を得てトールはとても満足顔です。
ウル博士はこの映像の重要さを感じ真剣な顔で浮かれ気味のトールに相談します。
「この映像、持って行っていいか?上に提出して今後の対応を検討したい」
「勿論だよ!むしろこっちからそうして欲しいって言おうと思ってた!」
「流石だな!じゃあ早速もう少し詳しい事を聞かせてくれ…」
トールはウル博士に自分が得た情報を詳細に話しました。
その時に彼がこの宇宙船の存在を知る事になった自慢の自作のセンサーを売り込むのも忘れませんでした。
「予算を貰えたらもっと小型で高性能なセンサーも作れるんだけどなー」
トールはそう言いながらチラチラっとウル博士の顔を覗き込みます。
ウル博士も大きな成果をもたらした息子の頼みを聞かない訳には行きません。
「お前の趣味が役に立つ日が来るとはな…。分かった分かった。上に掛けあってみるよ」
「あざっす!」
トールは自分の要求が認められて満足気です。
ウル博士が上に掛け合うという言葉を口にしたと言う事はほぼ予算が降りると言う事です。
組織から予算が降りれば研究開発のし放題です。
トールはウキウキしてその夜はまともに寝られませんでした。
次の日の朝、トールは学校に向かいました。
猫世界の学校制度は地球のそれと一緒です。6、3、3で12年。
トールはまだ14歳、勿論義務教育の真っ最中です。
登校して席につくとクラスは転校生の話題で持ちきりでした。
転校生の話なんて昨日まで一言も出ていなかったのにとトールはこの雰囲気に少し違和感を覚えます。
ガラガガラ…。
チャイムが鳴って先生がその噂の転校生を連れて来ました。
トールはその転校生の姿を見て愕然としました。
その転校生は何と!
あの時の手足の生えたきゅうりだったのです!
その転校生を見たトールは思わす立ち上がってしまいました。
「ああ…ああああ…っ!」
思わず勢いで立ち上がってしまったものの、うまく言葉が出せません。
それは当然です、こんな不意打ち、誰だって混乱します。
それより何より不思議なのはクラス全体でこの違和感を感じているのが自分だけと言う事実でした。