9.魔女との約束(8)
「魔女さん、有難うにゃ…おかげでぐっすり眠れるようになれたのにゃ…」
「おや、そいつは良かった」
ネコが魔女に労いの言葉をかけた時、部屋のドアが開いて朝食を持った魔女が入って来ました。
ネコは魔女が2人に増えて混乱してしまいました。
「ど、どう言う事にゃ?魔女さんが2人?」
「そっちは私の分身だよ…それよりお腹空いたろ?」
魔女はそう言うと軽くウィンクをして見守っていた魔女の分身を消しました。
その様子を見てネコはやっぱり魔女はすごいと思いました。
事態が飲み込めるとネコは自分の空腹具合に気付きます。
「うん、お腹ペコペコにゃ!」
「じゃあ、たっぷりお食べ」
ネコは魔女の持ってきた朝食を遠慮無くむしゃむしゃと食べ始めました。
魔女の作った朝食は素朴でどこか懐かしくて暖かい感じがします。
ネコはこの魔女の作ってくれた食事の味が気に入って夢中で食べました。
美味しそうに食事を楽しむネコの姿を魔女は飽きもせずにずうっと眺めていました。
「ふあぁ~♪美味しかったにゃ!ご馳走様にゃ」
「満足したかい?それは何よりだよ」
朝食を食べ終えたネコはふぅ~っと一息つきました。
そして改めてあの激しい戦いから無事生還した事を実感しました。
魔女はそんなネコを満足そうな笑顔で眺めています。
儀式の間での激闘がまるで嘘だったみたいにここでは静かで穏やかな時間が流れていました。
朝食を食べ終えて落ち着いたところでネコは魔女に聞きました。
「そう言えば色々聞きたい事があるんだけどにゃ」
「おや?流石好奇心の塊の猫だねぇ。そんなに話が聞きたいかい?」
「…もしかして…聞いちゃダメなのにゃ?」
魔女の反応にネコは少し心配になって来ました。
聞きたい事は多いけれど聞いてはいけない雰囲気もあります。
ただし今更言った事を取り消せないとネコは思いました。
そんなネコの顔を見ながら魔女はにっこり笑って答えました。
「いや、構わないよ。ひとつ約束を守ってくれるならね」
この魔女の答えにネコは思わずつばを飲み込みました。
魔女の言う約束がどんなものかまったく見当がつかなかったからです。
もしかしたらすごく恐ろしい条件を飲まされるのかも…そう考えるとネコもこの魔女の言葉への返事に慎重になってしまいます。
「うーん…その約束って何なんにゃ?」
「何簡単な事さ、ここで知った事は秘密にしておいて欲しいんだ」
魔女はそう言ってにっこりと笑いました。
どんな答えが帰ってくるか身構えていたネコは魔女の出した条件が簡単でちょっと拍子抜けしてしまいました。
「何だそんな事かにゃ…大丈夫!誰にも言わないにゃ!」
「約束出来るね?じゃあ何でも聞いておくれ」
ネコは魔女の出した条件が簡単なものだったのでつい気楽に答えてしまいました。
どうしても色々浮かんでしまった疑問を解消させずにはいられなかったのです。
けれど知ってしまった情報をずっと誰にも喋らずにいられるものなのでしょうか?
話したくてウズウズしちゃう状況ってきっと何処かでやってくるものだったりしそうなものなんですが…。
ネコって実は結構後先考えない気楽な性格をしているのかも知れません。
「それじゃあまず最初に…夢魔はあれからどうなったのにゃ?」
「あいつは最初にあんたの魂が入っていたきゅうりに封じ込めたよ」
ネコは魂が入れ替わる瞬間の事を覚えていません。
まずはその事が聞けてネコはひとつスッキリしました。
次の質問はその答えから生じた疑問です。
「あのきゅうりって何か特別なものなのかにゃ?」
「そうだよ。かつて魔王の体と魂を分けて別々に封印した時、魂の封印用に特別に仕上げたのがあのきゅうりさ」
「とんでもないきゅうりだったんだにゃ…」
あのきゅうりって魔女が儀式の部屋に転がっていたのを適当に使ったのかと思っていたら実は一番重要なアイテムだったのです。
その事実を知ってネコはびっくりして空いた口が塞がりませんでした。
「質問は終わりかい?」
ネコが呆気に取られていると魔女は早々に質問を切り上げようとしてきました。
焦ったネコはつい大きな声で追加の質問を魔女に投げかけます。
「まだあるにゃ!それで夢魔は封印されてもうこれで危なくないのかにゃ?」
「ああ、分霊箱って言ってね、特別な箱に入れたから奴はもう自力では出てくる事すら出来ないよ」
ネコはこの魔女の答えに安心してほっと胸を撫で下ろしました。
けれどもまた一抹の不安がネコを襲います。
「でも昔もそうしていたのにまた出てきたんだよにゃ?」
「誰か協力者がいるんだろうね…探し出してとっちめてやらなくちゃ!」
そう言った魔女は軽く怒ったふりをしました。
魔女の事だからきっといつか本当に犯人を捕まえてお仕置きをしちゃうんだろうなとネコは思いました。
質問の度にネコの頭の中に新しい疑問が次々と浮かんで来ます。
そこでネコは間髪入れずにまた魔女に聞きました。
「協力者と言えば結局魔王の分霊たちは何がしたかったのにゃ?」
「あいつらの目的は魔王の体の方の封印の場所を探し出して完全復活する事さ」
魔女が夢魔の正体を見破った時に言っていた見当は付いていると言うのはそう言う事だったようです。
事態の深刻さを知ったネコは驚いてまた大声を上げてしまいました。
「にゃっ?それは大問題だにゃ!でも夢魔となって世界中で暴れるとその目的が達成されるのにゃ?」
「現にあんたはここに来ただろ?暴れていればいつか関係者に辿り着く…それを狙っているのさ」
どうやら分霊の作戦は運任せで効率の悪いかなり大雑把なもののようです。
しかしそれで作戦が成り立つと言う事は分霊の数が恐ろしく多いのかも知れません。
そう言う事で次の質問は決まりました。
「魔王の分霊ってそんなに数が多いのにゃ?」
「私が知っている時点で181体いたからねぇ…もっと増えているかも知れないよ」
魔女は分霊の数をさらっと口にしました。それだけの数を把握していると言うだけでもすごいです。
ネコは自分と同じ体験をしている人がそんなにもいるのかと戦慄を覚えました。
「そんなにも?みんな僕の夢に取り憑いていた奴くらい手強いのかにゃ?」
「あんたに入っていたのは使徒だからまた別枠だよ」
魔女と話している内にまた新しい言葉が出て来ました。
分霊と使徒。言葉の響きから言っても使徒の方が何倍も強そうです。
「使徒と分霊は別なのかにゃ?」
「使徒は魔王が自分の部下とするために特別に強大な力を持たせた特別な分霊なのさ…使徒以外の分霊は単なる魂の欠片だよ」
やっぱり使徒は特別な存在のようです。
別枠と言う事は181体とは別にそんな強敵がいると言う事でしょうか?
あんまり多いとそれだけでもかなりの脅威となります。
不安になったネコはその数も魔女に聞きました。
「使徒はどれだけいるのにゃ?」
「使徒の数は全部で21体だよ。分霊に比べたら少ないだろう?」
21体…確かに分霊に比べたら数は少ないけれどその分その力は強力です。
自分の体に取り憑いていた夢魔をもう一度封印するだけでも魔女があんなに苦戦したのに…。
そう言えばあの戦闘中に夢魔が言っていた言葉をネコは不意に思い出しました。
「で、確か魔女さんもその使徒のひとりなんにゃよね…」
「痛いところ突くねぇ…今更隠せないから話すけど私は魔王ジグが生み出した最初の使徒だったんだよ。初めて生み出された使徒だけあってその能力は魔王に匹敵するものを与えられたんだ」
そう、魔女が強いのは当然の話だったのです。
それにしても魔王に匹敵する力を与えられているだなんて…ネコは目の前の魔女が少し怖くなりました。
それでも目の前の魔女はニッコリ笑うととても優しい笑顔になります。
ネコにはこの魔女がどう見てもそんな悪い人には見えませんでした。
「そうなのにゃ…でも改心したんにゃよね」
「そうだね…私は第7階層の制圧を魔王から命じられてそこに向かったんだ。で、そこで戦う内に戦いに疑問が生じた…」
魔女の話をネコはフンフンと興味深そうに聞き入りました。
「で、激しい戦闘のさなかで私は戦闘で朽ちかけた神殿である天使と出会った…彼の思想に共鳴して魔王と縁を切ったのさ」
「それで改心して魔王を倒す勢力に…魔女になったんにゃね」
「もう遠い遠い昔の話だよ」
自分の過去を話す魔女はどこか後悔しているような…それでいて昔を懐かしむような顔をしていました。
そんな昔の話は昔の話として今度は今の事が気にかかります。
「そう言えば魔王軍に制圧された階層は今どうなっているのにゃ?魔王は封印されちゃったにゃよね?」
「制圧された他の階層は魔王が封印された事で形勢逆転、今はみんな開放されているよ」
「良かった、ホッとしたにゃ…」
ネコは他の階層も平和になったと聞いて安心しました。
ここまで聞いてネコは知りたい事は大体聞けたなと思いました。