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8.おきゅうり様(6)

 その後もネコはあゆのサポートを続けていました。

 そしてあゆの頑張る姿を見ながらネコは何か彼女に恩返し出来ないかと考えるようになりました。

 で、自分が出来る最高の恩返しを考えている内にある結論に達したのです。


「あゆに村の外の景色を見せてあげたいにゃ…」


 あゆが正式な御役目の役を引き継ぐと立場上もう村の外の出る事は完全に出来なくなるでしょう。

 でもまだ今の助手と言う立場ならもしかしたら可能なのかも知れないとネコは考えました。


(おきゅうり様に頼めば何とかなるのかも知れないにゃ…それをボクの願いにすれば…)


 ネコはまだ願っていないおきゅうり様への願いをあゆのために使おうと思いました。

 それでおきゅうり様に拒否されたらそれまでだけど…それでもダメ元でやってみようと…。

 思い立ったら吉日です。早速ネコはあゆに話しかけました。


「ねぇ、勉強中の所悪いんにゃけどまたおきゅうり様に会いに行ってもいいかにゃ?」


 その時あゆはまだ勉強中でしたが、ネコの頼みをすぐに聞き入れてくれました。


「お願い決まったの?分かった!すぐ行こう!」


 相変わらずあゆは即断即決です。

 やっていた御役目の勉強をすぐに中止してネコの頼みを聞いてくれました。


「ここに来るのは久しぶりだにゃ…」


 おきゅうり様へと続く道を歩きながらネコは前にここを通った時の事を思い出していました。

 緊張でいっぱいだった当時と違って今は冷静に周りの状況を観察する事が出来ました。


「この霧がおきゅうり様を守っているんにゃね」


「そう、分かるようになって来た?」


 ネコの感想を聞いてあゆは嬉しそうに答えました。

 その反応にネコは照れくさくなって頭を掻きました。


「一度勝手が分かると道中も短く感じるでしょ?もうすぐだよ」


「本当にゃ!前はものすごく長く感じたのににゃ」


 2人が話しながら歩いているとまた前と同じようにいつの間にか参道にいました。


「今度は緊張せずにおきゅうり様と話せそうにゃ」


 ネコはそう言って笑いながらあゆに話しかけます。


「頑張って!」


 そのネコの言葉を聞いてあゆは笑いながらネコを励ますのでした。


「行ってくるにゃ!」


 社殿の階段を上がって部屋の中に赴くとまた前と同じようにそこにおきゅうり様が鎮座していました。

 きっとこの光景はずーっと昔から変わっていないんだろうなとネコは思いました。

 流れる時間に裏打ちされた重圧感は何度感じてもそう簡単に慣れるものではありません。

 それでもネコはあゆの為にしっかりと自分の言葉でおきゅうり様に伝えようと意識しました。


「猫よ、久しぶりじゃのう」


 ある程度ネコがおきゅうり様に近づくと、おきゅうり様の声が聞こえてきました。


「おきゅうり様、お久しぶりですにゃ…」


「要件は分かっておる…申してみよ」


 ついに来た!とネコは思いました。

 ただ、次の一言を発するのに緊張でしばらく上手く喋れないでいるのでした。


「えっと、あの…あのあのあの…にゃ…」


「焦らずとも良い…儂は逃げぬ」


 おきゅうり様の言葉を聞いてネコはごくりと息を飲み込んで深呼吸をして心を落ち着かせました。

 精神的に落ち着いはネコは意を決しておきゅうり様に問いかけます。


「あの…まずは質問いいですかにゃ?」


「ん?」


「御役目の一族の人は村の外には出られないにゃ?」


「それはの…あの者達が自身が決めた事での」


「では!お願いがありますにゃ!」


 ネコはおきゅうり様に自分の願いを伝えました。

 その時、緊張のあまり自分が何を話したのかネコはさっぱり覚えていません。

 けれど多分ちゃんと自分の思いは吐き出せたはずだとネコは思いました。


「なるほどのう、お主はそれでいいのか」


「勿論ですにゃ!」


「ではその願いを認めよう、ただし願いはひとつのみ。村人の説得はお主がするのじゃぞ…」


「あ、有難うございますにゃ」


 おきゅうり様はネコの願いを聞き入れてくれたようでした。

 ひと仕事終えて緊張の糸が途切れたネコは大きく息を吐き出しました。


「それでは失礼致しますにゃ…」


 社殿を降りるネコの姿を見つけてあゆは元気に手を振ってくれました。


「どうだった?願いは叶った?」


「うん、聞いてくれたにゃ!」


「良かったね!」


 あゆはネコの願いが叶った事を自分の事のように喜んでくれました。

 その笑顔を見てネコも満足そうに笑うのでした。


「さて、これからが大変なのにゃ…」


 そうです、ネコにはこれから村の人達を説得すると言う大仕事が残されていました。

 村の人々は掟や伝統をとても大切にしています。この仕事はどう考えても一筋縄では行かなさそうでした。


 お願いし終わって自分の部屋に戻ったネコはどうやって村の人々を、一番にあゆの両親を説得しようかと自分の部屋で考えていました。

 そんな時です。突然あゆが血相を変えて部屋に入って来ました。


「ねこさん、逃げて!」


「にゃっ?」


 このあゆの突然に言葉にネコはびっくりしてしまいました。

 逃げてと言われてもネコにはその理由が全く見当もつきません。

 だって今の今まで村の人々とネコとはうまくやって来ていたのです。


「お、落ち着くにゃ!」


「だからねこさん、夜が明ける前にこの村から出て行くの!」


「意味が分からないにゃ!説明して欲しいにゃ!」


 あゆはかなり焦っています。これはどう考えてもタダ事ではありません。

 けれどネコは全く事態を飲み込めないままでいました。

 納得出来る理由を聞かないとその先の行動の予定も立てられません。


「理由は言うよ!言うけどまずはここを出て!走りながら話すから!」


「本当に時間がないんにゃね?」


「そうだよ!だから早く急いで!」


 あゆの真剣な様子を見て意味は分からなくてもすぐに行動しなくちゃいけない事だけは分かりました。

 なのでネコはあゆに言われるままに逃げる準備をさっと済まして言葉通りすぐに部屋を出ました。

 そうして2人は村の出口へと急いで向かいました。


 2人は夜の暗闇の中、村の出口へと続く道をひたすら走りました。

 少し落ち着いたところでネコはあゆに尋ねました。


「それじゃあそろそろ説明して欲しいにゃ…」


「ねこさん私を村の外に連れていけるようにおきゅうり様に願ったでしょ」


「え…?そうだけどそれはまだ誰にも言ってないにゃ!」


 あゆの言葉にネコはびっくりしました。

 そう、ネコはこの事をまだ誰にも話していません。

 あゆには全ての段取りが整ってから話そうと思っていたのです。

 それなのに既に当のあゆにさえネコがしたお願いの事が伝わっています。

 ネコは意味が分からなくなってちょっと混乱してしまいました。


「あのね、おきゅうり様に願った事はすぐに御役目に伝わるの…」


「あゆのご両親にゃ?」


「そう!」


 願った事がすぐ御役目の人に伝わるなんてネコは知りませんでした。

 それであゆもすぐに知ったんだとネコは思いました。

 でもまだ謎は残ります。ネコはあゆの話を黙って聞く事にしました。


「お父さんがその願いを聞いて怒ってねこさんをきゅうりにするって…」


「なんでにゃ!村の外って言ってもちょっと旅をするだけにゃ!」


「お父さんは御役目一族は村の外に出ようと思う事すら許されないって…」


 どうやらこの件はネコの軽率な行動があゆのお父さんを怒らせてしまったと言うのが真相のようでした。

 御役目の人は何か事件が起こった時にその罰を決める事が出来る特別な存在です。

 これはとんでもない人を怒らせてしまったとネコは思いました。


「じゃあ、ボクはきゅうりにされてしまうのにゃ?」


「安心して!おきゅうり様が話を聞き入れてくれるのは日中だけ…今はまだ夜だから」


「そうか、じゃあ朝までに村を出ればいいんにゃね!」


「そう言う事!」


 あゆが無理矢理にでもネコを急かしたのはそう言う事だったのです。

 おきゅうり様の神通力は村の外の人物にまでは届きません。

 だから朝までにネコが村の外に出る事が出来ればその後あゆのお父さんが罰を決めてもネコはきゅうりにされる事はないのです。


 しかしそこまであゆのお父さんが怒るだなんてネコは思ってもいませんでした。

 今までに何度も会った事のあるあゆのお父さんはとても温厚で怒った顔すら想像出来ません。

 そんなあゆのお父さんを怒らせてしまったのですから相当な事をしてしまったんだとネコは思いました。


「順番が逆だったら…」


「にゃっ?」


 暗い夜の道を走りながらあゆはぽつりとつぶやきました。

 その言葉の意味が分からなくてネコは思わず聞き返しました。


「最初に村のみんなを説得してから願えばこんな事には…」


「ああっ!ごめんにゃ…」


 ネコはあゆに喜んでもらいたいばかりに想いが先走ってしまってついお願いを先にしてしまったのです。

 もっとしっかり考えていたならこんな事にはならなかった…考えが至らなかったとネコは後悔しました。


「でもね、ねこさんの想いは嬉しかったよ!私の為に有難う」


「…でもこんな事になってしまったにゃ…今でもボクのために」


「いいの!私絶対ねこさんをきゅうりになんてさせないんだから!」


 こんな事になってもネコの事を気遣ってくれるあゆは本当にいい子です。

 そんないい子にこんな苦労をさせてしまったとネコは返す言葉すら思い浮かばないのでした。

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