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8.おきゅうり様(4)

 そんなある日、あゆが飛びきりの笑顔でネコに話しかけてきました。


「ねこさん、お許しが出たよ!」


「にゃっ?」


「おきゅうり様にね、お目通りが叶うの!」


 それは突然の報告でした。

 ネコの長年の実績が認められ、おきゅうり様に謁見出来る事となったのです。

 この報告があまりにも突然過ぎたのでネコはすぐには理解する事が出来ませんでした。


「ほーん、そうなのにゃ」


「あれ?嬉しくない?」


「嬉しい…どうしてにゃ?」


「だってそのためにこの村に来たんでしょ?」


「…にゃっ!そうだったにゃ!」


 ようやく事態を飲み込めたネコは改めてびっくりしました。

 ついに願いが叶う!でもこの時、ネコは願いの事などどうでもよくなっていました。

 なのでどうしたもんだろうと悩んでしまいました。


「おきゅうり様に会うのはもういつでもいいって!いつ行く?」


「突然言われてもちょっと困るにゃ…心の準備が出来た時にするにゃ」


「そか!じゃあその準備が出来たら言ってね!案内するから!」


 おきゅうり様が祀られている場所は秘密になっています。

 その場所を知っているのは極一部の関係者だけ。

 両親が御役目役のあゆもその関係者の一人です。


「どうしようかにゃあ…」


 ネコは空を見上げてため息を付きました。


 おきゅうり様が叶えてくれる願いはひとつだけ。

 どんな願いも叶えてくれるから願わないと損な気はするし、でも今更昔の願いは違う気もするし…。

 色々考えがぐるぐる回りながらネコはその日を終えました。


「よし、決めたにゃ!」


「お願い事は決まったの?」


 ネコが決意を新たにしているとあゆが声をかけてきました。

 これはいいタイミングだと思いネコはあゆに答えました。


「おきゅうり様には会うけど願いはまた今度にするにゃ!」


「そっか…それもいいかもね」


 ネコの返事を聞いてあゆは軽く微笑みました。

 その笑顔はホッとしたような安心したようなそんな顔でした。


「じゃあ、いつ会う?今から?」


「うーん、取り敢えず今の仕事が落ち着いてからにするにゃ」


「分かった」


 どうやらあゆは物事を急かすような性分があるみたいです。

 けれどネコは意外に真面目で慎重派でした。

 任された仕事は全うする、いいネコなんです。


 そうして自分の仕事の段取りが着いた後、改めてネコの方からあゆに言いました。


「それじゃあおきゅうり様に会う話を進めて欲しいにゃ」


「うん、じゃあ今から行こっか」


 そんな流れであまりにあっけなく、あまりに軽くネコのおきゅうり様謁見は決まりました。

 すぐにネコはあゆに連れられておきゅうり様が祀られている神殿へと向かいます。


 神殿へと向かう道中、周りの景色が不思議に歪むのをネコは感じていました。

 きっと普通に探してもその場所に辿りつけないのはそう言う不思議な力がおきゅうり様を守っているからだろうとネコは考えました。

 いつの間にか目の前には不思議な霧が立ちこめてきてどれだけ歩いても道の先が見えません。

 一体どれだけ歩くのか流石のネコも少し不安になってきました。


「大丈夫だよ、もうすぐ着くから」


 ネコの不安を拭うようにあゆがそう言うと本当に目の前に何か建物が見えてきました。

 その建物はまるで大きな神宮の立派なお宮のようでした。


「すごいにゃ…」


 建物が見えたかと思うと次第に霧は晴れていき、今歩いているのが長い参道だという事に気付きました。

 いつの間にこんな所を歩いていたのか、ネコには全く実感がありませんでした。

 そもそも村の規模から言ってこんな立派な神社があるなら必ずどこかで目にしていたはずです。

 つまりここは村の中であって村の中でない不思議な場所…とても特別な場所なんだなとネコは思いました。


「ここからはねこさん1人で行ってね。大丈夫、何も怖くないから」


「え?…分かったにゃ。案内有難うにゃ」


 おきゅうり様が祀られている社殿の前まで案内してくれたあゆは社殿の手前でネコにそう言いました。

 どうやら2人でおきゅうり様に会う事は出来ないみたいです。

 あゆと一緒におきゅうり様に謁見出来ると思っていたネコはここで少し戸惑ってしまいました。

 それでも気を取り直して自分は大丈夫と言う体でネコはあゆに声をかけました。


「じゃあ、行ってくるにゃ」


 案内役のあゆに見送られながらネコは社殿へと向かいます。

 社殿に向かいながらネコは緊張で胸が爆発しそうになっていました。


 ネコは恐る恐る社殿の階段を上がります。

 そこには神社の祭壇でお馴染みの祭式具の一式と正面にドーンと奉られた見た目は普通なのにとても威厳に満ちたまさにおきゅうり様と呼ぶに相応しい神々しい雰囲気のきゅうりが鎮座してました。


 ネコは念願のおきゅうり様との初対面にとても感動していました。

 その見た目はただのきゅうりにしか見えないのにとてもそんな風には見えません。

 偉大な神様がそこに降臨しているかのようなそんなおきゅうり様の雰囲気に圧倒されてネコはしばらく微動だに出来ませんでした。


「うむ。皆から話は聞いておる。楽にせよ」


 ネコがその重圧に動けないでいると何処かから声が聞こえてきました。

 しかし周りには誰の気配もありません。

 ネコはすぐにこの声はおきゅうり様からの声だと気付きました。


「猫よ、よく我の前に姿を表すほどに精進したな。御苦労であった」


 その声はとても気高く澄んだ声でこの言葉を聞くだけで有り難いと思えるほどでした。

 そして自分のような者がこんな高貴な存在と気軽に話して良いのだろうかとネコは考えてしまいました。

 けれど、おきゅうり様直々に苦労を労ってもらいネコの緊張は次第に解きほぐれていきました。


「そなたの願いは分かっておる。が、そなたの口から発しないと叶えられぬのじゃ…」


「あの…それにゃのですが…」


 どうやらおきゅうり様は自分自身で勝手に願いを叶える事は出来なくて飽くまでも依頼者が自分の口で願わないとその願いは叶えられないようでした。

 そのおきゅうり様の言葉を聞いてネコは正直に今の自分の気持ちを話す事にしました。


「実はまだおきゅうり様に願う願いはありませんのにゃ…」


「ほう、それなのに我に会いに来たと申すのか?」


「それは!お礼に来たのでございますにゃ!こんな素晴らしい村に導いてくださり感謝していますのにゃ」


「それは良い心がけじゃが…」


 願いはないと話すネコにおきゅうり様は少し戸惑っていました。

 何でも願いを叶えるおきゅうり様、ネコの願いも勿論お見通しです。

 けれどネコはその願いはするつもりはないと言う…それどころかただお礼を言うために参上したと…。

 今までも願いを言わない来訪者はいましたが、お礼を言う為だけにおきゅうり様の前に現れたのはこのネコが初めてでした。

 おきゅうり様は正面にいるネコにとても興味を抱きました。


「なので、あの…今日はこれまでですが…また何か願いを思い抱いた時、その時にまたここに来ても宜しいでしょうかにゃ」


「構わぬぞ、いつでも来るが良い」


「お答え下さり有難うですにゃ…それでは失礼致しますにゃ」


 こうしてネコとおきゅうり様との初めての謁見は終わりました。

 ネコが社殿を出るとあゆがニコニコした顔をして待ってくれていました。


「おきゅうり様、素晴らしかったでしょう!」


 あゆはネコの姿を確認するとそう言って話しかけてきました。

 ネコの方もあゆの顔を見てさっきまでの緊張がすうっと抜けるのを感じました。


「うん、緊張したにゃ…」


「あはは!最初はそうだよね!私もそうだった!」


 おきゅうり様と言う共通の話題で2人は笑い合いました。

 そうしてそれからしばらくおきゅうり様談義に花が咲きました。


「あゆはおきゅうり様とよく話すのかにゃ?」


「そんなに頻繁じゃないけどお祭りの日とか決まり事を決める時とか…」


「あゆはいい子だからいつも褒められているんだろうにゃ」


「あはは!おきゅうり様はいつもみんなを褒めてくださるよ!」


「流石おきゅうり様にゃ!」


 行きは不安でいっぱいでしたが帰りは2人共リラックスモードです。

 帰り道もまた長い道のりを歩く事に変わりはなかったのですが何だか足取りまで軽く感じていました。

 あゆとネコの会話も弾みに弾みます。

 話の流れでネコはあゆに前から思っていた事を聞いてみました。


「そう言えばあゆはこの村から出た事ないんだにゃ?」


「そうだよ、前にも言ったけど…」


「ボクが村の外を案内してあげようかにゃ?この村も素晴らしいけど村の外にもいい所はたくさんあるんにゃよ」


「えっ?それは嬉しいけど…」


 ネコの提案に喜ぶあゆでしたが何やら少し様子がおかしいみたいです。

 あゆは一瞬喜んだ顔をしたもののすぐにその表情は曇ってしまいました。


「どうしたのにゃ?」


「村の御役目役の一族は村から出られないの…そう昔から決まっているの」


「そんにゃ…どうしてにゃ!」


 古くからある村には色んな他人から分からないしきたりがあったりするものです。

 この村でもそんな色んなしきたりがあって村で暮らす内にネコも段々と学んでいったのですが、御役目役一族が村から出られないって言うのはこの時初めて知りました。


「…そうね、ねこさんにも話してあげる。この村の成り立ちの話…」


 話を聞いて動揺しているネコの顔を見てあゆは静かに語り始めました。

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