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8.おきゅうり様(3)

 それでも一応は…と思いこちらからも質問を投げかけます。


「良かったら君の事も教えてくれないかにゃ?」


「あ、そうだね。私もまだ何も言ってなかった」


 ネコの質問を受けてそう言って女の子は笑いました。

 それから女の子は自分の事を説明してくれました。

 さっきネコが話したように自己紹介から今の生活の事まで…。

 そうして村の掟もサラッと教えてくれました。


「私の名前はあゆ、12よ。えっと、それから…」


 女の子の名前はあゆと言うそうです。年齢は今年で12歳。

 この村で産まれこの村で育ったこの村の事しか知らない女の子。

 両親はこの村で仕事をしているけれどある事情で今は家を開けています。


 この村はおきゅうり様を祀っていておきゅうり様も村の人々の為に願いを叶えます。

 ただし、おきゅうり様に叶えてもらえるお願いはひとつだけ。


 これは願いを叶える度にかなり疲弊するおきゅうり様の姿を見て、願いを沢山叶えてもらうのは申し訳ないと村人達からの申し出でそうなったのだとか。

 村人達とおきゅうり様との絆の深さをよく表しているエピソードですね。


 そんな訳でおきゅうり様を大事にしている村なので余所者が願いを叶えようとやって来るのはあまり村人たちは快く思っていませんでした。

 願いを求める者があればどんな人の願いも叶えようとしてくれるおきゅうり様ですから村人の方で入ってくる人を制限しようと考えるようになるのは自然な流れです。

 村の入口の結界も願いを悪用する人が出ないようにとの考えからおきゅうり様を想う村人の願いで張られたものでした。


「それで村に入ってくる事が出来てもすぐにはおきゅうり様には会えないの」


「どうしてにゃ?」


「まずは村の御役目の人に認められないと…それで認められて初めておきゅうり様に会えるの」


「なるほどにゃ…簡単にはいかないんにゃね」


「それで一番大事なのはね…」


 この後、女の子はネコにとても衝撃的な一言を告げました。

 それはこの村が何故今まで余り大きな話題にもならなかったのかのその答えのような気がします。


「おきゅうり様が願いを叶えられるのはこの村の中だけなの」


「にゃっ?」


「村から出たら元に戻っちゃうんだって…」


 どれだけ願いが叶ってもこの村から出てしまうと効力を失うならそれを外で誰かに伝えても信用はされないでしょう。

 それを話す人が願いが叶ったと言ってもその人はこの村を出た時点で元に戻っているのですから。

 それで噂だけが広がって話に尾ひれがついていつしか誰も信じない与太話になったと。


「もしかしたらそれも村の存在を知られないように誰かがおきゅうり様に願ったからなのかもにゃ」


「あっ、そうかも!ねこさんえらい!」


 ネコの推理を聞いてあゆは関心していました。

 きっと村の中しか知らないあゆだからこそそう言う考えに至らなかったのでしょう。


 ネコはあゆの話を聞きながら話を整理していきました。


 おきゅうり様には確かに願いを叶える力がある。

 ただし叶えてくれる願いはひとつだけ。

 しかもその効力はこの村の中限定。

 そしてそのおきゅうり様にも村の御役目の人に認められないと会う事は出来ない。


(じゃあ、あのおじさんの弟さんがきゅうりにされたのって…)


 ネコはどうしてもその事が引っかかってしまってあゆに聞いてみる事にしました。


「願いを叶えてもらった村の外から来た人がきゅうりにされる事って聞いた事があるにゃ?」


「えっ?そんなの初耳だよっ!」


 どうやらあゆは人がきゅうりにされると言う話は聞いた事がないようでした。

 ただ、あゆがまだ子供なのでそう言う事は知らさないようにしているのかも…とネコは思いました。


「ねこさんはどうするの?」


「にゃっ?」


 自分の事や村の事を話し終わったあゆは少し真剣な顔になってネコに問いかけました。

 問いかけられたネコは突然雰囲気の変わったあゆにドキッとしてしまいました。


「だって願いはこの村の中でしか叶わないのよ。がっかりしちゃったでしょ…」


「…確かに…それはびっくりしたにゃ…」


「それでも、おきゅうり様に会いたい?」


 あゆのこの質問にネコは考え込んでしまいました。

 確かに村の中でしか願いが叶わないなら村から出た時点で自分の行動は無駄になります。

 けれど折角長い旅を経てここまで来たのです。今までの努力も無駄にしたくはありませんでした。


「うん、折角村に入れてもらえたのにゃ…挨拶くらいはしたいのにゃ」


「そっか、分かった」


 ネコの返事を聞いてあゆはまた無邪気な子供らしい笑顔で笑いました。

 その笑顔を見てネコもニコっと笑いました。


「じゃあ、まずはこの村に馴染まないとね!」


 それからネコは村に馴染もうとあゆの案内で他の村の人達に挨拶をしに行きました。

 桃源郷のような村ですので住人のみんなはとても温厚でやさしく余所者のネコを暖かく迎え入れてくれました。

 これは村の御役目役の娘であるあゆの紹介と言うところも大きかったのでしょう。


 そう、何とあゆの両親は村の御役目役なのです。

 この仕事は村の大事な決まり事を決めたり村に出入りする人をチェックしたりおきゅうり様に願いを取り次いだり…。

 とにかくこの村でもかなり偉い人なんです。

 今あゆが一人で暮らしているのも両親がこの仕事をしているためなのでした。


「じゃあしばらくはあゆちゃんのところで暮らすのかい?」


 村のおばさんがネコに聞きました。


「来たばかりなのでそうなりますにゃ」


 ネコは笑顔でそう答えました。


「そうかい、あゆちゃんをしっかり支えてあげておくれ」


 ネコの答えを聞いたおばさんはそう言って笑いました。


 ネコがおきゅうり様に願いを聞いてもらうために村に入った事はすぐに村中に知れ渡りました。

 けれどみんなそれを普通の事として受け入れています。

 なぜならこの村の住人の半分くらいは元々おきゅうり様に願いを叶えてもらうために村の外からやって来た人かその子孫だからです。

 村から出ると願いは消える…そうなると村にいようって話にもなりますよね。

 それとこの村がとても過ごしやすくて気に入ったからと言うのもきっと大きいのでしょう。


 ネコはあゆの生活のサポートと言う事で自分の立ち位置を確立しました。

 穏やかに過ぎる村の時間の中でいつしかネコは新しい生活に精を出すようになっていました。

 それはともすれば自分の願いすら忘れてしまいそうになるほどでした。


 考えてみれば何かの分野で一番になるのが夢だなんてなんて馬鹿げているんだろう。

 ネコと同じように大きな野望を持って村に入ったけれど村の生活に馴染んで願いを忘れた人も多いのだとか。

 この村に入ればみんな性格が穏やかになってしまうものなのかも知れません。


 じゃあ何故この村の事を話してくれたあのおじさんの弟さんは…。

 もしかしたら何か複雑な事情があったのでしょうか…。


 人は人の数だけ様々な事情があります。

 きっとその人にしか分からない特別な事情があったんだろうなとネコは思いました。



 やがてネコが村に入って3年の月日が経ちました。

 もうすっかり村に馴染んだネコは村人みんなが知る存在になっていました。

 ネコの方も村人の大体は把握出来るようになっていました。

 村の人口もそんなに多くなくみんな温厚ですので会話した事のない住人はいないくらいです。


 ネコももうずっとこの村に住んでいてもいいかなと思うようになっていました。

 実際、ネコは外の世界に待っている人がいる訳でもなく、それまでは孤独の中を生きて来たのです。

 ネコはこの村に来た事で人の温もりを強く感じるようになっていました。


(ずうっとこんな日々が続くといいのにゃ…)


 ネコは今日の自分の仕事の季節の野菜を収穫しながらそう思うのでした。

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