侍女の語噺 【中】
真っ直ぐ前を向き、凛と背筋を伸ばし歩く姿でさえ気高い姫様__
なのに……!
「__姫様っ!」
いつも通り、姫様の政務の時間は他の仕事をこなしていた。あまり政には明るくないから姫様のもとを離れていたのに。
宰相様が顔色を変えて私を呼び、何事かと思えば仰られた内容に手に待っていた雑巾とからのバケツがやけに大きな音を立てて床に落ちたのです。私はそれを拾わず、いやその時は気づいてなかったのかもしれません。一目散に、姫様のもとへ、姫様がいる部屋へ走りました。
「姫様っ!!」
廊下を走ることや扉を大きな音を立てながら開けること、侍女にあるまじき行為をした自覚はあります。けれども宰相様はそれを咎めませんでしたしそれどころではありません。
「……姫……様、」
「アルノ、ごめんなさいね」
困ったように微笑う姫様にゆっくり近寄ります。
ソファに座る姫様は市井の者が着るようなシンプルなワンピースを着て傍には着替えが数枚入るくらいの鞄。
「ごめんなさい、アルノ。」
何度目かわからない謝罪。ただ、私に向けられたその言葉に変えられないのだと漠然と思ったのです。
「神子姫、陛下は…………いえ何もございません。明日の朝、聖堂への車を手配します。それまではこの部屋でお過ごしください。」
宰相様は姫様の覚悟を湛えた瞳に何も気圧されてしまったのでしょうか。ただ静かに姫様と幾つかの制限と約束事を取り決めると部屋から辞されました。
残ったのは、私___。
「姫様、本当に行ってしまうのですか……」
「えぇ、もうあの人の傍にはいたくないの。我儘だけれどもね……それに、私がいては彼女が可哀想だわ」
乾いた笑顔、だと。
姫様にこんな顔をさせてまで隣に立たそうとすることを強制していたと、わかったとき石に頭を殴られたような衝撃が走ったのです。
吹けば飛んでしまいそうな笑み
弱々しく発せられる声
姫様はもう限界なんだと。
強いと思っていたひとは本当はとてもとても弱くて儚い__。
「……っ私も、姫様について行きます……!」
こんな弱いひとを独りにはさせておけない。姫様のお側にいたい__。
溢れ出る涙が視界を歪め姫様がどんな顔で私を見ているのかわからないのですが、姫様は私を優しく抱きしめました。
「ごめんね、アルノ。貴女にはどれ程助けられたことか……。でも、だからこそ貴女を連れ行くことは出来ないの。」
柔らかくて、温かい姫様。
姫様の体温がじんわりと私にとけてゆきます。
姫様に私の家のことを話したことがありました。私が何のためにここで働いているのか、とか家族のこととか。それらを覚えていてくださったのでしょうか姫様は私に職を手放すことを許してくれませんでした。
「それにね、貴女にはユウカ様のことを支えてあげて欲しいの……」
姫様の私を抱きしめる腕に少しだけ力が入りました。“ユウカ”と名を呼ぶときにどれだけの感情が込められているのか私には計り知れません。
「……嫌です。姫様以外の方にお仕えするなんて……!」
姫様のお気持ちを知っていてもなお幼子のようにイヤイヤと首を振ります。私から少し離れて姫様は私の手を握りました。そして祈るように額に手をくっつけます。そして縋り付くような声色で私の名を呼ぶのです。
「ごめんなさい、アルノ……お願いよ。ユウカ様を支えてあげて。」
「お願い、ですか……」
「……__いえ、命令です」
初めてされた、命令。
姫様には命令どころかお願いさえもほとんどされたことがありませんでした。それでも公の場では他人の目とゆうものがありますので、それを除いても姫様からの私的な命令は一切されたことがなかったのです。
「えぇ、これが私からの最後の命令よ。」
「……何なりと」
「__アルノ、貴女を側室付き侍女に任命します。他の人員移動は侍女長と相談して決めなさい。」
少しだけ泣きそうな姫様を見て、今までで一番気持ちを込めて綺麗なお辞儀を。
「__承りました」
私の言葉を聞いて微かに安堵したように笑う気配がしました。そして床に落ちる涙には気付かないフリをしました。
あぁ、やはり私は貴女に仕えてよかった__。
柔らかに笑う姫様。
いつも凛として真っ直ぐ前を向き歩いていく貴女はとてもお強い方だと思っていたのです。
けれど__。
陛下のことを想い人知れず涙を流されていたのを私は知っています。そしてそれを悟られないようにする臆病さも。本音を言えば弱音を吐いて欲しかったのですが……。
それでも人に弱さを見せないように、強がっている姫様__、シェリア様がとてもお美しく、女神様のようだと今でも思っております。
そんな、シェリア様にお仕えできて私は幸せでした……。
少しばかり遅くなりました!
侍女編は次回で終わりです!
拙い文章ですが読んでくださりありがとうございます!
また修正をいれるかもしれません……