侍女の語噺 【前】
遅くなり申し訳ありません!
リクエスト下さった侍女さんのお話です
__拙いけれど、よろしくね
そう、精一杯の強がりで笑って見せた貴女を私はとても弱いひとだと思ったのです。
どんなに、ひとと掛け離れた女神さまのような容貌でも。
どんなに、ひとから疎まれようとも気高く優しく微笑んでいても。
どんなに、他人から強いおひとだと揶揄されても。
貴女は、弱くて儚いひとなのです。
だからこそ、私は貴女をお支えしたいのです。
***
「神子姫様、この子が今日から貴女の侍女となります。何かあればお申し付けください。」
侍女長のレイラさんが紹介してくださった時に手順通りに腰をおり、私は自ら名を名乗りました。
「アルノと申します」
名を名乗りそのまま頭を下げているとお声がかかりました。私は顔を上げると目の前で此方を真っ直ぐに見てくださった神子姫様に見惚れてしまいました。
初めて見たわけではないけれど間近で拝見する姫様はとても、とてもお綺麗でした。
そんな私を見て侍女長は溜息をつき、姫様はクスクスと可愛らしい鈴の音のように笑われました。
「ごめんなさい、私はまだまだ未熟で拙いけれどこれからよろしくお願いしますね」
90度まではいかなくとも深々と下げられた頭に私は酷く狼狽してしまって、お顔をお上げくださいとかこれから此方こそなどあたふたと姫様に向かって言うとゆっくりと顔を上げてくださった姫様は嬉しそうにとても綺麗な笑顔を向けてくださいました。正直、鼻血ものでしたが侍女の威厳にかけて出しませんでした。それでも真っ赤になってしまったのはご愛嬌と笑って頂ければ。
そんなことはさておき……
神子姫様といえば、本来ならば私のような下っ端貴族ではなくもっと上の身分の方が侍女に仕えるはずだったのですが、神子姫といえども元平民。そんな人に仕えたくないと上のお貴族様方が言い出すので、私のような下っ端貴族がお仕えすることになったのです。まぁ、上流貴族の方々は結婚の為に数年間だけいるので姫様に仕えられるはずもないのですがね。
「では、神子姫様私は下がらせていただきます。この後の予定はアルノがお伝えします。失礼します」
侍女長はやはりどの角度から見ても綺麗な礼で部屋を辞しました。私もあれくらいになるまで猛進いたしますっ!っと、今はそうでなくて……
「改めまして、神子姫様の専属侍女となりましたアルノと申します。これからは何かあれば私にお申し付けください。」
「はい、アルノさん……いえアルノ。よろしくお願いします」
私の名を言い直した時、うっすらと姫様の纏う雰囲気が変わりました。凛々しく、清廉されたものに。
恥ずかしながら驚かされまして、姫様を狼狽させてしまいました。
「…っ申し訳ありません。侍女長にまだ敬称をつけてしまう、と言われておりましたので、それなら私も申し上げねばと思っていましたので。」
「……確かに、まだ人に傅かれることも何かされることも不慣れですが、これは私にとって必要なことなのでしょう?」
じっと此方を窺う2つの海色に身を引き締めました。
「__はい、貴女様がこの世界で生きて行く為に。」
この人は強いひとだ、この時は感じたのです。
私が姫様に仕え始めてから半年後、戦争や紛争、内乱で周りを含めて国は無くなり、新しい国として回り始めたのです。
女神様の力を身に纏い、国を救うために前線で剣を手に取り戦った姫様は今は亡き国の王の子息と結ばれました。そして今は平定した新しい国をまとめ、治める為に戦っておられる。助力、とは名ばかりで実際は諸外国とのやり取りや政務、全て姫様が負担なされています。陛下も働いてはいらっしゃるのですがまだまだ未熟で諸外国の大使との謁見では神子姫として姫様が出られるまで碌にもたなかったのです。歳も知識も陛下の方が上であらせるのに、と思ってしまったことは何度もございます。
けれども、そんな陛下でも常に正しくあろうと未熟な自分を嘆き日々励んでおられます。民の声をよく聞く良い王となられて……、と使用人や幼き頃から陛下を見てきた臣下の方々は喜んでおられました。
そして、姫様も__。
「本来なら、王妃様と呼ばなければならないのですけどね」
「アルノ、貴女に王妃と呼ばれるのは嫌だわ。そもそもシェリアと呼んで欲しいのに……」
「それは出来ませんので、姫様で我慢してください」
いつまでも、姫様と呼ぶのは可笑しいと自分でもわかっています。けれども王妃と呼ぶと王妃の仕事は出来ていない、とでも語るように曇る海色の瞳にそれ以上何も言えなくなったのです。
***
「えぇ、ではそのように……」
ある日、姫様にお客様が来ていらっしゃいました。しかし私は丁度他の仕事と重なっていたのでもう一人の姫様の新しく配属されたステラにその場を任せたのです。
その仕事を終えて部屋へ戻るとちょうどお客様がお帰りになられるところでしたので頭を下げ、ふと目に入ったモノに頭に疑問符が浮かびました。
何故今更、彼の方と姫様が……
「王妃様っ!」
「あら、アルノ。はやかったわね」
部屋に入ると姫様がまだ温かい紅茶を、飲みながら私に微笑みを向けられました。部屋で茶器を片付けていたステラが私に礼をして部屋を辞したので姫様に駆け寄ります。
「姫様、彼の方は神官様ではありませんか。何を、今更……」
「私の神子姫としての力のことを話していただけよ。後は女同士のちょっとした戯言よ」
ふふ、と悪戯っ子のように笑った姫様に思わず顔を顰めてしまった。
確かに、あの神官様は優しく穏やかで姫様とも似ている性格で姫様が神子姫として顕現した時からの付き合いですがもう何年も前に力のことを話し合っていたではありませんか、と問うと思いもよらない返事が返ってきたのです。
「最近、私の力が弱くなってきている気がするの。自分で感じる程度なのだけれども、ユウカ様のこともあるしね」
「そんな__っ!」
ユウカ様、と名を口にされた時哀しげな色を瞳にうつしたのにご自身はお気付きになられてないでしょう。
狭間から落ちてきた黒髪が特徴の少女。異世界から来た少女を元の世界に戻す方法はまだ見つかっていない。だからこそ姫様自ら少女を保護すると宣言したのです。少女を政の策略から守るために。
「あの方が此方に来てしまったのは姫様のせいではありません。実際に女神さまはそれについてきちんとお話くださったのでしょう?」
私の言葉に弱々しく微笑まれる姫様。
ユウカ様が落ちてきた日、姫様は女神さまに理由をお聞きになりました。女神さまは単なる事故、防ぐことのできないものだった、と仰られたとどこか哀しげな様子でお話になられておりました。
異郷の地で生きていかなくてはならない少女と自らを重ねたのでしょうか、姫様はユウカ様が過ごしやすいようにと極力接触を避け彼女の為に細やかな気配りをしていらっしゃっているのです。
そんな姫様にお優しすぎます、と苦言なのかなんなのか零したら困った顔で否定されてしまいました。
そんなやりとりがあった日の夜部屋を辞する時名を呼ばれて振り返りましたら、姫様は泣きそうな顔で一言。
「ごめんね、ありがとう」
こう仰ったのです。
その次の日の朝、いつもと少し違う姫様の微笑みに不安を感じながら仕事をこなしていました。
そんな中、姫様は陛下に離縁を申し出たのです__
後半もなるべく早くあげるようにしますっ!
しばらくお待ちくださいませ……