国王陛下の言い訳 〔後〕
それから、ヒルルクは少女に彼女と同じような指導をしたがどうにも上手く行かない、陛下からもお願いします。と呆れたように報告されたのはつい最近のことだ。異世界から来たんだ、大目に見てやってくれと頼んだがヒルルクは私に呆れた視線を投げかけた。
「陛下、異世界人はこちらの世界の人と交わるともう2度と向こうに戻れないということを知っていましたか?」
「……っ!!」
__唖然とした。
そんなこと初めて聞いた。私は少女の故郷へ戻る道を閉ざしてしまったことになる。
「……なんということだっ!!」
悲痛な声がこぼれ出る。頭を抱えた私にヒルルクは何とも言えない表情でこう告げた。
「いえ、陛下。彼女は知っていました。それにもし陛下が無理矢理行為な及ぼうとしても彼女には拒むために魔法を与えていました。彼女は自ら望んだのです。そこに陛下が責められる謂れはありません。」
「そう、なのか……」
「しかし、陛下はシェリア様よりも彼女を選んだのです。その責はしっかり背負ってください。」
最後にきつくお灸を据えてヒルルクは政務室を出て行った。
それから政務の合間に少女が指導を受けているという部屋を少し覗いてみたら唖然とした。出来が悪い、ではなく真面目にやろうとしていないことがひしひしと感じられた。
あの時、少女は頑張ると告げた。貴方の支えになると。
しかし、彼女は私に物を強請ってばかりで教養のことを問えば世界が違うから難しい、と甘えたような声で寄ってくる。こんな時、厳しく言えないのは少女の故郷を奪ってしまったから。有耶無耶になった雰囲気が余計少女に言うことを難しくする。
彼女はこうではなかった、と何度も比べてしまう。
そんな中、国内外の有力な貴族たちとの晩餐会を執り行うとヒルルクが決め、そろそろしなければと思っていた私も同意した。
「陛下、今回は晩餐会なので既婚者は伴侶を連れてくるしきたりです。が、あの娘を連れて出るのは正直反対です。陛下の、ひいては国の不信に繋がります。」
「そこまでなのか?そういえば、ユウカと食事をしたことがないな……。」
これまで少女ときちんとした食事をともにしたことがないと思い至り少女がどれほどなのか知らないと思った。
「今日の夕食はユウカと共にするから時間を調整してくれ、そこで判断する。」
「わかりました、そのように致します。良かったです、貴方が彼女に対してまともな判断を下せるようになって。」
ヒルルクは私に幼い時のように笑いかけた。大人になってヒルルクのこんな笑顔を見るのは彼女と婚礼をあげたときだろうか。
「シェリア様と比べろ、とは言いません。あの方と比べられたら彼女以外の令嬢も一溜まりもないですからね。しかし、ある程度の基準で判断してくださいね」
「……あぁ」
わかったと頷くとヒルルクは満足そうな顔をして部屋をでて行った。
彼女と少女の始まりの位置は同じだった。
彼女は何も知らぬ存ぜぬな辺境の村にいる普通の娘だったし教養のきの字すら知らなかったほど。実際、彼女は最初本を読んだことがないらしく一冊読むのに何日もかかっていた。それでも自ら叱喝して毎日毎日頑張っていた。
少女は異世界人ということだったが此方の言葉も文字もわかるらしく本も読めるとのこと。
そう思えば初めの条件は少女のほうが優っていた。そんなことを考えながら少女の食事姿をみて、残念だが連れては行けないと判断を下す。貴族なら誰でも身についていて当然と思われているマナーでさえ身についていないとなると正直今まで何をしていたのかと言いたくなる。ヒルルクだって基本のマナーから教えはじめただろうに。少女に対する不信感のような物が積もっていくばかり。
少女と共に夕食を食べた頃からあまり少女と時間をともにしなくなった。忙しかったというのもあるけれど何より一緒にいたら何もしようとしない少女に苛立ちを覚えてしまいそうになる。彼女は違ったのに、と比べて勝手に失望してしまいそうになる。
会いたい、会いにきてほしい。という少女の言伝にも忙しいからと取り合わなかった。
そうして日々は過ぎていき、側室である少女を伴わず晩餐会を催した。探るような視線ばかり向けられたが全て体調不良だと通した。
お開きになった後、流石に少女が可哀想だと思い少女の部屋へ向かった。まだ少し幼い少女にしてみれば頼れるのはごく一握りしかいない中で私があんな冷たい態度をとってしまうのは申し訳なかったかと反省して少女の部屋の前に来ると彼女付きの騎士がいないことに気づいた。おかしい、と思い急いで少女の無事を確認しようとした。
「ユウカっ!何があった!?」
勢い良く開けた扉は思いのほか大きな音を立てた。
「キャッ!!」
「っ!!へ、へいか……、こ、これには」
ここは、どこだ。
不覚にもすまないと扉を閉めそうになって我に返る。
「……これは、どうゆうことだ」
私の目の前にある寝台には、裸の少女と服のはだけた扉の外にいるはずの彼女付きの騎士。馬鹿馬鹿しいことに少女が騎士を誘っていた。
「これはっ!そのっ!「陛下!」
衛兵が何かを言おうとした時、廊下から私を呼ぶ声が聞こえ、ヒルルクが隣に立っていた。ヒルルクは蔑んだ瞳を2人に向けるとヒルルクの後ろに待機していた衛兵たちに指示を出し部屋の中にいた騎士を連れ出した。
静まり返る部屋、ヒルルクは私に一言話すと部屋をでて行った。部屋には少女と2人。少女は寝台からおりて裸のまま私に駆け寄ってきた。
「へ、いか……怖かった」
無理矢理襲われたという誰にでもわかる嘘をさも当然のようにつき、そのまま私に抱きつき体を密着させる。それがとてつもなく気持ち悪くて。少女を引き離すと外に待機していたヒルルクを呼び侍女を呼び服を着させて連れて行くように命じた。少女は何かを叫んでいたが何も聞きたくはなかった。
後日、少女を件の彼女付きの騎士に下賜し王都から遠く離れた寒さが厳しい地に小さな領地を与え1年間は監視付きの労働を課した。
彼女が聖堂入りしてから半年後、彼女を呼び戻すために聖堂まで足を運んだがやはりというかなんというか一筋縄ではいかない彼女だからこそというのか門前払いをされてしまった。
しかし、彼女にもう一度笑いかけてもらえるまで聖堂に会いに行こうと思う。