国王陛下の言い訳 〔前〕
陛下のが思った以上長くて二つに分けました。
初めて会った時、これが人なのかと疑った。
空のように淡い水色で澄んだ碧髪
海のような深い紺眼で慈悲深い眼差し
稀有な彩色を持つだけではなく顔の作りから人形を思わせるような完璧な美しさ。微動だにしなければ生きているのかさえわからないほどの容姿。
しかし、彼女から溢れでる王者の品格や気高い眼差し、そして温かな微笑みそれら全てが彼女を生きている人として魅せている。たまたま巡礼の最中であった神父に付けてもらった名は女神シェリリアールの名を冠した、シェリア。その神父は未来を観たのかどうなのか今でも不明だが前者ではないかと思っている。
そして覚醒した彼女は王城に訪れた。ただの村娘であった彼女は当然のことながら武術の心得は無いため暫くの間城で内密に訓練を受けることとなった。いつ戦になるか分からないためだ。幾つかの国で戦乱が起ころうとしてる裏で我が国の一部の貴族が絡んでいるという事実もあったので表立って争うために訓練をするということができなかったのだ。
ふと、彼女の上達度の報告は受けているが実際の動きを見たことが無いと思いついて訓練場に足を運んだ。剣術など一朝一夕で身につくものでは無い。しかし筋は良いらしくかなり上達がはやいと報告はされている。しかし実戦で使えるかは別の話、と訓練場を覗いてみると息を飲んだ。
あの、白い陶器のような肌が赤く染まっていて、汗が額から滲んでいる。足や腕には擦り傷が至る所にできていて、空色の髪は束ねられているけれどボサボサで、しかし気高い強い意志を放つ瞳はじっと前を見据えて、貴族の令嬢どもが見たら嘲笑うだろう格好で必死に独りで剣をふっていた。
その、人らしく足掻く姿に目を奪われた。そして彼女もまた独りの人間であるのだと理解した。
人には見えない容姿に怖れを感じて、人よりも人らしく在る姿に親しみを覚えて、私は彼女に歩み寄った。
それから1ヶ月後ついに隣国が周りの国に戦争を仕掛けた。それを皮切りに周辺の国同士で戦争を開始した。最悪のことが起こる前に、と彼女を伴って軍を動かした。
そして彼女は女神の願ったとおり争いを諌め、隣国はもちろん周辺の幾つかの国で新しく作られた国の名は――
そして、その国の王座に座っているのはかの大国であり戦乱の世を鎮めた神子姫であった彼女がいた国の王太子であった自分。戦乱の差中私は彼女と共に戦場に立ち、戦いそして戦後、婚姻を結んだ。どんな時でも凛々しく、気高く。そして温かい彼女を愛していたのだ。
あれから、7年。
当時、15歳であった彼女と17歳であった私は22と24になった。
2年は国の土台作りに追われ、3年目からは他国との外交に力を入れた。そして6年目でようやく仮初めでも平和だと言える国となりつつある。
そんな中、空間の狭間という所から落ちてきた人がいた。遠い昔の我が国に辛うじてそのことを記したものがあった。それほどまでに衝撃的なことで女神との対話ができる彼女でさえ、聞いていないと驚いていた。そんな一大事から数日がたったとき、彼女__妻で王妃であるシェリアに玉座のある王の間に呼ばれたのだ。
「陛下、お座り下さい。」
彼女に対して後ろめたい想いを抱えつつも促され、玉座に座る。しかし当のシェリアは何も言わない。痺れを切らして彼女の名を呼んだ。
「シェリア」
「はい、陛下。離縁いたしましょう」
「神子姫!」
_____、?
固まって何も言えない私の代わりに聖神官の位を持ちながら私の側近として幼い頃から共に育った優秀な臣下であるヒルルクが焦ったように彼女を呼ぶ。
「……はい?」
「いきなり何を申されるのですかっ!……離縁など!」
「いきなり、ではないですわ。」
彼女は私とヒルルクを見てふわり、といつもの笑みで笑った。知っていたのか、と居た堪れなくなり顔を背けてしまった私を見て何かに気づいたのか彼女の出方を窺うような視線を投げかけてくるヒルルク。
「陛下、ユウカ様の元へお渡りになられたのでしょう?」
彼女はゆっくりといつもと変わらぬ笑みを浮かべながら真実を述べる。
「………っ!それはっ」
「知らないとお思いでしたか?それとも何もなかったと仰られますか?それは無いですよね。」
「……シェリアッ!」
「だからですね陛下。王妃は立場上無理でも側室で、しかも王妃わたしがいなければ実質は彼女が王妃です。外向的には不利になりますがいかんせんそれは陛下の腕次第でどうにかなります。」
真っ直ぐに私を見る彼女はもはや私に何の恋慕も抱いてはないと分かる。そして瞳に微かな喪失感と哀しみが浮かんでいる。それを見た瞬間胸が痛んだ。彼女を傷つけてしまったのだと。
女神から力を貰った彼女、先頭に立ち戦った彼女に得る物なんてあるはずのない。ただこの国に住んでいた人々を守りたいと剣をとっただけだと痛いほど知っていた。挫けそうになる彼女を1番近くで見て傍で大丈夫だと言い続けてきたのは紛れもなく自分自身。柔らかに笑いながらも泣き顔に見える彼女に対して最低なことをしたと今更ながらに後悔をしている。彼女が払った犠牲も何もかも1番知っていたというのに___
「あなたがあの時、彼女に心奪われておられたのは一目でわかりました。……そして彼女も。」
空間の狭間、というところから落ちてきた年端も行かない少女。この国ではあまり見られない綺麗な黒髪と不安げに此方を伺う瞳、全てが儚げな印象をもたらした。彼女が私を見る目に熱と期待が込められていたのを見たときに囚われた。あぁ、この少女は私だけを見て欲してくれていると。
彼女を愛していた。しかし、彼女は国を守るため強くするために必死に国を見て、そのために全力で学び、その有能さで他国よりも強い国として導いてきた。そんな彼女に支えられてここまでやってこれたとわかってはいるけれど1度でもいいから私だけを見てほしかった。少女は、真っ直ぐに私だけを見て欲した縋り私だけを頼りにする少女。その熱に、思いに抗えなかったのだ。
「神子姫…」
「ヒルルク様、彼女をここへ。」
ヒルルクは彼女を見て何かに気付いたのだろう。静かに一礼して部屋を去っていった。彼女はゆっくりと息を吐き、そしていつもの祈りを乞う時のような清廉な雰囲気を伴い始める。その横顔に秘められた瞳に、気圧される。
暫くして彼女は閉じていた瞳をゆっくりとあけて居住まいを正して、ヒルルクが件の少女を連れてきた。心なしか顔が緊張で引きつっている。
「失礼いたします、王妃様連れて参りました」
「ありがとう、大丈夫よ。とって食いはしないわ」
隣にいる彼女を見て、何かを悟ったのか。立っているのが精一杯とゆう面持ちなのに時折縋るような、期待を含んだ視線を私に向けてくる。彼女は私に視線を合わせ笑顔を崩さずに話しかける。その瞳には何も映っては、いない___
「陛下、私が望むのはふたつです。ひとつは私の聖堂入りを認めること、ふたつめは私の爵位返上を許可すること。」
にこりと微笑みながら此方に離縁の条件を突きつけ、立ち上がる。
彼女が離れていく、ということに実感がまだもてない。私は何を彼女に言えばいいのか何を口にしたら彼女は止まってくれるのか、なんて考えても何も浮かばない。ただ彼女を傷つけてしまったという後悔だけが棘となって胸を貫く。
「よろしいですね、陛下。あぁ、ユウカ様。あなたには今日から生活が色々変化していくと思うけれど頑張って下さいね。」
ゆっくりと扉に向かって歩く彼女。驚いて現状を理解できてないことが丸わかりの表情をした少女と私に彼女ら今までで一番綺麗に微笑んだ。
「これがあなたの御尊顔を拝見できる最後になるでしょうね。今まで幸せでしたわ。アレク様、私はあなたを愛していました。どうぞユウカ様とお幸せに。次代の御子様に恵まれますように、女神シェリリアール様の御加護がありますように。――では陛下、ユウカ様。御前、失礼いたしますわ」
淑女の礼をとり彼女は私の元を去っていった。