女神の懺悔(3)
ご無沙汰しております。
まとまりのないまま、書き起こしたので駄文が過ぎますが一旦あっぷしておきます。
お暇な時の時間つぶしにはなるかと思います。
どうぞよろしくお願い致します。
少しばかり流血表現があります。ご注意くださいませ。
「宰相の地位を貰っておりましても、このように老いぼれゆえもう考えが古くていけませぬわ」
穏やかに語り始める宰相は治世者ではなく身内の、孫娘を見るような瞳でシェアリールを見ている。
シェアリールは私では計り知れないような思いを抱えた笑みを浮かべていた。
「シェアリール様、神子姫として陛下の隣に、前に立たれる貴女様はとてもご立派でした。この国を守ってくださった事、宰相として一国民として心より感謝しております。」
ゆっくりと、頭を下げる宰相にシェアリールは慌てて宰相の肩に手を置いて頭をあげさせようとする。
「宰相様!グレスト様!おやめくださいませ。わたくしは王女として王族として、チカラを頂いた神子として果たすべき責務を果たしたまでです。……そんな、感謝されるような、綺麗なものでは……ないのです。」
最後に紡がれる、幼子のように小さな声はシェアリールの本音だろう。私はシェアリールを愛し子として慈しんできたがそれでも彼女の想いを全て理解することは出来なかった。それ故にここまで彼女を追い詰めだのだろう。
ただ、そのことにその時は気づかなかった。
「だからこそ、この老いぼれは貴女様と陛下の婚姻を喜べぬのです。」
シェアリールが傷ついた顔をしたのははっきりとわかった。それと同時に欠片ほどの安堵の想いがシェアリールの心に表れたように見えた。
「何故か、聞いてもよろしいでしょうか?」
少しばかり涙交じりの声色でそっと尋ねる彼女の瞳はまだ濡れていない。
「貴女様の陛下への想いは、本当に恋慕の情なのですかな?老いぼれには唯一の家族を繋ぎとめんとする情が絡んでいるようにしか見えぬのです。」
「そ、んなこと……」
「なんで、と聞かれましても上手く説明できませぬが、貴女様の瞳が幼い迷い子のように揺れているように見えるからとしか言いようがないのです。だからこそ実の兄と契って貴女様が苦しむような気がするのです。」
ぐさり、と図星をつかれたような、自身でもわかってなかった想いを紐解かれてシェアリールは呆然と宰相を見ている。
「宰相、グレストと言いましたか?貴方はシェアリールの慟哭する程の想いは迷い子の親を求める、それだと言いたいのですか」
ゆるゆるとシェアリールが顔をこちらに向けるが、その表情は恐る恐るといった風で私と宰相を見る。
「そうでしょうな。ただあくまで、個人の見解と言っておきましょうかの。」
静かに穏やかに語る宰相は何を思いシェアリールの心を止めようと思うのか、私には分からなかった。
それでも、シェアリールの想いをどんなカタチを成していたとしても叶えたかった。自身の愛し子として勝手に責を負わせた身として。
「では、シェアリール。貴女に問いましょう。もしこのグレストの通りに兄王との契りを失くすのであればそのように致しましょう。私は貴女の想いを優先します。」
「ーーいいえ、いいえ、シェリリアール様、グレスト様。私はグレスト様の言うように恋慕で兄を慕っていなくとも兄ともう一度家族に、血の繋がりを持ちたいのです。恋と呼んでいる想いが叶わずともいいのです。」
心の臓の前で両手を組み、祈るように誓うように静かな声で話す彼女はまるで懺悔をしているようだった。
そっと伏せていた瞳を、宰相に向け緩く笑む。
「グレスト様も、ご心配をおかけして申し訳ございません。兄でも王でも、私にとってはあの人はおとこのひと、なのです。」
「…………余計な口を挟んでしまい、申し訳ございませぬ。シェアリール様、この老いぼれを許さなくてもご自身を赦してくだされ」
宰相はシェアリールの言葉と瞳を受け、深々と礼をとった。最後に宰相が言った言葉にシェアリールがぴくりと反応したが表情が変わることはなかった。
しかし、この時彼女はもう、脆く壊れかけていた。
それに気がついていれば何か違う道があったのだろうか。
* * *
兄王と契りを結んだシェアリールは、しばらくして子を身籠った。
兄妹の婚姻は醜聞となるためか、国民にありのまま伝えるのは憚られたのか、やはり兄王は妃を迎えた。
シェアリールはそれに対して何か思っているようではあったが、前ほど泣いてはおらず私によく笑顔を見せていた。シェアリールの子は産まれたら神子として政治には携わらず神殿で神子としてシェアリールと共に過ごすらしい。
私はシェアリールにそれを望んでいたのか、と問うた。彼女はゆっくりと微笑んで、ええ。と肯定を示す。兄を慕っている、と泣き崩れていた彼女だったのに子を身籠ったら兄王と一線を引いているようだった。
「……シェリリアールさま」
ゆらゆらと意識を世界に巡らせ、意識を全体に向けているとふと弱々しいシェアリールの声が聞こえた。
何かあったのか、とシェアリールの前に現れるとシェアリールは赤に濡れていた。
「……!!!シェアリール!どうしたのです!!」
シェアリールの自室に、1人で床に倒れてる彼女の下には彼女から溢れている赤がじわじわと面積を増やしている。柔らかい、白色で統一されていた部屋の絨毯が赤に染まる、染まっていく。
急いで治癒をしようとチカラを込めたが何も起こらない。弱っているといっても愛し子を護るためのチカラならあるのに、どうして。
「いい、んです。もう、いいんで、す。」
「シェアリール!!!」
赤に塗れた手をゆっくりとあげて、私に触れようとするが実体がなくその手は空を切ってぽとりと床に落ちた。それを見て彼女は泣きそうに笑った。
「わたく、し、は生きてい、ては…ならない、ので、す……、もう、要ら、ない……の、です」
「そんなことっ!!」
「……貴女様の、願いを、叶え、……られ、ず、もうしわ、……けあり、ませ……」
ばたばたと外から聞こえる足音に、不快感を覚えた。シェアリールの声が聞こえない。理解ができない。なんで、どうして。なぜ。私の愛し子がこんな苦しげに諦めた顔で、生きていたの。
「シェアリール様っ!!」
扉を蹴破るように、宰相が、侍女が、兵士が、部屋に入ってくる。彼女が仲が良いと言っていた侍女が泣きながら彼女に駆け寄る。いつも鍛錬を重ねているのよ、私も頑張らないとと私に教えてくれた兵士が治療をするために医師を呼びに外に出た。いつも彼女を温かく見守っていた宰相がシェアリールの肩を叩いて目を覚ませと怒鳴っている。そして、兄王が呆然と部屋の入り口で立ち尽くして、いた。
私の名も呼ばれたが、私の姿が見えないのだろう必死に救いを乞う姿にとても心が締め付けられるような感覚に陥った。
女神は無力だったーー。
シェアリールは私のチカラも、治療も全てを拒否するように赤に塗れて息を止めた。その瞬間だけ私のチカラが作用したのかシェアリールの体が淡く光り彼女の身体についていた赤が消え、大きな傷だけが残っていた。
ーー胎が、裂かれていた。
兄王の妃が、自らナイフを手に切り裂いた。
子を身籠もるシェアリールが憎く、また妃の故郷はシェアリールが下した国の1つであった。
敵討ちだ、と妃は静かに語った。国の仇をとったのだと。兄王はその場で妃の首を自ら刎ねた。
あぁ、あぁ。
シェアリール、貴女は最後に妃の怨念を受け入れそのまま死を飲み込んだ。だから治癒を拒否し、死を望み、子の命もろとも諦めたのだ。貴女の望みを叶えると約束していた私は貴女のその望みを違えることが出来なかった。
「何故、何故、私の愛し子がこの世界にいないの。」
「私がシェアリールに託したから。」
「でも、それしか方法がない。」
「神のチカラでは、全てが無に帰してしまう。」
「いっそのこと、無にしてしまおう」
ーー悲しい、悔しい、どうして、寂しい、分からない、どうして、どうして、どうして……!
ゆらゆらと揺れているチカラがだんだんと大きくなり、激流となり出来たはずの制御を行わなかった。気がつけばシェアリールを殺めた妃の故郷を消し去っていた。
何千、何万、何億、何兆の人や動物、そこにいたすべての命が消えた。