意見交換と晩餐 6
ジャムを乗せたパンを一口かじったおじさんは、目を丸くするとがつがつと一気に平らげてしまった。セインさんも目を丸くしたまま平らげ、二枚目のパンに手を延ばしている。おじさんはパンではなく、手の平にジャムを置き、味を確かめていた。
あぁ〜。絶対それ、子供達が真似するよ〜。
その証拠に、手の平のジャムを舐めるおじさんに、子供達の視線がくぎづけになっている。
「今やったら、毛がガビガビになっちゃうよ?」
毛玉ちゃん達と目が合うように抱え上げて言うと、あからさまに慌てだした。
「ふぁ!?別に、俺達、やりたいなんて思ってないぞ」
「そうだよ!!いっぱい食べれるな〜なんて思ってないよ?」
とたんにあわあわと自己弁護を始めるアルゴス君とマルケス君はしかし、当人の思惑とは裏腹に、完全に自白してしまっている。「誰か助けろ〜」とばかりに視線を漂わせていた毛玉ちゃん達は、おじさんの静かな声で止まる。
「すげぇな、こりゃ」
感嘆の声に瞳を輝かせた毛玉ちゃん達が言う。
「おっちゃん、ママの料理、美味しいだろ〜」
「ね!!でも、出来立てはやけどしちゃうから冷めてからじゃないと食べちゃダメなんだよ?」
「ああ、旨い。甘いがパンにつけると調度良いな。坊主達のママはすげえな」
にかっと笑うおじさんにアルゴス君とマルケス君も笑う。
「「でっしょ〜?」」
かわっ!!可愛い〜!!なんだ、この生き物〜!!
下ろした私の腕に前脚をかけて、腿を土台に後ろ脚で踏ん張って二本足で立ち、胸を張る毛玉ちゃん達が可愛すぎてどうにかなりそうだ。そんな状態を知るはずも無いおじさんは興奮気味に口を開いた。
「これ、甘いだけじゃねぇが、なんだ?それと、ここまで甘くする理由は?」
「はい。色鮮やかになるようにレモン汁を少し入れてあります。又、保存期間が長くなるように甘くしてあります。逆に砂糖を控えると保存がきかず、すぐに腐ります」
ずいぶんと静かだと思っていたが、ディーバさんは私達の会話を書き留めるのに夢中になっていた。私の言葉に、予想もしていなかった答えだったのか、おじさんは目を丸くしている。
「砂糖の量で腐食の速度が変わるのか?」
「はい」
「ふむ。それは他の、野菜とかにも使えるか?」
貪欲に知識を得ようとするおじさんを前に、自然に背筋が伸び、自分の知っていることは話そうと言う気になる。
「野菜や肉や魚は砂糖ではなく塩を使います」
「塩、かい?」
「はい。ただし、ジャムのように、色止めの方法を私は知らないため、塩のせいで見栄えは悪くなりますし、その食品にあった使い方もあるので、塩を塗せば良いというわけではありません」
「ふむ、難しいんだな」
茗荷と赤蕪は甘酢で漬ける事で発色を良くし、茄子の漬け物はミョウバンを使うと言う事は知っていても、ミョウバンがこちらにあるのか、又、代用品があるのか、などは分からない。肉も、ベーコンなど燻製の作り方は知っていても、ハムやウィンナーの作り方は知らない。魚も干物の作り方は知っていても、かまぼこや竹輪の作り方は知らない、など、知識も大分偏っている。それらの知識も方法も全て、祖母と母に叩き込まれた。魚は良いにしても、鶏の絞め方と捌き方を教わった時は始終悲鳴を上げっぱなしで、ご近所さんからの通報で警察官が来たのは、水無月家はもちろん、ご町内の皆様の間でも笑い話となっていた。「あの時、楓ちゃんの悲鳴で警察が……」と顔を合わせる度に言われるのは正直、勘弁願いたいのだが。