武術訓練のお時間 2
子供達と私のやり取りで和みかけた空気を代えるように、王様が難しい表情で口を開いた。
「だが、そのカードは一度しか使えないのでは無いか?」
王様の疑問に微笑んでから答える。まさか、その笑みに男性陣が恐怖心を抱いたなどとは露ほども思わずに。
「いいえ。酒豪を自負している者が下戸を吹聴している人間に何らかの下心を持って席を設け、飲み負けるとなれば、特に男性は恥ずかしくて吹聴などなされません。こちらも黙っている事で勝手に借りを作ったと思うようですし。万が一、再び挑戦された場合は、言い逃れの出来ないように大勢の前で潰します」
「ぐしゃっ!!」
「ぺしゃんこ〜?」
飽きてきたのか、言葉尻を捕らえて続ける子供達と私に微妙に引き攣った表情を大人達が見せた。
「私の体質を知っている者と常に行動し、絶対に一人では酒の席には行きませんし、万が一、強要されたら、その方とのご縁は切ります」
実際問題として、私一人を酒の席に呼ぼうとする下心満載オヤジは結構な数の人が居るのだ。何度、断っても引き下がらない人には「貴方の上司に言い付けますよ」とやんわりと伝えるが、それでも食い下がる人には証拠付きで相手の上司にお願いする。「パワハラ、モラハラ、セクハラと騒がれる昨今、下戸をうたう女性に、取引先というだけで一対一の接待を強要するのはいかがなものか」とお叱りを受けるらしく、そこまで行くとやっと諦める。まれに逆恨みして、「取引中止!!」と騒ぐ相手には、私以外の人間を宛て、改善の様相が無い場合は似たような業種の新規開拓に勤しむ。
「それは損害に繋がりませんか?」
「人の足元を見る方との縁を優先する事は長い目で見ても損失と呼べます。ですから、素早く切って、別の方とのご縁を結べば良いだけです」
「チョキン!!」
「して、結ぶ〜」
心配そうなディーバさんにもキッパリと答える。業界は広いようでいて結構狭い。噂は一気に広まり、有り難い事に、接待を強要されて断ったら取引停止された可哀相な営業として私を、パワハラでセクハラ接待を強要した人間として相手を見てくれる。お陰で、少々情けないが、同情ついでに顔繋ぎは出来ている。
同情からだろうが、飛び込み営業では顔を覚えてもらえれば良いんです〜。恥ずかしくてすみません〜。門前払いの方が嫌なんです〜。
それより、アルゴス君もマルケス君もものすごく飽きてますね〜。
でも、「飽きた〜!!」と口にしないだけ、少しは成長しているのかなと微笑む。
「ママ、今、ちょっきんしたいの居るのか?」
「・・・・僕たち?」
例によって隙間なく並べられている椅子を滑るように移動して、ひしっと腕にしがみついたアルゴス君とマルケス君は「自分達って言わないよね?違うよね?」と目で訴えている。大人達も固唾を飲んで私の言動に注意を向けている。
「居ないよ?アルゴス君もマルケス君も陛下もディーバさんもソルゴスさんも、始祖様もエリゴスさんもルッツォさんもジルさんも、それだけでなく会った人、み〜んな優しくて良い人だもの。大好きだよ」
「「だよね〜!!」」
にんまりと笑った二人は嬉しそうに頭をこすりつけてくる。毛玉ちゃんの姿なら尻尾が千切れそうなほどに勢いよく振られていただろう。
「ママは大好きがいっぱいだと思った!!でも、俺達が一番なんだよな〜?」
「ね〜。ママ、ずっと一緒だよ〜?」
私が答えるより一瞬早くエリゴスさんが叫ぶ。
「み、皆を大・・・・好きとは!!ミーナはもっと慎みをもて!!だから大変な目にあうのではないか!?」
酒を飲んでからこちら、エリゴスさんは私にずいぶんと歩み寄ってくれるようになった気がする。
「大好き、良いじゃ〜ん!!」
「そうだよ〜!!大好きって言ったり言われたりするとほわんってなるよ〜?」
子供達が言うそれに頷いてからエリゴスさんに頭を下げる。
「ありがとうございます。以降、気をつけます」
「わ・・・・分かれば良いんだ!!分かれば!!」
そっぽを向くエリゴスさんの耳たぶは真っ赤だ。
「エリゴス!!ママは俺達のだぞ!!」
「そうだよ!!盗っちゃダメ〜ッ!!」
「盗っ・・・・!?・・・・!!」
真っ赤に染まった顔をこちらに向けて、酸欠の金魚のように口をぱくぱくと動かすエリゴスさん。卒倒するのではないかと心配になっていると王様が助け舟を出した。
「アルゴス、マルケス、大切ならば言葉だけでなく態度で表せ。誰彼構わず威嚇していると、興味を持っていなくても気を惹かれて近寄ってくるものなんだぞ?」
大きく頷いた子供達は、ぎゅ〜っと私の両腕に密着して無言のままに男性陣に視線を向ける。恐らく、態度で「盗っちゃダメ」を表しているつもりなのだろうが、必死な姿は笑いも誘う。
弾けた笑いは場を満たした。