絡まる思惑 4
子供たちの案内に従って歩いていると、向かい側から誰かが歩いて来るのが見えた。遠目ではっきりとは分からないが、背格好からソルゴスさんのようにも見える。子供たちも向かってくる人物に気付いたようだ。
「あ!!エリゴスだ!!」
「ホントだ〜。エリゴス〜、こっちだよ〜」
嬉しそうに手を振るアルゴス君とマルケス君に応えるようにエリゴスさんの歩が早くなる。エリゴスさんは、側に立つと見上げなければならない程に長身でがっしりとした体格で、剣を振り回している方が似合う戦士然といった、青年と中年の間くらいの歳の男性だった。
「アルゴス様、マルケス様、お迎えに参りました。ディーバは陛下とお待ちです」
背筋をピンと伸ばして告げられた言葉から、ルッツォさんがディーバさんに、私たちが厨房を出たと連絡をしてくれたようだと当たりをつける。
それにしても、あからさまな人だな〜。私の存在は無視?と言うより虫けら?
だが、子供たちへの視線は温かく優しい。清々しいほどに「私は貴方を認めていません」を体言するエリゴスさんに好感を抱いた。会っても居ない人間に関する話を誰かから聞いて、判断される方が嫌だ。話した相手が私に対して、何かかにかの脚色をしている可能性もある。それが悪意ある脚色であれば、目もあてられない。
難癖をつけられたくない私は先に挨拶する事にした。
「はじめまして。水無月 楓と申します。ミーナとお呼び下さい」
「エリゴスだ」
エリゴスさんは子供たちの手前、仕方なく名乗った事が如実にわかる仏頂面だった。
正直、私は素直に感情を表す人物が好きだ。それは営業に限った事でなく、私生活でも色々とやりやすいからだ。営業ではその限りでないが、私を嫌ってると感じたら近付かなければ良いのだし、逆に好かれていると感じたら発展させるために動く。
まぁ、嫌われるより好かれる方が良いけど。
私たちのやり取りを見ていたアルゴス君とマルケス君が、エリゴスさんにダメ出しする。
「あ〜!!エリゴス、やり直しっ!!」
「そうだよ!!ちゃんとご挨拶出来ないと、大人はダメなんだよ?エリゴスは子供じゃないでしょ?」
「は!?」
エリゴスさんの口から間抜けた声が零れた。
子供じゃないでしょって!!エリゴスさんが子供に諌められてる!!
気を抜けば笑いだしそうな私は、そうならないように必死で我慢する。
二人はエリゴスさんの下に行くと、「早く早く!!ママはちゃんとしたでしょ!!」と催促している。子供は覚えた事を大人に教えたがるものなんだなぁとしみじみ思う。対するエリゴスさんは、「お前の為じゃないからな!!」と顔にデカデカと書いたまま私に挨拶をしてきた。
「はじめまして。エリゴスだ。好きに呼べ」
「ありがとうございます」
不本意そうに告げるエリゴスさんに返して微笑む。子供たちも納得したのか、ニコニコと笑っている。
しかし、子供たちは大きな爆弾を投下した。
「「良い子、みーつけたっ!!」」
良い子っ!?良い子〜!!や〜め〜て〜!!
確かに挨拶が出来た子供たちに言った覚えはあるが、厳つい大人をつかまえて言う言葉ではない。身体が震えないように全力で笑いを堪える。エリゴスさんは呆然としているが、子供たちは頓着していない。
「エリゴス!!くっちーあげる!!」
「僕も!!ママと作ったんだ〜。美味しいよ〜」
茫然自失といった体のエリゴスさんの手に、子供たちは無理矢理にクッキーを握らせる。
ハッと我にかえったエリゴスさんはクッキーを確認し、僅かに微笑みながら「ありがとうございます」と礼を言う。
「ママ!!なんて言えば良い?」
「どういたしまして、だよ」
問い掛けてくるアルゴス君に答えると、マルケス君と揃って言う。
「「どういたしまして」」
言われたエリゴスさんは目を見張っている。
アルゴス君とマルケス君は本当に今まで、挨拶してなかったんだね。