あまいひととき 3
待たせてしまったお詫びを言い、料理人の皆さんに脱線しそうになったらビシビシと激を飛ばしてくれるようにお願いした。快く了承してくれた料理人の皆さんの心遣いが嬉しい。
人は見かけに因らないと言われるが、本当にその通りだ。この人達の期待を裏切らないように、素人だからこそ丁寧に作ろうと心に誓う。
しめられたらどうしようなんて失礼な事を心配してごめんなさい!!
「クッキーと一口に言ってもたくさんの種類があります。今回はその中からドロップクッキーと呼ばれる物を作ります」
私の言葉に一瞬にして表情を引き締め、一言一句聞き漏らすまいという気迫が感じられる。サラサラとペンを紙に走らせる音も聞こえる。
「卵は黄身と白身に分けて下さい。クッキーに使うのは黄身だけです。粉は二回振るいにかけますがまずは準備です。卵は卵、粉は粉と別々のボウルにして下さい。まだ混ぜません。粉と卵の準備が出来たら、新しいボウルにバターと砂糖を入れて下さい。ここまでで、粉、卵の黄身、卵の白身、バターと砂糖の入ったボウル。と、ボウルが四つ調理台に乗っているはずですがどうでしょう」
言ってから見渡すと、「出来た」、「大丈夫だ」と各調理台に着いている料理人さん達から声が上がる。
「では、粉を振るいにかけて下さい。二回振るい終えたら粉の下準備は終わりです。粉は後ほど使うので置いて下さい。粉の準備を終えたら、次はバターと砂糖入りのボウルを手にとって、バターと砂糖を白っぽくなるまで泡立て器で混ぜて下さい。皆さん、ここまで出来たら教えて下さい。次の工程へ進みます」
「おぅ!!」
返答に頷き、私も作業に入る。粉を振るい終えて、バターのボウルに手をのばそうとした時、振るいを手にしたアルゴス君に声をかけられた。
「ママ〜、なんで粉を振るうんだ?めんどくさいじゃん」
唇をあひるのように尖らせるアルゴス君につい笑ってしまいながら提案する。
「じゃあ、アルゴス君は振るわないで作ってみる?」
「うん!!さっすがママ!!わかってるぅ」
アルゴス君は持っていた子供用の小さな振るいを調理台に置きながら、「やったー!!やったー!!」と大はしゃぎだ。そんなアルゴス君とは対象的に、真面目に粉を振るっていたマルケス君が聞いてくる。
「ねぇ、ママなんで?」
「粉を振るうと空気を抱きこむの。空気を抱き込んだ生地は出来上がったらふんわりさっくりするんだよ。食べた時にカチコチにならないようにいっぱい振るうの。お兄さん達が混ぜてるバターをみて?ふんわりしてるでしょ?あれもおんなじ理由なのよ」
マルケス君に教えているとアルゴス君がなんとも言い難い複雑な表情を浮かべていた。楽はしたいが、美味しい物も食べたい!!というところだろう。
「・・・・やっぱり俺も粉振るう」
調理台に置いた振るいを再び手にして、さっきのテンションの高さが嘘のようにしょんぼりと肩を落としながら粉を振るい始める。
「なんだよ、アルゴス!!やってみようぜ?バターも混ぜない、粉も振るわない、それで本当にまずくなるのかやってみなくちゃわかんねーだろ?」
「いーの!!ルーにぃ、あっち行けよ!!」
茶化すルッツォさんに噛み付きながらアルゴス君が粉を振るい続ける。
「ルーにい、それでやってみて?それで一個づつ僕たちにちょうだい?僕とアルゴスが作ったのと交換しよ?」
にっこり笑って告げたマルケス君は、「だからこれ貰うね?」とルッツォさんが泡立て終えたバターのボウルを自分の所に引き寄せると、アルゴス君とマルケス君の混ぜていないバターのボウルを交換した。
「アルゴス、これ半分こしよ〜!!」
「うんっ!!」
ちょっぴり涙目だったアルゴス君がにっこり笑う。
「ま〜じかよっ!!」
「料理長、俺らにも分けてくれよ?」
「やってみなきゃわかんねーからな!!」
頭を抱えるルッツォさんを料理人さん達が、彼がアルゴス君に言ったそれで囃し立てる。
うん。やっぱりマルケス君は、ちょっぴり泣き虫さんだけど頭の回転が早い。どうにかすると、将来は腹黒さんに育つ可能性も否めない。そうならない為にも、子供たちをしっかり育てましょう!!
バターを混ぜ終え、決意も新たにしていると、ルッツォさんから頂いたバターを分けあった子供たちに呼ばれる。
「「ママ、次は〜?」」