ママへの奨め 2
電池の切れたようなアルゴス君とマルケス君をそれぞれのベッドへ横たえた後、約束通り大人達は応接間へ移動する。王様を挟むようにしてソルゴスさんとディーバさんが、向かい合う形で私とその隣に始祖様が座る。着席した私達にお茶を出してお辞儀をすると侍女さん達は下がっていった。アルゴス君とマルケス君に素で対応してしまう為、営業モードを保てないが、二人が寝ている今、この状況を有効活用したい。営業用の笑顔の仮面を着けた私の真正面から視線を合わせて、王様が口を開いた。
「もう察しはついていると思うが、我々はミーナの意思を聞き・・・・」
「先にっ!!ミーナちゃんの意思が固まるまでは俺に質問しないでくれ。問われたら答えるしかねーんだ。聞けば普通、決意ぐらつくだろ?」
王様の言葉を遮り、「はいはーい!!」と子供のように両手をあげた始祖様が言った。確かに、「帰れる」と言われても「ママ業を成り行きとは言えやっていたくせに、懐く二人を置いて帰る事が出来るだろうか」と、「帰れない」と言われても「これからどうやって生きれば良いのか」と、どちらにせよ私は迷いまくるだろう。すでに私の思考はグルグルとこんがらがった毛糸玉のようなのだ。切り替えが上手いつもりでいたのに、こちらに来てからは中々及第点に届かない。心情を慮ったのか、私の頭をくしゃくしゃと混ぜてから、始祖様が立ち上がる。
「・・・・って事で、飯も食ったし帰るわ。俺んとこに来るのは、ミーナちゃんが決断した時か、俺に愛の告白する時だけって事でヨロシク!!」
言うだけ言うと、始祖様は狼に変身し、来た時と同じようにバーンと凄まじい音を発てて扉を開けて出ていった。始祖様が、その大きな身体で体当たりして開けていった扉を、ディーバさんが「わざわざ変身しなくても良いのに」とかなんとかぶちぶち言いながら閉めていた。そうせざるを得ないのだが、疑問や質問を口にすれば答えてくれた始祖様が居なくなった事で、味方が消えたようで、飛び込みの新規営業開拓先に一人取り残されたような気分になる。
「あの方には困った物だ。ミーナ、改めて聞きたい。ミーナはアルゴスとマルケスの思いを汲む意思があるのだろうか?」
心構えはあったものの、単刀直入な王様の言葉は私の身体を凍らせた。だが、ためらっている暇は無い。躊躇いと迷いは隙を作る。そこを相手に突かれるわけにはいかない。
「正直に申し上げます。私は迷っております」
言うと、何故か王様達は一様にホッとした表情になった。迷う余地が私にあった事を彼等は喜んでいるのだろうか?
「恥ずかしい事なのだが、私達はあの子達に躾をする事が出来なかったのだ。だからミーナに諭されて我々に謝った二人を見た時は本当に驚いた」
「ええ。知識は教育する事で与えられましたが、人として成長させる事は出来ませんでした。ですから、ミーナ様がいらっしゃってからのお二人の成長には目を見張るばかりです」
そんなに手放しで誉められるような事をした覚えがないのだが、あの子達が思った以上に腕白だというのは理解した。
「素晴らしいです!!ミーナ様!!」と感極まって叫ぶディーバさんの背中を撫でて諌めるソルゴスさん。ソルゴスさんは厳つく無口なだけで、性格は優しいのだろうという事は子供達への接し方と眼差しの柔らかさで察する。ディーバさんは思った以上に感激屋さんのようだが、公務に支障はないのだろうかと思っていると、王様が再び口を開いた。
「我々はミーナがここに居る間、アルゴスとマルケスの情緒面での教育係をしてもらえる事を希望している。どうだろうか?本心を言えば、こちらに永住してもらいたいのだが」
王様の隣でディーバさんが「うんうん」と頷くと期待に満ちた目で私を見つめる。