ママへの奨め 1
「ママは、なにが好き?俺はステーキ!!肉ならなんでも良い!!」
「僕はお魚!!ねぇねぇ、ママは?」
お肉を突き刺したフォークを振り回すアルゴス君と、ナプキンで口の周りを拭いてから問い掛けてくるマルケス君に性格が出てるなぁと感心しながら口を開く。
「二人とも、から揚げとかフライとかじゃないんだ?好きそうだけど」
「*****ってなんだ?」
「*****ってなぁに?美味しいの?」
「あれ?」
キョトンとこちらを見上げるアルゴス君とマルケス君に、私もキョトンだ。今まで普通に会話していたのに、いきなり、放送禁止用語を修正するピー音のような音がお互いの口からこぼれる。不安になって始祖様を見ると、合点がいったようにニヤリと微笑んだ。
「喜べ!!野郎供っ!!ミーナちゃんは真っさらさらな異邦人だっ!!」
アルゴス君とマルケス君の二人は意味を理解していないのだろうが、始祖様に言われた通りに「わーいわーい」と喜んでいる。王様やディーバさんやソルゴスさんは何故か頬をほんのりと朱に染め、気まずそうにしている。なんだ?と考え、気付く。
真っさらさらって、未体験だよって事っ!?実際そうだけど、そうじゃないでしょ〜っ!?
思わず、キッときつく睨みつける私に、始祖様は嬉しそうに微笑む。
「ミーナちゃん、俺のお嫁さんになってくんない?」「なりませんっ!!」
両断する私を尻目に子供達がディーバさんに、「お嫁さんとはなんだ?」と聞いている。
なんだろう。もう次の展開が見える。前にもあったよね?こんなやり取り。
「「駄目〜っ!!」」
やはりというかなんと言うか、ディーバさんに説明されたアルゴス君とマルケス君は席を立ち、二人掛かりで始祖様にポカポカと殴りかかっている。子供達とじゃれあいながらも説明してくれた。
曰く、産まれた時から真っさらな人間がこちらに渡ると、言葉は自動通訳されるらしく、こちらにあってあちらに存在しない物や、その逆の変換不可能な物以外は会話に不自由は無いそうだ。残念ながら、書き文字はその範囲ではない為、読み書きは自力でなんとかするしかないと言う。自分の世界に竜は居ないのに、何故翻訳されたのか?と始祖様に聞くと、認識されているかいないかが重要なのだと言われた。確かに、竜は現実には居ないが、ゲームや映画などの空想世界や信仰の中に在り、人々はそれを認識している。
「何故、限定なのでしょうか?」
「さ、ね〜?初代がモテない君だったのが関係すんじゃね?こっち来て苦労させたくねーってのと、だからこそそうじゃなきゃ嫌だってんじゃねーの?」
ぼかした私の意図に気付いてくれたのか、始祖様もぼかしてくれた。これ以上は子供達の前で話したくないと思ったのは私だけではなかったようで、王様が私に話を振ってくれる。
「先ほど言っていたのは食べ物の名前か?」
「はい。下味をつけた肉に粉を塗して揚げた食べ物とパン粉を塗して揚げた食べ物になります」
王様に答えながらも、翻訳されなかったという事はその調理方法が無いのだろうと当たりをつける。
「ママ!!俺、そえたえたいっ!!」
「ママ、作れう?」
ん?
呂律が回っていないように感じて、二人に纏わり付かれていた始祖様を見ると苦笑しながらジェスチャーでオネムを表した。
「お前ら、寝ろ!!」
「やらっ!!ママ、かえいゃうんだぉ!?」
「ママぉ、いっしょ、ねぉね?」
お腹が膨れたアルゴス君とマルケス君は目を擦りながら、必死で睡魔と戦っていた。危ないからと始祖様に抱っこされているアルゴス君も、同じくソルゴスさんに抱っこされているマルケス君も自分達が寝ている間にママが王様達によって帰されると思い込んでいるようだ。それぞれの腕の中で、宥められても頑として首を縦にふらない。
「大丈夫だって。大人しく寝ろ!!おまえら、ちゃんと言えてねーし」
「やらっ!!ママぉねうならぁ、ねう!!」
抱っこしながら言う始祖様にますます呂律が怪しくなってきたアルゴス君が抵抗する。「仕方ねーな」と言いながら始祖様は私を手招きした。
「ミーナちゃん、一言どぞっ」
「ね?アルゴス君、マルケス君、起きたらいっぱい遊ぼ?」
「「起ぃ、たら?」」
「そう、起きたら」
戻る事が可能か不可能かは現実問題に置いておくにして、もし戻れるとしても二人が知らない間に消えたくはない。それは、危険な大冒険をしたアルゴス君とマルケス君に失礼だと思うからだ。
そんな二人に王様が提案する。
「アルゴス、マルケス、お前達の部屋に皆で行き、お前達は寝室て寝ろ。私達は応接間に居る。それでどうだ?」
「「ママ、とあり、居う?」」
不安そうな声色で問い掛けてくる二人に「もちろん」と応えると、「やくそくだからね」とにっこりと微笑んで、すぐさま睡魔の手に落ちた。
「移動しよう」と言う王様の後に続きながら思う。
私はアルゴス君とマルケス君が愛おしい。帰ると言う選択肢があるのならば、愛おしいと思っているのに、こんなにもママを慕うアルゴス君とマルケス君に別れを告げなくてはいけない。私はこの子供達の手を振り払い、帰る事が出来るのだろうか?帰ってしまって後悔しないだろうか?と。