Part8
彼女が立ち去ってからしばらくすると、邦近が鼻歌を歌いながら帰ってきた。ご機嫌そうな悪友の姿を見ると無性にイライラして、さっきの仕返しの意味も込めて背中をぽかりと殴ってやった。
俺の様子を見て、大方のことを察したのだろう。意地のわるそうな笑みを浮かべながらカウンターの向かいに肘をついた邦近に、我ながら不機嫌さを隠し切れていない口ぶりで質問する。
「――――で、掃除は終わったのか?」
「まあね、いつ出来たのかわかんない位昔の汚れがあったからな。いつまでも残っていちゃ気分が悪いし、折角の機会だからきれいに掃除しといた。――――余計なお世話だったか?」
「・・・・・・そいつぁ、どうも」
「何言ってんだ? 俺は掃除の話をしているんだぜ?」
「にやにやするな気持ち悪い」
俺が睨みつけてやると、きゃあ世良が怒ったといいながらホールドアップ。その間抜けな姿に毒気を抜かれた俺は、溜息をついてカウンターに突っ伏した。そんな俺の頭をポンポンと優しく叩く邦近。
「じゃあ、10数年越しの失恋をした可哀想な世良くんに」
「世良くん言うな」
「可哀想な世良に、特別サービスだ」
そう言うと、麗華がテーブルに残して言ったブランデーの瓶を軽く振って、中身が残っていることを確かめる。その後、奴は彼女が来る前に自分用だとか言って飲んでいたラム酒の瓶を取り出すと、ほんの少しのブランデーの残りと一緒にラム酒をシェイカーに注ぎ込む。
最後にレモンジュースを軽く入れて、慣れた手つきでシェイク。
そうしてできたカクテルを俺の前にそっと差し出す。
「さあ飲め。俺からのおごりだ」
「・・・・・・なんてカクテルだ、これ?」
「【ラスト・キス】。その名が示すは失恋。――――今のお前にはピッタリだろう?」
「うるせー、馬鹿野郎」
ガブリと飲み干したそれは、青春の味。甘く、酸っぱく、苦く――――――――辛かった。