Part7
「吹雪くんはいつ結婚したの?」
「5年前。もう4歳になる娘もいる」
「写真とか持っていたりする?」
俺は無言でスーツのポケットから定期入れを取り出し開くと、彼女に手渡す。そこには俺がお守りとして入れている、今の妻と――――家族との写真が大切に収められている。
麗華はその写真をじっと見つめて、娘の名前を尋ねてきた。
「雪音――。俺の名前と嫁の名前から一文字ずつ取って雪音」
「世良吹雪に世良雪音・・・、何だか随分寒そうな親子だね」
「将来、『お父さんと洗濯物を一緒にしないで!』って言われるのが死ぬほど怖い」
「まだ4歳でしょ、考え過ぎよ」
「もし男を家に連れてきたら一発はり倒してから名前と関係を聞くつもりだ」
「いきなり拳で語りかけるのね・・・。そんなんじゃ、一生雪音ちゃん結婚できないわよ?」
「いいよ、死ぬまで面倒みるから」
「はいはい、子煩悩で結構なこと」
俺を楽しそうに茶化すと、カウンターの下に置かれていたハンドバックから新品の煙草をひと箱取り出すと丁寧に封を切り、自分用に一本加えると、もう一本を器用に飛びださせた箱を俺に向けて差し出す。
折角の勧めだが、俺は娘が生まれてからは禁煙している。無言で手でバツを作って見せ、拒否の意を示す。彼女はその所作だけで俺の言わんとせんことを把握したらしく、何も言わずに箱をしまった。
カウンターの上に置かれていた店のロゴが入ったマッチを使い火を着けると、ゆったりと大きく煙を吸う。吐き出して見せた煙は、綺麗な輪のカタチを作り、やがて風に揺らいで消えた。俺はその器用な芸当にパチパチと、拍手で応える。
「はぁー、人目を気にせず堂々と吸えるって久しぶり。家だと旦那がうるさいのよ、一本吸うと寿命が4秒縮むって」
「15本吸ってようやく1分だろ? 微々たるものだよな」
「大体、やりたいことを我慢する方がよっぽど寿命は縮むっつーの、ってね」
本当に嬉しそうに、彼女は笑う。
ますますわけのわからない、高度な形を描きだした煙から目をそらして時計に目をやる。その目線に動きに気付いた彼女は、あぁ、と、残念そうな吐息を漏らして、ほとんど減っていない煙草を灰皿に押し付けた。
「・・・そっか、終電、出ちゃうよね」
「早く帰った方がいい。嫁が同窓会に行って帰りが遅いと不安でたまらなくなるぞ、旦那としてはな」
「おやおや、何だか経験がおありのようで?」
麗華は、スッ、と、席を立ち、緩やかな動きでカウンターの領収書に手を伸ばす。
その手より一瞬先に、俺が領収書を握っていた。
「折角だし、俺が奢るよ」
「いやいや、今日に関して言えば私が奢ってもおかしくない状況だって」
「うーん、じゃあ言葉を変える。俺に奢らせてくれ。その代わりに頼みがある」
首をかしげる彼女に、俺は立ち上がり向かい合う。最後に会った時、あの日の体育館裏では俺と変わらなかったはずの目線が、今では随分下になっていた。
そんなことにも、今の今まで気づかなかった。もう、あの頃の俺たちじゃない。けれども――――どうしても、もう一度だけ――――。
「あの日の告白、もう一回やり直させてくれないか? 今度はきちんと、最後まで絶対に逃げない」
俺の言葉を聞き彼女の顔に浮かんだ表情は――――驚きでもなく、悲しみでもなく、怒りでもなく、嘲りでもなく、ずっと待っていたものがようやくやってきたような――――そんな歓びの顔。
「うん、いいよ。私もきちんと吹雪の言葉、聞かせて欲しい」
俺は大きく息を吸うと、あの時と同じ言葉で、彼女に思いを告げる。
「―――――――――――――――――――――――――――――――――」
その一瞬だけは、間違いなく。
2人とも高校生。
俺はただの恋する少年で。
彼女は俺の憧れの幼馴染だった。