Part6
「奇跡じゃないよ」
俺の心の声が聞こえたかのように、彼女が返事をする。
「奇跡じゃないよ。私が他の人の呼び出しを、それこそ一週間も前から言われていたりしていたようなものも全部断って――――吹雪のところに行ったんだよ」
「え?」
「私だってバカじゃないんだからね。あんな真剣に呼び出されたら・・・内容くらい、理由くらいなんとなくだけど、分かるよ。それでも、ひょっとしたらってこともあったから。だからこそ、私は君のところに行ったのよ? 吹雪が私のことをどう思ってくれていたのか、それを聞きたくて、それに答えたくて」
「・・・それで俺はあのザマか。それは失望するな」
「それは違うよ、吹雪」
俺のことを真剣な目で見つめる麗華。
その眼は、高校生の頃から、いや、幼い頃に一緒に手をつなぎ歩いたあの日から何も変わっていない。
「今の私は、あの時吹雪に好きだって言われたからあるのよ」
「また大きく出たな・・・」
「だって、吹雪は私のことを誰よりも知っているでしょ?」
そう言って、はにかむ彼女。
「私はいつだって不安だったのよ。いろんな人が私に集まってきてくれたけど・・・、やっぱりどうしても安心できなかったの。皆、私――――『水無月麗華』っていう絶対的な存在を好きになってくれたんじゃないかって疑問が消えることはなかった。だから、そのイメージを崩さないように、いかに『水無月麗華』らしく振る舞うかで必死だった。そうでもしないと、皆が私から離れていくような気がして。でも、吹雪は『水無月麗華』じゃなくて、私を好きになってくれた、ずっと好きでいてくれていた。それで、私がどれだけ救われたか――――――」
「・・・まさか、失敗した告白で、ここまで言われるとは思ってなかったよ」
「私だって、ここまで言うつもりなんかなかったよ。でも、こうして、何年振りかに吹雪と二人きりになって――――やっぱり、お礼を言いたかったの。凄く失礼なことだし、最低なことかもしれないし、自分勝手な事を言っているけれども、それでも吹雪に好きって言われたから、私は自分に自信が持てたんだよ。――――あぁ、私のことを好きで居続けている人がいてくれたんだ、ってことを知ったから」
そう言う彼女がそっと左手で目元をぬぐう。
その手の薬指には目に痛いほどの銀色の光。
「――――なんだ、麗華。結婚してたんだ」
「うん、ほんとにこの間。式に呼びたかったんだけど・・・。どうしても連絡がつかなくて」
「ああ。俺も引っ越したからな」
そう言って麗華にかざした俺の左手薬指には、彼女とは違う型の指輪。
薄暗いバーのわずかな光を反射して、キラキラと輝く。
「・・・てことは、ひょっとして苗字も変わったのか?」
「うん、今は下総。下総麗華が私の名前」
再び生まれる間。
けれどもそれは、居心地の良い、温かい虚無。