Part4
しかし彼女は、俺が忘却の彼方に運んだような記憶もきちんと覚えていた。
「ちっちゃい頃はよく一緒に遊んだよね。ままごととか、ヒーローごっことか」
「そうだっけか?」
「もう、覚えてないの? 玲路くん、いつも男子から除者にされていたから、私しか遊び相手いなかったじゃない。・・・まあ、除者にされているっていうのは私にも言えることなんだけどね」
「お前、あの頃から人気あったもんな・・・よくも悪くも目立っていたし」
簡単に言えば、彼女はその美貌故。俺はその美女との仲のよさ故に同性から妬まれたのだ。
その事態は小学、中学に入っても変わらなかった。俺の携帯の電話帳にはその頃の友人の名前は一人も入っていない(もちろん、彼女にも言えることだ)。
「まあね、私、結構美人の部類に入るし。私みたいなのを【女神】とか【具現化した美】、【月明かりの乙女】とか言うんでしょ?」
「随分大きく出たな・・・」
「私じゃないわよ。私の周りの人がみんなそう言うの」
そう言うと彼女は琥珀色の液体で唇を湿らす。
「でも結局、そういう人たちって、私のこと、見ていないのよね。――――うーん、違うかな。ありふれた言葉で言うなら、心の奥まで。本当の私を見てくれない」
「・・・・・・」
「だってさ、笑っちゃうでしょ。今まで一度も話したことのない人から『君が好きだ、愛してる』なんて言われるのよ。必死になってムードを作って、高いプレゼントを用意して、おしゃれな服で身を固めて。私はそんなの全然嬉しくないのに」
「・・・・・・それは、その告白してきた人たちに失礼なんじゃないのか?」
俺の反論の言葉に、水無月は驚いたように眉をひそめる。
酒の勢いも相まって、俺の口からは思っているより激しい語調で言葉が飛び出した。
「自分のことを見てない見てないっていうけどさ、本当の自分なんてないよ、そんなの。今の自分が嫌だってことに対しての言訳でしかないし、相手がたとえ誰であっても、その――――」
「あーあー聴こえないー。正論は聞こえませんー」
俺の言葉をさえぎるように頬を膨らませて、耳に指を突っ込んでそっぽを向いてしまった。
「・・・せめて人の話くらいはちゃんと聞けよ」
「だって、耳に痛かったんだもん。どれもこれも図星でさぁ・・・。吹雪くんの指摘ってさ、高校の頃から的確なのよね、それでいっつも私が反駁して言う通りにしないんだけど、結局は吹雪君が正しいのよね」
「俺は普通のことしか言ってねえよ」
「それがすごいんだって」
そこから――――しばしの沈黙。
お互いに何もしゃべれない時間が続く。
最後に会ってから今日まで。空いた時間を埋めるには遠すぎる距離。
時計の秒針が、何周したのだろう。
とうの昔に空になった俺のグラスの氷が解けて、音を立てる。それが合図だった。