一章八 『喧騒の中、わたしはひとり』
「うわー! すご! 遊園地だー!」
ポップなBGMと共に遥斗の声が空間に響き渡る。
千秋は遊園地というものは始めて来たが、思っていたよりも騒がしい。
「──昨日、よく眠れなかったから、ちょっと頭痛い⋯⋯」
結局、ミツルギは帰ってこなかった。
なんとなく眠れなくて、ずっと窓の外を眺めていたけれど、太陽の面影が移ろうだけで、ミツルギは戻ってこなかった。
「千秋? どうしたの?」
「え? ううん、なんでもない。行こうか」
「うん!」
千秋がそう返答すれば、遥斗が前を歩いていた雷斗と萌奈に抱きついているのが見える。
雷斗は嫌そうな顔をしているが、萌奈は楽しそうに笑っている。
「──みんなといる間は、楽しまないと」
そう低く呟いて、千秋は遥斗たちの隣に走った。
この時間を守れるように、千秋は、怪異を祓わなくてはいけない。
たとえ、ミツルギがいなくても。
「──千秋?」
「え?」
「聞いてんのか? お前絶叫平気かって」
「う、うん、平気!」
思考の海に沈みかけたところで雷斗の声が耳元で聞こえ、千秋は急いで笑みを浮かべた。
内心の動揺が外に漏れ出したのか、声がひそやかな悲鳴のように裏返ってしまったが、特に雷斗に突っ込まれることはなかった。
「千秋くん絶叫平気だったんだねぇ? そういうの苦手かと思ってたなぁ」
「わかる! でも千秋って変なところで繊細だから怖がりそうじゃない?」
「別に繊細ではないけど⋯⋯」
喋りながら歩いていると、上から悲鳴が聞こえた。
ちらりと瞳を動かせば、ジェットコースターががたがたと起動音を立てながら動いているのが見えた。
その下には、赤い風船を配るピエロの姿もあった。
「──着ぐるみ、結構完成度高いんだなぁ⋯⋯」
そう小さく呟けば、
「千秋ー? 早く来て! おいていくよー?」
「──あ、ごめん! 今行く」
小走りで遥斗たちの背を追いかける。
そんな千秋のことを、狙い澄ました獣のような瞳が、逃げ場のない暗闇に押し込めるようにじっと見据えていた。
△▽△▽△▽
「ジェットコースター楽しかったねー!」
「そうかなぁ⋯⋯わたしはもういいかも⋯⋯」
ハイテンションで楽しそうに腕を広げている遥斗とは対照的に、萌奈はげっそりと青い顔をしていた。
雷斗と千秋は一回で終わらせたのだが、遥斗の「もう一回!」に最後までつきあわされた萌奈は、ジェットコースターに飽きてしまったというわけなのである。
「断ればよかっただろうが」
「できないよぉ⋯⋯それに、体力的には全然平気なの。だけど、飽きたら退屈になっちゃって⋯⋯」
「ジェットコースターが退屈になることってあるんだ⋯⋯」
そんな事を話しながら、今度は観覧車に乗りたいと言い出した遥斗のために、四人は観覧車へと歩き出す。
遊具を見ていると、その数はそこまで多くない。
遥斗が興味のなさそうなものもいくつかあるし、全部は回らないだろう。
雷斗も萌奈も遊園地ではしゃぐタイプではないし、千秋もそこまでではないようだ。
つまり、遥斗が乗りたいものにのみ乗るという形になるのだ。
「──いつもなら、もう少し楽しかったかな⋯⋯」
昨日のことが、思ったよりもずっと、千秋の心に深い傷を残していた。
今まで、誰かに自分を拒絶されることがなかった上、自己肯定感の高くない千秋には、致命傷とも言えるものだった。
「千秋? 観覧車つくぞ」
「えっ、あ、わかった!」
ボーっとしながら歩いていれば、雷斗に軽く肩を掴まれる。
薄く笑みを浮かべて返事をすると、雷斗の眉の端がきゅっと寄せられ、まるで何かを怪しむような顔になった。
「──雷斗?」
「いや⋯⋯」
千秋が眉をひそめて雷斗を見つめれば、どちらともつかない声音で、雷斗が顔をそらした。
「なんでもねぇ。いくぞ」
「──うん」
観覧車に乗り込み、ゴンドラが上昇していく。
上空から見下ろす景色は、先程まで歩いていたとは思えないくらい見違えて見えるものだった。
同時に、一つ前のゴンドラに乗っていた萌奈と遥斗が、楽しそうに騒ぐ声も聞こえてくる。
「──こんなに広かったんだ」
「まぁ、歩いてるだけじゃ全体までは見えねぇからな」
「そうだね⋯⋯」
思わず、流れる景色に魅入る。
まるで、きれいな宝石箱を見ているような、気持ちになれて。
「昼から集合にして正解だったな。お前は寝不足みたいだが」
「はは⋯⋯別に、なにか理由があるわけじゃないから⋯⋯」
千秋が、口の端をぎこちなく吊り上がらせ、苦笑いを浮かべながら瞳を伏せた。
すると、雷斗はそれに、整った顔立ちに僅かに迸る感情を滲ませ、
「──千秋」
「え?」
「お前、俺達に、何か⋯⋯」
雷斗の真剣な眼差しが、千秋の瞳をまっすぐに射抜いていた。
──だが、その言葉の続きは、紡がれなかった。
「──雷斗?」
その瞬間、千秋以外の人間が、姿を消したからだ。
「嘘、これ、まさか⋯⋯」
カバンの中から、すぐに刀を取り出す。
動きが止まった観覧車のゴンドラの中、千秋は悟る。
「結界⋯⋯いや、これ、まさか──領域?」
千秋には、どちらなのか、判別がつかない。
ただ、結界ならば、旧校舎のときの雷斗のように、壊せるかも──
「いや⋯⋯だめだ。怪異は、放っておいたら災厄になるんだから⋯⋯」
そうだ。
それがある以上、怪異を生かしていてはいけない。
祓って、解き放たなければ。
「でも、これ、どうやって動けば──」
刀を片手に持ちながら、千秋は力を込める。
だが、
「──どうして、」
変わらない。
刀と魂とが、うまくリンクしない。
「なんで変わらないの⋯⋯!? ちゃんと、感情を込めてるはずなのに⋯⋯!」
まただ。
旧校舎で鏡から手が伸びてきたときも、刀がうまくいかなかった。
「どうして──」
狭いゴンドラの中、刀を握りながら千秋は四苦八苦する。
と、
「──っ!?」
ゴンドラが、大きな音を立てながら、その枠組みから外れていくのが見えた。
「まずい、落ち──」
扉を開けて脱出を図るが、この高さからでは、いずれにせよ怪我は避けられない。
そう、考えている間に、
「ぐ、あっ⋯⋯」
大きな大きな音を立てて、ゴンドラが、地面へと激突した。
硝子の破片が飛び散る音が耳を刺し、全身の骨が軋んだ。
吐きそうなくらいに背中が痛くて、足が熱かった。
「う、ぐっ⋯⋯」
手に持ったままの刀は、どこも折れておらず、無事だった。
「いちばん、上から、落ちたのに⋯⋯」
全身の骨が痛い。
おそらく、何箇所かは折れている。
だが、それだけだ。
「──なんで、死んでないの⋯⋯?」
そんなことはありえない。
観覧車の一番上からゴンドラごと落ちたのだ。
死にたかったわけではない。
ただ、あまりにも不可解だ。
「刀の、力⋯⋯?」
今はリンクできていないが、刀の所有者となったことで、肉体になにか変化が訪れたのだろうか。
いや、今はそんなことはどうでもいい。
「出なきゃ⋯⋯っ!」
腕の力だけでゴンドラの外まで這い出る。
すると、やはりというべきか、空間に嫌な雰囲気が漂っていた。
紫色に染まった世界で、足の痛みだけが鮮明に伝わってくる。
「──怪異、祓わないと」
刀を地面につき、痛みを堪えて立ち上がる。
まるで骨が粉々に砕けるかのような鋭い痛みが全身に広がり、膝がぐらつく。
脳を刺すような耐え難い痛みに全身が悲鳴を上げ、涙が浮かぶ。
「でも、なんとか⋯⋯ある、け」
そう、ふらふらと覚束ない足で歩こうとした瞬間。
「なんダ、今日ハ白狐様ヲ連れてないんだネ」
「──は?」
ピエロの着ぐるみが、目の前にいた。
そして、
「なラ、簡単ニ片付きそうかナ」
そう、言って、折れて紫色に染った千秋の足を、もう一度、反対方向にへし折った。
「──は、」
瞬間、言葉にできない痛みが全身を貫く。
悲鳴が喉から絞り出され、膝と足は制御を失い、体を支えることすらできなくなる。
「──っ!」
地面に倒れると同時に、
「──っ、ぐ、うっ⋯⋯!」
深紅に染まった刀を振るい、瞳と髪の変貌した姿で、千秋は、その瞳を、怒りに染めていた。




