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妖殺しの刀〜寺育ちの平凡中学生、最凶の妖と契約して怪異を討つ〜  作者: 宮凜猫
一章『桜の中の出会い』

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一章三 『刀が選びし少年』

 目の前に、狐の面を被った、上背がある男が立っていた。

 声が低かったことから、男であると判断したが、光の櫛でといたかと見紛うほどに綺麗な白髪を注連縄に似た髪飾りで結いており、着物を美しく着こなす姿は、女と空目しても違和感のない代物である。

 そして、千秋が知る由もないが、男が来た瞬間、黒い女も、雷斗も、意識を手放していた。

 『その男』は、黙りこくる千秋を、不機嫌そうに見下ろし、


「聞こえなかったか? 人間。その刀を渡せ」


 男の視線が、千秋の手の中で抜刀された刀へと向けられる。

 千秋は、思わず言葉を失うが、すぐに立ち上がり、刀を自分の体より後ろに下げる。


「『それ』は、貴様のような凡庸な人間が手にしていい代物ではない」


 男の声に滲むのは、もう二度と手に入ることのないものを求め焦がれるような拘泥と固執、未練の色であった。

 だが、千秋の脳裏にあったのは、そんな男に対する憐憫や哀憐などではなく、男の要求に答えるか否か、それのみである。


 ──この刀は、おそらく、両親が残したもの。

 倉橋は、あの部屋がある棟には私物をおかず、離れを使っているから、間違いない。


 それが、刀を手放すことを惜しむ最たる理由なのだと、千秋は気づいてしまった。

 なぜだろうか。

 千秋は、自分を置いていってしまった両親に、強い憤りを感じていたはずだ。

 それが理由で、幽霊や妖怪といった事柄に対して、強い忌避感を覚えていたのだから。


 だが、今、千秋の心は確かに、この刀を手放すことを拒否している。

 それが、千秋の深層心理で出した答えなのだと、思う。

 ならば、


「──この刀は渡せない」


「────」


 千秋の言葉に、男は仮面の奥で目を細める。

 それが、答えに対しての不満や怒りを孕んでいたのかは、千秋には判別がつかない。

 ただ、


「知りたいんだ。自分の気持ちを。これは、多分、そのために、絶対必要だから」


 人に流されてばかりではいけないと、千秋の心が、刀を必要としている。

 だから、渡すわけにはいかなかった。


「──そうか」


「────」


「ならば、力付くにでも渡してもらう」


「────!」


 男の纏う雰囲気が、赤黒い怒りへと変質する。

 それに、千秋は瞳を見開き、反射的に身を後ろへと飛ばす。


「──貴様は刀に選ばれておらん! 刀を手にしても見目が何一つ変わらんことがその証拠だ!」


 男の声が、千秋を腹の奥から震え上がらせるようだった。

 怒号が空気を揺らし、千秋の心を怯ませる。


「──忌々しい!」


 その、男が吐いた怒りは、千秋が原因ではない。

 他の何かと、千秋を重ねて、怒っていた。

 そして、


「──っ!」


 足がもつれ、刀を取りこぼす。

 軽い金属音のあとに、砂利を踏みしめる下駄の音が耳朶を揺らす。


 先の全力疾走で削られた体力と、蓄積された疲労が千秋のからだにまとわりつく。


「──手間を掛けさせおって」


 千秋の手元から、刀をゆっくりと、男が拾い上げようとする。

 

「まっ──」


「──穢らわしい。貴様も、そこの下賤なガキもだ」


 伸ばした手が、空中で行き場を失い、残った片手が、


「──何を」


 刀を、強く握りしめた。



△▽△▽△▽



 千秋は、基本的に、温厚で怒りとは無縁の人生を生きている人間である。

 それは、もちろん、当人の気質もあるのだが、無自覚のうちに、人との争いを避けているからだ。

 誰かを傷つけたくないという気持ちが先行し、他者との衝突を避けてきた。

 その結果、主体性の薄い今の人格が出来上がったわけであるが、


「──貴様」


 傷つけたくないというストッパーを務める気持ちが、他の気持ちに負けてしまえば、それはもちろん、その限りではないのだ。


「────」


 刀を握る手から、軋む音がする。

 体の内側から、火種のように広がる、止まぬ闘気。

 体を支配していた疲労を殺し、体が軽くなっていく。


 肩より少し長かった黒髪が、長い銀髪へと変わる。

 瞳は、日本人らしい黒から、燃えたぎる赤へ。


「──あ、あ」


 なにより、最も変質したのは、


「──許さない」


 その、内に秘める、凶暴性の発露であった。



▽△▽△▽△



「──貴様⋯⋯!」


 狐面の男が、怒りに身を震わせるのが見える。

 そして、そんな男の後ろで、


「────!」


 黒い女が、奇声をあげながら、こちらに手を伸ばしていた。


「間が悪い⋯⋯!」


 男は、そう舌を打つと、


「人間!」


「神薙千秋だ! 一々仰々しく呼ぶな!」


 千秋のその言い様に仮面の奥で目を見開き、


「──まさか、刀に適合したのか⋯⋯!?」


 そう、驚愕の声を漏らしたまま、苛立つように舌を鳴らす。


「そもそも、なんであの化け物と雷斗が気絶してたんだ⋯⋯! 雷斗はまだ目覚めてないのに、お前はっ⋯⋯!」


 そこまで言って、千秋は、刀に映る自分を凝視する。

 変貌した見た目と、いつもよりずっと暴力的な思考。

 これが、あの男の言う、刀の適合だとしたなら。


「──どうして、そんな刀を⋯⋯」


 そう、思考の海に沈みかけたあたりで、首根っこを男に掴まれる。


「お前⋯⋯!」


「──ミツルギだ」


「あ?」


「我の名だ。下賤な呼び名で我を呼ぶことは許さんぞ」


 黒い女から距離を取ったあたりで乱雑に石畳へと落とされる。

 背中の痛みに苛つきながら立ち上がれば、


「貴様、刀は何色だ」


「は? 銀色以外にあるわけ⋯⋯」


 言いながら刀に目を落とせば、


「──朱色⋯⋯?」


 銀色だった刀が、朱色へと色を変えていた。

 それは、燃えるようでありながら、どこか神聖で、朝焼けの空のように深く、強い色。


「どうして⋯⋯」


「貴様の心と共鳴したのだ。──それは、妖を殺すためだけに生まれた刀だ。それに選ばれた貴様にも、似合いの末路が待っている」


「は⋯⋯?」


 事態を飲み込みきれぬまま、千秋は、その赤い瞳を見開き、


「どうして、そんなものが⋯⋯」


 この家にあるのか。

 千秋の両親は、何がしたかったのか。


「詳細は省くが、それは、選ばれたものにしか抜刀することは叶わん。貴様は刀に選ばれ、適合した。──そういう、ことなのだろう」


 まただ。

 また、ミツルギは、その顔をした。

 悲しげな、過去を憂うような顔だ。


「お前は、何を知って⋯⋯」


「少なくとも、あの『丑の橋姫』を遊戯で召喚するような愚行に出る貴様の知己は、何も知らなかったと見える」


「丑の⋯⋯?」


 千秋が、不思議そうに眉根を寄せれば、ミツルギは小さく息をつき、千秋の手中に収められている刀を指さした。


「その刀は、貴様の魂と共鳴している。その刀が見たものを、貴様は知ることになるだろう」


 千秋が視線を落とせば、朱色の刀が、静かに千秋を見つめていた。

 それは確かに、魂が刀を理解していくような、奇妙な感覚であった。


「あの女を祓え。さすれば、貴様の求める答えに近づくだろう」


「なんで、教えてくれるんだ」


「──既に、刀は人を選んだ。当初のやり方では、我の望みは果たされぬ。利用させてもらうぞ、人の子」


 ミツルギはそこで言葉を切ると、


「選ばれたということは、貴様には資格があったということだ。適合したということは、素質があったということ⋯⋯無関係ではないのだろうな」


「なにを⋯⋯」


「貴様は、もう、何も知らぬ幼子ではいられぬということだ。──来るぞ」


「な──」


 ミツルギの纏う着物の裾が、蝶の羽のようにふわりと揺蕩い、千秋の視界からフェードアウトする。

 そして、


「──っ!?」


 眼前に、丑の橋姫の攻撃が、迫っていた。

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