一章十五 『知るための、旅路』
「全国って⋯⋯悪いやつに奪われてたら終わりじゃん!?」
「たわけ、霊石は悪しき魂には触れることさえ叶わぬ」
「え、そうなの!?」
どんどん新しい話が出てくる。
全部話してくれないだろうか。
「はい。ですが、これを集めなければまずいのです」
「──? どうしてですか?」
「──君の両親が、君のもとに帰ってこられない理由は話しましたね?」
「はい。妖怪を封印するために、犠牲になった、って」
千秋の言葉に、倉橋は顔を顰めると、一つ呼吸を落とした。
千秋も、その反応に不安そうな顔をして戸惑う。
すると、
「──ないんです」
「え?」
「君の両親は、死んでいないんです」
「──は、」
その言葉を聞いたとき、千秋の頭は、真っ白になった。
──生きている? 千秋の、両親が?
「ま、ってください。それって、どういう⋯⋯」
「──犠牲になったことは、事実です。ただ、死んではいない。⋯⋯戻ってくることは、難しいですが」
「──もどって、これない⋯⋯?」
心臓が一拍飛んだように、衝撃に打ちひしがれ、千秋は言葉が出なかった。
ミツルギはそれを無言で見つめると、静かに口を開き、
「──虚蝉か」
「──ええ。あれが相手でさえなかったら、あの二人があんな手段は取りません」
「虚蝉⋯⋯?」
話についていけない千秋だったが、その場の空気から、きっとひどく重大の話だと理解した。
すると、
「──十二年前、君の両親が戦った怪異の、名です」
「戦った⋯⋯」
指先が、自然に刀へと触れる。
これ無しで戦ったのなら、千秋の両親はきっと、素の能力がひどく高かったのだろう。
──千秋はきっと、そんなふうには戦えないが。
「──負けたんですか」
「──封印するという形で、戦いは終わりました。⋯⋯二人は、封印のための依代になり、今も」
そこで、倉橋は言葉を止めた。
その先を言う気がないのか、言えなかったのかはわからない。
ただ、顔を見れば、それを口にすることを躊躇っていると、すぐにわかった。
だから、
「──俺は、何をしたらいいですか?」
それは、両親の為なんぞではなかった。
顔も知らない相手のために命は張れない。
ただ、倉橋が、今まで千秋を想ってくれていたことは、本当だと、千秋は信じていた。
だからこそ、倉橋のためになら、命をかけられると思えたのだ。
「──君には、危ないことはしてほしくなかったのですが」
「──でも、怪異を放っておいたら災厄になるんですよね。ミツルギから聞きました。⋯⋯放っておいたほうが、危ないと思います」
千秋がそう言って、倉橋をまっすぐに見つめる。
自分が強くて、何もかもを守れるだなんて傲慢な結論は出さない。
ただ、できることをするのは、生きとし生けるものすべての責務だ。
そこから逃げてはならない。
「──まず、石の欠片を集めてください。全国にいる妖怪は、ほとんどが君のご両親と交友関係にありました。きっと、顔を見せれば石の欠片を渡してくれると思います」
「わかりました」
「──次に、その刀ですが」
倉橋が刀を指さし、瞳を瞬かせる。
と、
「──あまり、使いすぎないようにと、ご両親は以前の所持者にそう言っていました。理由はわかりませんが」
「そう、ですか。ありがとうございます。倉橋さん」
千秋は、口元に波紋が広がるような笑みを浮かべ、立ち上がろうとした。
すると、
「千秋くん」
「はい?」
「────」
倉橋の表情が、いつもとは違い、ひどく悲壮的であった。
千秋にはその理由がわからず、戸惑いを浮かべながら動きを止めたのだが、
「わ」
倉橋が、千秋の手を握り、緩やかに立ち上がった。
そして、
「──私は、君に幽霊が見えなくても、生涯をかけて、君を守ろうと決めていました。⋯⋯これは、本当ですよ」
と、割れてしまった硝子細工を見つめるときのような、後悔を滲ませた顔で、千秋を見つめた。
「────」
──千秋はずっと、倉橋が敬語を使うのが嫌だった。
距離を否が応でも感じるし、なにより、『本当の家族ではない』と言われている気がして、辛かったのだ。
けれど、今日、初めて、笑顔を浮かべていない倉橋を見た。
その表情は、いつもの余裕そうで不思議な雰囲気のある顔ではなくて、普通の人なんだと感じさせる、人間味のある表情だった。
「──倉橋さん」
「⋯⋯はい」
「明日の晩御飯のときは、好きなものの話をしましょう。⋯⋯家族らしいと、思いませんか?」
千秋が、手のひらをすらっと差し出した。
倉橋は、それに決して動揺などはしなかったが、ひどく、不格好に笑い、
「──ええ。私も家族は幼い頃に死んでいるので家族らしいかはわかりませんが」
「突っ込みづらいですって⋯⋯ていうかそれってつまり家族がいない者同士で家族っぽいことしようとしてるってことじゃないですか。正解がわからないんですけど⋯⋯」
「ふふっ」
倉橋が、いつもよりもずっと楽しそうに笑う。
それに、千秋も嬉しそうに笑った。
すると、
「話は終わったな孤児」
「ミツルギ本当に性格悪いね! 今の流れでその呼び名は浮かばないから普通!」
「喧しい。早く戻るぞ」
「は? 戻るってどこに⋯⋯うわっ!?」
ミツルギは、眉を顰めて喚いていた千秋の首を掴み、手のひらに妖力を強く滲ませた。
倉橋は、それを見て意図に気がついたのか、一歩後ろへ下がると、
「へぇ、召喚の術式が使えたとは⋯⋯貴方、すごい妖怪なんですか?」
「当たり前だ。この餓鬼を一瞬連れて行くぞ」
「怪我させたら祓いますよ」
「ふん、やれるものならやってみよ」
ミツルギの手のひらで、妖力が結びつく。
空に描かれた陣から、赤黒い炎が渦を巻いた。
「ちょっ、ミツルギ、なにを⋯⋯」
「──本当に物わかりの悪い餓鬼だな」
「千秋くんはそういうところも可愛いのでいいんですよ」
「なんか倉橋さんキャラ変わってませんか!?」
人のことを言えた義理ではないが、精神的に吹っ切れた人間というのはこうもキャラが変わるのか。
いや、本当に、人のことを言えた義理ではないが。
「来い」
ミツルギの低く落ち着いた声が、そう空間を揺らすと、渦の中心から、
「参りました、ミツルギ様」
雷鳴のような轟音とともに、腹の底を揺らされたと勘違いするほどの圧迫感を伴って、燃え盛る車輪が空間を裂いた。
地獄の炎をまとった車が宙を滑り、
「──火車!」
「覚えていただけたようで幸いです」
──火車が、宙に揺蕩っていた。
「行くぞ、人の子」
「え!? 今から!?」
「当然だ、貴様には明日から石を探すという役目ができただろう」
「明日からなの!?」
てっきり、もう少し長いスパンで探すのかと思っていた。
いや、千秋の両親に封印されたという妖怪がいつ動き出すかもわからないのだし、早めに動くに越したことはないと理解はできる。
できる、が、
「俺明日も学校あるんだけど!」
「休め」
「休めないよ!?」
言い争っているうちに、ミツルギに火車の中へと投げ飛ばされる。
本当に扱いが雑だ。
「──そういうわけだ、貴様はもう眠れ。日を跨ぐぞ」
「いいえ? お構いなく。体力には自信がありますから」
ミツルギの助言を華麗に無視して、倉橋はいつも通りににこりと笑った。
ミツルギは、その表情を見て軽く舌を打つと、
「食えないやつだ」
「それはお互い様ですよ。千秋くんを、傷つけないでくださいね?」
「────」
倉橋の言葉を無視し、ミツルギは火車の中へと乗り込む。
そして、火車が宵闇の中へ溶け込むのを、倉橋は見届けて、
「──まさか、千秋くんが、私を家族と思ってくれていたとは」
そう、小さく呟いた。
「──もう少し、感情を出してみましょうかね。あの人達にも、同じ注意を受けた覚えがありますから」




