一章十四 『遠き日の誓い』
「あの、倉橋さん!」
「おや、どうされましたか? そんなに慌てて⋯⋯」
──千秋の部屋は、倉橋の部屋から遠い。
倉橋の部屋は別棟にあって、普段は近寄らないように心がけている。
プライベート云々というのもあるが、別棟は体調を崩しやすいため、意図して接近を避けていたのだ。
しかし、
「──聞きたいことが、あるんです」
「いいですよ。なんですか?」
「──っ」
いつも通り、倉橋が笑みを作る。
それが、千秋には申し訳なかった。
今から、千秋は、倉橋の今までの気遣いを無下にする質問を投げかけるのだから。
「──俺の⋯⋯俺の両親は⋯⋯いや、違うな。──倉橋さん、俺に、何か、俺に関する隠し事を、してませんか」
「──! 君に関する隠し事、ですか」
言葉がうまくまとまらず、何を言いたいのかよくわからない質問になった。
が、倉橋はきちんと意図を汲んでくれたのか、少しだけ表情に変化が見られる。
「──その問いへの答えは『はい』です」
「──その問いへの答え⋯⋯」
「ええ。君が知りたい内容を、直接的に言ってくれて構いませんよ。認識の齟齬は、避けたいですから」
──いつになく、倉橋の距離が、遠く感じた。
いや、違う。
いつだって、倉橋と千秋の間には、埋めがたい距離があった。
それが、今の千秋には、色濃く認識できるだけの話で。
「──四日前、刀を見つけました。これは、両親の形見なんですよね」
「ええ。他にもいくつか形見の品はありますが──君の両親が所有していましたよ」
「────」
何を言っても、望む回答はきっと得られない。
だって、千秋が、恐れている。真実に触れることを。
だから、もっと踏み込んで話すしか、ないのだ。
「単刀直入に、聞きます」
「ええ、どうぞ」
「────」
深呼吸を一つ、空間に落とす。
そして、千秋はまっすぐに倉橋を見つめ、
「──俺の両親は、ただの僧侶じゃありませんよね。……あの時の言葉は、誇張じゃなく」
「────」
その問いへの答えは、長い沈黙の末に隠された。
だが、千秋には、答えがわかっていた。
何故なら、
「──そう、ですね」
倉橋の顔が、
「倉橋さ、」
「──いえ、違いますよ。私はただ⋯⋯」
──涙を浮かべながら、笑ったからだ。
「私はただ、ようやく、君に嘘をつかなくて済むと、安堵したのです」
「──嘘」
倉橋の言葉を反芻すると、倉橋が立ち上がり、
「ついてきてください。場所を変えましょう」
と、部屋を出て、本棟へと向かっていく。
それを千秋は急いで追いかけ、幽体状態であったミツルギも浮遊しながら千秋の後を追う。
△▽△▽△▽
「──まず、何から話すべきでしょうかねぇ」
「──えっと、倉橋さん。あの、」
「おい」
居間へと移動し、正座で対面する千秋と倉橋。
その中、口を開こうとした千秋の声を、ミツルギが遮った。
その上、
「──ミツルギ!」
ミツルギの白い手が、倉橋の首へと伸びた。
思わず千秋が声を上げるが、ミツルギは構うことなく告げる。
「こいつの生みの親の名を言え」
「何してっ⋯⋯倉橋さんにお前は見えな」
「見えている」
ぐっとミツルギに掴みかかる千秋を静かに制して、ミツルギはそう口にした。
「──は、」
「貴様、我が見えているだろう。さっきから、視線がこちらへ動いていた」
「────」
倉橋は、それに返答を返さない。
それに苛立つようにミツルギが顔を顰めるが、すぐに手の力を緩め、床に落とした。
「ミツルギ、何故──」
腰の刀に手のひらが触れ、千秋の見目が、疎ましきそれへと変貌する。
が、千秋はその事実に気づかず、ミツルギの胸ぐらをつかみに行った。
「この人を傷つけたら許さない! いくらお前でも──」
と、千秋の頭に血が上り、刀との共鳴率が著しく上昇する、その前に。
「大丈夫ですよ、千秋くん」
「────!」
千秋の耳朶を、優しい声が揺らした。
そちらに意識が向くと、刀との共鳴が切れ、髪と瞳が戻る。
と、
「痛っ!」
「ふん、我の胸ぐらを掴むとは命知らずめ。首を切られていないことを感謝するんだな」
千秋に掴みかかられ、特に抵抗もしていなかったミツルギの拳が千秋の頭部に命中する。
あまりの痛みと衝撃に涙を浮かばれば、不遜な声とともに千秋の首をミツルギの手のひらが掴み、無理やり立ち上がらせた。
「ふふ、仲良しですね。昔のあの人たちを見ている気分です」
「倉橋さん、大丈夫ですか!? 首⋯⋯」
「ええ、平気です。本気で締められていればさすがに危なかったですがね」
倉橋はそう言うと、ミツルギの方へとゆるりと視線を向け、
「──まさか気づかれていたとは、驚きました。これでも、目立たないよう心がけていたのですが」
「──糸目なのが怪しかった。上に、声が怪しい」
「おやおや、固定観念に染った狐さんですね。怪しまれていたとは、悲しいです」
わざとらしく泣き真似をしてみせる倉橋に、ミツルギが苛立ったように舌を鳴らした。
そして、
「──千秋くん」
「⋯⋯はい」
「君に話したいことは、たくさんあります。が、全部話すと途方も無いほど長くなりますから、要点だけをかいつまんで話しますね」
倉橋の言葉に、千秋が一瞬瞳を見開く。
それを見て倉橋は優しく微笑むと、指を一本立てて、
「まず、君の両親は祓い屋でした。それはそれは優秀で、私も彼らには救われました」
「祓い屋⋯⋯」
「はい。次に、その刀は、君の両親が封印したものです。15年前、人間の手から離れ、怪異に奪われかけたことがあり、それを母君が危惧されたためです」
その言葉を受けて、千秋はその顔に驚きと混乱を隠すことなく浮かべた。
──封印されていた?
だから、あんな場所に置かれていたのか。
でも、なら、どうして千秋が抜刀できたのだろう。
「でも、俺、普通に刀を抜けましたよ。封印されてたなら⋯⋯」
「──あの時、千秋くんのお友達が眠っていたのは、怪異に襲われたからですね?」
「────!」
倉橋の言葉に、千秋は息を詰まらせる。
倉橋はそれを見て、
「この家に貼られた結界を越えようとしていたということは、悪に染まった怪異であり、かなり格上の相手のはずです。伝承に残るレベルだったのではないですか?」
「──此奴らが呼び出したのは、丑の橋姫だ」
「──! それは⋯⋯よく、倒せましたね」
倉橋とミツルギの間でサクサク話が進んでいってしまう。
だが、千秋からすればちんぷんかんぷんだ。
「え、えっと、つまり⋯⋯?」
「貴様らが呼び出したのはそれなりに強い相手だったのだ。刀の封印が緩んだのは、この家の結界にリソースが割かれ、封印にまで結界が回らなくなっていたのだろう」
「⋯⋯なる、ほど? うん、なんとなくわかった⋯⋯かも」
千秋が足りない頭でなんとか理解しようとする姿を見て、倉橋は眉を下げて笑い、
「では次に。──これを見てください」
「え? わっ」
倉橋が木箱を手渡してくる。
それを受け取ろうとすると、ミツルギに横から掠め取られた。
驚きながら木箱を覗き込めば、そこには、
「──石の、欠片?」
「はい。それは、秘術を可能にする霊石──その欠片です」
「秘術⋯⋯」
つまりは、世界一有名なあの漫画の、七つ集めれば願いが叶うアレだ。
それにしては、随分と地味だが。
「でも、どうして欠片なんですか?」
「──それは⋯⋯」
倉橋が、言葉に詰まる。
なにか悪いことを聞いたかと、千秋が不安そうに眉を下げる。
すると、
「千秋くんの父上が、酔った際に割り、全国に散らばってしまったからですね」
「──は」
その言葉を聞いたとき、千秋の胸を占めた感情は一つだった。
「──俺の親って、もしかしてろくでもない?」
「貴様の肉親だぞ? 考えるまでもない」
「いえ、酒癖が悪いだけで、いい人⋯⋯でしたよ?」
その唯一の欠点で霊石を割られては困る。
それに、なにより、
「──全国⋯⋯全国!?」
その、失態の重さを、千秋はようやく認識したのだった。




