一章十一 『知らなきゃならないこと』
「──それで、さっきの格好は何なの?」
台所で野菜を切りながら、千秋はミツルギにそう尋ねた。
仲直りできたのは嬉しいし、ミツルギが千秋に歩み寄ってきてくれているのは嬉しい。
だが、疑問は多く残っている。
「貴様が言ったからわざわざ術を取得しに行っていたのだ」
「言った⋯⋯? なにを?」
「我が校舎に行ったとき、一人で喋っていたら変だと思われると言っていただろう」
ミツルギの言葉に千秋はぽかんと口を開けたあと、その言葉の意味に気づく。
「いや、たしかに言ったけど⋯⋯! きつねと話してるのも十分電波だから!」
「注文が多いやつだな。どうしろというのだ」
「人前で話しかけてこないでください!」
千秋がそう声を荒げるも、ミツルギはよくわかっていないのか不満そうに眉をひそめるだけだった。
千秋は呆れたようにため息を付き、
「──で? その術を会得するために俺の前からいなくなってたってこと?」
「そうだ。我は人間との関わりが乏しいからな。そこら辺が詳しいやつに聞きに行っていた」
「だからってあんなかわいいきつねに変化するなんて、思い切りが良すぎる気がしなくもないけど⋯⋯」
だが、ミツルギの気持ちを無下にはしたくない。
ミツルギなりに、千秋の言葉を考えてくれた結果なのだから。
まあ、タイミングが悪すぎた点は否めないが。
「──じゃあ、俺に怒ってたわけじゃないの?」
「──怒っていなかったわけではない。ただ、頭を冷やす必要があるとわかっていたからな。だからだ」
「頭を⋯⋯」
やはり、あの時の千秋の言葉は、ミツルギにとって言われたくない類のものだったのだろう。
あのときは深く考えていなかったが、ミツルギのことを深く知らない千秋が踏み込むには、心に近すぎたのかもしれない。
「──あのときはごめん、ミツルギ。聞かれたくないこと、聞いて」
「──ふん、いちいち暗い顔をするな馬鹿め。気にしておらん」
ミツルギはそう言うと、ぽふんと音を立ててきつねに変化する。
「え、どうしたの」
「貴様の保護者が戻ってきた。なにか言い訳を考えておけ」
「えっ」
千秋が驚いてお玉を持ったまま固まるが、そんなことはお構い無しにミツルギはぴょんとリビングの椅子に飛び乗る。
すると、
「ただいま、千秋くん。遅くなって申し訳ありませ──」
倉橋がうやうやしく暖簾をくぐり、リビングに入ってくる。
だが、彼は途中で言葉を止め、目の前の光景にきょとんとした顔をした。
「──きつね?」
「えっ、あ、違うんです、この子は⋯⋯!」
千秋が慌てて駆け寄り、ミツルギを両腕で抱える。
両目をキョロキョロと動かしながら言い訳を考え、そして、
「──え、っと、さっき帰ってきたら家の前にいて⋯⋯! えっと、それで⋯⋯」
「──千秋くん」
「はいっ!」
言い訳がしどろもどろとしすぎて、腕の中のミツルギに「この馬鹿め」と悪態をつかれる。
倉橋に呼ばれて緊張に肩を強張らせる千秋を見て、倉橋はくすりと笑い、
「千秋くん、ペットが飼いたかったんですか?」
「えっ」
「病気を持っていないか心配なので今度検査には来てもらいますが⋯⋯いいですよ。そんなに慌てなくても」
倉橋は笑いながらミツルギの頭を撫でると、千秋の方を見て優しく笑い、
「──いいん、ですか?」
「もちろん。君のわがままなんて初めてですから」
そう、当然のことのように言い放ったのだった。
△▽△▽△▽
「緊張した⋯⋯!」
「馬鹿め、何をそんなに遠慮している。ここは貴様の家なのだろう」
「そうだけど⋯⋯今まで、こんなお願いしたことなかったし⋯⋯」
倉橋なら怒らないだろうとは踏んでいたが、万が一のことを考えると、どうしても怖かった。
わがままやお願いをするというのは、相手に迷惑をかけることだ。
それを受け入れるだけの心の土壌が、千秋にはない。
「──あ、ていうか、きつねが人語を話してたら怪しまれるんじゃ⋯⋯」
「霊力のない人間にはきつねの鳴き声にしか聞こえんわ」
「そういうの先に言ってくれるかなぁ!?」
ミツルギをベッドにおろし、千秋はそのままミツルギの隣へと腰掛ける。
「結局、ご飯も倉橋さんが代わってくれたし⋯⋯」
「貴様は変なところで気にするな。ガキのくせに可愛げがない」
「うるさいなぁ⋯⋯そもそも、人の姿に化けてくれればよかったのに」
ミツルギの頭をつつけば、尻尾でパシンと払われる。
痛くもないそれに不満そうに瞳を細めながら、千秋はガバっと起き上がると、
「狐の姿が良かったの?」
「たわけ。人の姿は何かと目立つ。こっちのほうが何かと都合がいいのだ」
「きつねも街を歩いてたら目を引くけど⋯⋯」
まあいい。
ミツルギがそう判断したのなら、そっちのほうがいいのだろう。
「ねえ。ミツルギってご飯食べるの?」
「我は低俗な怪異とは違い、人間は食わんぞ」
「じゃあ、人間と同じご飯?」
千秋がカバンの中からチョコグミを取り出せば、ミツルギはそれをパクっと食べる。
肯定の意だろう。
「へえ⋯⋯じゃあ、今日からご飯一緒に」
「⋯⋯貴様、先程のしおらしさはどこへ行った。吹っ切れ過ぎだろう」
「だって、せっかく仲直りできたんだし、もっと仲良くなりたいもん」
千秋がそう答えれば、ミツルギがすごく嫌そうな顔をする。
千秋はすぐに落ち込むし引きずると長いが、解決したら切り替えも早いのだ。
これは、数少ない千秋の長所だと思っている。
「それより、ミツルギ、刀と話せるようになったんだよ!」
「? 前からだろう」
「違うよ、前は一方的に話しかけてきて、俺がなにか聞いても反応なかったんだけど、話ができるようになったの!」
刀をひょいっと取り出して「ほら」と見せるが、ミツルギは何も感じないのか、無表情のままだ。
「今も聞こえるのか」
「え? 今は聞こえないよ。俺が話しかけたら返してくれると思うけど⋯⋯」
千秋がそういえば、ミツルギは興味をなくしたのか「そうか」とだけ言ってベッドを降りる。
「あっ、どこ行くの」
「どこも行かん。それより、刀との共鳴は滞りないか」
「うん。それも話して、俺の心が落ち着いてなかったら共鳴できないみたい」
刀の力は絶大だ。
千秋本人がどれだけ努力しても手に入ることのない圧倒的な力をもたらしてくれる。
治癒能力も、刀がなければ十回は凄惨な死を迎えていると思うが、刀の力でなんとか一命を取り留めている。
それが幸か不幸かは判断がつかないが、少なくとも、今のところはメリットの大きいものだと感じている。
「心が落ち着いてたらそれだけであんな力が使えるなんて、なんか釣り合ってない気もするけど」
「逆だ。人ならざるものはその刀を手にすれば無条件でその力を手に入れる。その代わりとして、人格が消滅するがな」
「消滅する⋯⋯!?」
その言葉の重みに、千秋は瞳を丸く見開き、顔つきを険しくする。
そして、
「──人が使ったら?」
「まず、適合しなければ肉体が死ぬ。そして、刀を扱えても刀に認められなければ人格が消滅する。その両方をクリアしたとて、強い感情で刀と繋がらなければその力を引き出すことは叶わん」
「──なんか、呪われてない? この刀」
「そうだ。にも関わらず、刀を手放さないバカがお前だ」
「で、でも、そんなすごい刀なら、悪い人に悪用されないように守らなきゃでしょ?」
千秋がそう弁解すると、ミツルギはため息を付き、
「別にそれはもう良い。それよりも、明日は出かけるぞ」
「──明日?」
千秋が首を傾げると、
「嗚呼。刀に適合したと、報告せねばならん」
そう、重々しく口にされた。
「──誰に?」




