一章十 『ひとりじゃできないこと』
「ねーすごくない!? 観覧車、全員寝てたんだよ!? これは、オカルト的ななにかじゃない!?」
「普通に疲れてただけだろ」
「揺れて気持ちよかったしねぇ」
「えー!?」
観覧車を降りて早々にそんなことを言い出した遥斗だが、いつも通り雷斗と萌奈に軽くあしらわれる。
千秋からすると、当たらずとも遠からずといったところで──
「いや、かなり近くない? ニアピンどころじゃないんだけど」
「千秋、なにか言った?」
「ううん? お腹すいたしそろそろここ出てなにか買いに行かない?」
「賛成⋯⋯あ」
萌奈がそう言って腕時計にちらりと目をやり、言葉を止める。
そして、顔の前でぱんっと手を合わせ、
「ごめん、わたしもう時間ないかも! あと30分で電車乗らないと塾間に合わなくて⋯⋯」
「え、そうなの? じゃあ今日じゃなくても良かったのに⋯⋯しんどくない?」
「ううん、これくらい全然平気。それに、すぐじゃなきゃいけなかったから」
萌奈の言葉に若干の違和感を覚え千秋は首を傾げるが、萌奈はにこりと整った笑みを浮かべるだけだった。
「じゃあ、みんなはまだいる? わたしは駅向かうけど⋯⋯」
「あ? あー、俺も帰るわ。千秋も帰るだろ?」
「え? うーん、遥斗は?」
「萌奈が帰るなら帰ろっかなぁ。千秋が残るなら残るけど⋯⋯」
「ううん、なら俺も帰るよ」
そうして、足並みをそろえながら遊園地を出る。
まだ夕暮れとなるには早く、空に明るさが残っていた。
遊園地から駅までは歩いて10分と少しだ。
萌奈が本気で走ればもっと早くつくだろうが、遥斗の前で萌奈はあまり走らない。
それは、遥斗には可愛いと思われたいという萌奈のささやかな乙女心と、もうひとつは、
「──遥斗、体調は平気?」
「どうしたの急に? 平気だよ。ほら、昔に比べて顔色が違うでしょ?」
千秋の言葉に遥斗は振り向き、ウインクしながら顔をよく見せてくる。
──遥斗は昔から、体がとても弱かった。
千秋なんて比じゃないくらいに。
「平気ならいいんだけど。今日は結構アトラクションも乗ったし、心配で」
「もー、千秋ってお母さんみたい! それに、心配なのは千秋の方だよ」
「え?」
「──昨日も、今日会ったときも元気がなかったよ。今はいつもの千秋だけど⋯⋯何かあったんじゃないかって思って」
遥斗の言葉に、千秋は息をつまらせる。
雷斗の視線が千秋の顔へ静かに向けられるのを感じた。
先程の萌奈の言葉の意味も理解する。
千秋に元気がなかったのを遥斗たちは心配していて、すぐに元気になってもらおうと遊園地に行く算段を立てたのだろう。
「千秋?」
「──いや、ちょっと、友達と喧嘩したから。でも、仲直りできる気がしてきたから、もう、大丈夫」
千秋がそう言って笑えば、雷斗が横で目を見開いていた。
「──お前、俺ら以外にダチなんていたんだな」
「いきなり失礼な⋯⋯」
千秋が瞳を細めて怒りを表現するように雷斗の横腹にタックルをかますと、雷斗は眉一つ動かさずにそれを受け止める。
萌奈はそれを笑って見つめると、
「電車来たよ。乗ろう?」
と、笑顔で振り向いたのだった。
▽△▽△▽△
「じゃあ、千秋、またなー!」
遥斗が、夕焼けを背景に手を振る。
「うん、また」
千秋もそれに手を振り返し、背を向けて歩き出す。
──千秋たちの家は、全員が同じ方向だ。
その中で千秋が一番学校から近い。
遥斗たちはそこそこ距離があり、一番遠いのが雷斗だ。ちなみに、萌奈と遥斗はお隣さんだ。
だから、基本的に帰るときは全員の家を経由しながら近い順に帰っている。
「今日は雷斗の家の近くの駅だったから雷斗が最初に帰って、なんか新鮮だったかも」
遥斗の家の前まで来たから、家まではまだ距離がある。
そうは言っても、20分もかからずにつくから、そう遠すぎる距離でもないのだが。
「でも、急いで帰らなきゃ」
早く帰って、ミツルギを探したい。
「──どこにいるかわからないけど、探したら見つかる⋯⋯はず」
最悪見つからなかったら、刀にも協力してもらおう。
何度も刀を使っていくうちに刀の意思がはっきり分かるようになってきたから、きっとできる。
「──なら、戦うときはちゃんとリンクしてほしいんだけど」
歩きながら鞄の中の刀に触れ、そう話しかける。
すると、
『────』
「──俺の心が落ち着いてなかったから? それって、どうしようもないんだけど」
思っていたよりもちゃんと会話ができた。
それに、刀とリンクできなかったのは千秋の心持ちの問題だったようだ。
「ていうか、どういう原理なの? これ」
『────』
「魂がリンクしてるから意思疎通もできる⋯⋯? ちょっとよくわからな、」
話しながら歩いていると、いつの間にか家についていた。
思ったよりも早く歩いていたようだ。
「──なにかしてないよね?」
『────』
「してない? ならいいけど」
言いながら家の中に入る。
と、
「倉橋さん、まだみたい。先にご飯作っとこうかな」
出たときと変わらない、がらんとした玄関を見て、千秋は頭の中で献立を組み立て始める。
早くも刀と会話ができる事実への驚愕が薄れ、順応し始めている千秋の足元に、
「──ん、」
キツネを模した、可愛らしいぬいぐるみが座っていた。
「──あれ? こんなの持ってたかな?」
しゃがみ、千秋はそれを拾い上げる。
それは、ひどく精巧な作りで、今にも動き出しそうであった。
大きさは千秋が両腕で抱きしめられるくらい。重さは猫くらいで、なぜか暖かかった。
「倉橋さんが置いてるとか⋯⋯? それにしてもかわいい!」
思わず、そのぬいぐるみを抱きしめ、千秋のテンションは上がりに上がってしまう。
なにしろ、千秋は可愛いものが好きなのだ。
特にマスコット系には目がない。
「かわいい⋯⋯そうだ、ぬいぐるみ渡したら、ミツルギともうまく仲直りできるんじゃ、」
「──もう少し頭を使って話せ、人間」
「えっ──いたっ!」
抱きしめていたぬいぐるみから聞こえてきた低音ボイスに驚いて固まっていると、顎を思いっきり蹴られる。
頭がクラクラと揺れて、口から情けない声が出てしまった。
だが、そんな千秋を横目に、『それ』は宙で一回転して着地すると、
「──貴様は喧嘩をしたことがないのか? あれは喧嘩ではない」
「──ミツルギ⋯⋯?」
狐を模した人形──否、それはミツルギなのだろう。
立ち振舞と言葉遣いの特徴が、不自然なほどに一致している。
「ミツルギ、なんでそんな格好に⋯⋯もしかして、何か危ない目に──」
「友達にはなれんと、言ったはずだ」
ミツルギに手を伸ばそうとした千秋を、鋭い声が制する。
その声は、学校で聞いたときとは違い、怒ってはいなかった。
「──うん、言われた」
「なら、なぜ刀を手放さなかった。あんなふうに傷ついてまで、それに価値を見出したか?」
「──見てたの?」
「質問に答えよ。なぜあいつの言うように手放さなかった」
ミツルギの声が、また怒りそうな声になる。
それに千秋は少しだけ眉を下げ、そして、
「──友達にはなれなくても、名前のつかない特別になれるかもって、思ったんだ」
「────」
「友達じゃなくてもいいから、ミツルギがそばにいてくれたらなって」
「──下らん」
ミツルギは、千秋の言葉を一蹴すると、千秋の頭の上にぴょんっと飛び乗った。
「出会って間もない妖に心を開くな。危ない奴め」
「うっ⋯⋯でも、俺なりに色々考えて結論を出したから、」
「知っておる。見ていたからな」
ミツルギはそう言ってため息をつくと、ふわりと宙に浮き、千秋に右手を差し出した。
「──? なに⋯⋯?」
「なんだ、貴様が言ったんだろう。わざわざ人間のやり方に合わせてやっているんだ」
「人間のやり方⋯⋯」
ミツルギの言葉を反芻し,千秋は瞳を瞬かせる。
そして、
「──仲直り?」
千秋が、たどたどしく尋ねる。
ミツルギは、それにどちらとも言わず、
「全く、これだからガキは嫌なんだ」
とだけ言って、千秋の左手にその手を重ねた。




