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第28話 継承4

 深い青の空に分厚い雲が浮かぶ。竜人たちが野良着を着て薪割りに精を出し、そして木の束を背負って里山を下りていく。


 クルスは里山の果てと原生林のはざまにあってその音を聞いた。やがて竜人たちは、村にある自分の家に向かうだろう。そして夕餉の支度をするだろう。


 押し潰されたような藁ぶきの家々。それらの天井には竹で編んだの子が張られ、そこに薪やちがやを干している。どの家も家畜小屋のように臭く、暗い。


 村がわびしくなったのは圧政が続いているせいだ。どの家も米を育て、その収穫量の五割を納めねばならない。クルスはその生活がどれだけ過酷か身をもって知っている。竜人たちはそれでも不平を言わず、喧嘩けんかもしない。


 クルスはそんな竜人たちと話すとき、自分と彼らを結び付けているものを感じる。竜人たちは我慢強く、そして従順だった。


 哀しいほど哀れな土地。

 圧政に圧し潰された土地。

 それでも、竜人たちが生活する土地。


 そのような竜人の家々を囲む里山の奥に、クルスの養蚕小屋がある。クルスは毎日、蚕の糞を清掃し、新鮮な苔を与える。湿った苔の匂いがある。乾いた糞の粉が、朝の光に舞う。時期が来て熟蚕が手に入ると、古い熟蚕を捨てて、新しい熟蚕を保存用の器に入れる。


 ひそかに保存食を竜の里に常備しておく。それが里におけるクルスの役目だった。


 仕事の際、クルスは声を発して詩を紡ぐ。カイルの師アンヘルが作ったという、そのうたを。


 ——運命は人を選び取る

 高い魂は高い道を

 低い魂は低い道を


 高潔な魂よ 聖なる蒼空を見たか

 暗黒の魂よ 地獄の深淵を見たか

 奇蹟にも似た

 強く美しい旅の終わりに


 どちらにもなれない私は

 運命の指先からこぼれ落ちて

 ぼんやりとした平らな土地に 

 ちりとなって乾いていく


 そのように魂が降り積み 

 土に還る場所があるという

 届かなかった歌が響き

 風として巡る場所があるという


 そうして生命が溢れていく

 高い尾根に高い木々が

 低い渓谷に低い繁みが


 凡庸の私よ 芽吹く命を見たか

 凡庸の私よ 育つ命を見たか

 いびつに歪んだ

 価値なくさまよう旅の終わりに


 運命が人を選び取る

 高い魂は高い道を

 低い魂は低い道を


 やがて新しい子供たちの

 運命に満ちた旅が始まる

 ぼんやりとした平らな土地に

 幻想と真理が溢れていく


 どちらにもなれない君は

 運命の指先から零れ落ちて

 それでも降り積む塵を散らし

 剣を手に取り歩いていく


 そのように物語が始まり

 集う場所があるという

 祝福する歌が響き

 風として巡る場所があるという


 そうして生命が溢れていく

 高い尾根に高い木々が

 低い渓谷に低い繁みが


 凡庸の君よ うるおう井戸を見たか

 凡庸の君よ そよぐ麦畑を見たか

 終わらぬ日常

 朽ちない生存衝動の果てに


 求める安らぎの場所

 君の安らぎを祈っている

 私の魂が作り君に与えた

 この豊かな土と風の中で


 この詩を紡ぐたびに、“お前は大丈夫”、カイルがそう言っているような気がした。

 この詩を紡ぐたびに、“お前は正しくあれ”とカイルに励まされる気がした。

 

 自分は確かにカイルを滅ぼした人間だ。

 だが同時にカイルを継承した人間でもあるのだ。


 誰に認めてもらえなくてもいい。

 自分の行動と人生が、これから先もカイルについて語っていくだろう。


 それがクルスの責務だ。


 それがクルスの物語だった。




 時折、子供たちが養蚕小屋に現れる。そういう時、クルスは竜人の仔が去るまで好きにさせることにしていた。子供たちは原生林を歩き、暖炉の前で文字遊びに興じ、本を読み、罠猟に同行した。


 クルスは、それらを“保護”とは呼ばなかった。ただ、同じ時間を過ごしただけだ。


 クルスは子供たちに家出した事情を聞かないことにしていた。なぜなら理由は明白過ぎるほど明白だからだ。


 重税に苦しむ里親、重労働で埋め尽くされた日常、薄い粥。子供ならば鬱屈した感情が爆発しても不思議ではない。そしてそれはもう、議論でどうにかなるような問題ではなくなっていた。あらゆる賛成意見と反対意見。知性と感情の対立。だからクルスは子供たちになにも聞かず、何も言わなかった。ただ、狩りの方法や竜から逃げ延びるための知恵だけを教えた。


「お前は大丈夫だ。」


 クルスは子供たちに、それだけを言った。



 どうにも息苦しいときは、子供たちと剣術遊びに興じた。クルスは子供たちに合わせて、全身の筋肉を稼働させた。兵士時代の正規の剣術は忘れてしまった。クルスの剣術は飛び跳ね、体を捻じり、体のあらゆる部分を稼働させる喧嘩殺法だった。


 子供たちはたいてい、勝手に自分の話を始めた。ある子は屠殺を生業にする竜人の仔だった。その子は豚の首を上げて動脈を切り裂く作業が辛いことを話した。その光景が夢に出ることを話した。べとべとした豚の脂と血が夢の中で喉に絡みつき、息が詰まって目が覚めるのだと話した。


 そうして、子供たちはたいてい一週間や二週間をクルスの養蚕小屋で過ごし、そして去っていく。そうした子供たちの背中は少しだけ大人びて見えることが多かった。


 時折、情報を得るために里まで下りる。酒場では煮込んだかぶを片手に酒をあおる竜人たちがいる。


 ——王都では再び戦乱が起きようとしている。


 そのようなうわさが飛び交っていた。


 そうしたある日、クルスは負傷した戦士に出会った。


 男は肩の動脈を切断されていた。もうどうやっても助からない状態に思えた。それでもクルスは出来る限りの手当てをした。ニンニクから得た殺菌軟膏を傷口に塗り込み、服を喰い破って包帯の代わりにした。布切れを患部に当てて強く圧迫する。寝台まで運び、患部を心臓より高い位置に持ち上げる。


 兜を外すと、まだ少年と言っていい年齢の兵士だった。


 十中八九助からないと思えた。しかし少年はその日を生き延びた。その次の日も生き延びた。水を舐めさせると懸命に水を舐め取った。


 一週間後、少年は粥を自分で食べられるほど回復していた。


 少年は動けるようになると、クルスの養蚕を手伝った。苔を発酵させる方法を学び、薪割りして炭を焼く方法を覚えた。


 名を尋ねると、ノエル、と名乗った。


 クルスはノエルに狩りの方法を教えた。


 ノエルは真剣にそれらを覚えていった。


 ノエルは自分の罪をクルスに告白した。敵——あるいは敵と言われた子供を殺してしまったのだ、とノエルは喉を詰まらせて語った。


 そこには危険らしい危険はなかった。しかしノエルはその子が恐かった。その子の何かが恐かった。


「だから、槍を使った。槍を使って。」


 ノエルの言葉は、そこで止まってしまった。


 それがノエルの抱える戦争であるようだった。



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