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第24話 継承2

 折れた稲が、水田の縁に無残に倒れていた。蹄で踏み荒らされた泥には何度も往復した獣の痕が刻まれている。


 イノシシやシカは稲を食い荒らす害獣だった。クルスが村に貢献できる方法は多くない。クルスは罠を用いて害獣を狩る仕事をするようになった。


「道具をうまく使うんだよ」と子供たちが教えてくれた。


 子供たちは実にたくさんの事を知っていた。

 イノシシはそれぞれにヌタバという公衆浴場をもっていて、これとえさ場を結ぶ線上に罠を仕掛ける必要があること。

 けもの道は各所で枝分かれと合流を繰り返していること。

 障害物によって道が狭くなっている場所が狙い目であること。

 シカはもろく、イノシシは頑丈であること。


 クルスは罠猟の方法を子供たちから教わり、ときには独学で獣たちの足跡を調べて罠を張るようになった。六十キロ近いシカを狩り、百キロほどのイノシシを狩った。いつの間にか、クルスは罠猟を用いる本格的な狩人になっていった。


 困るのは子供たちがついてくることだった。「ついてくるな。危険があっても守れない」と叱っても、好奇心には抗えないらしい。子供たちは、クルスの後をこっそりと追いかけて罠を張る様子を見守っていた。


 天賦があるのだろう。クルスは短い間に罠の性質を理解し、害獣だけを狙って罠を仕掛けることができるようになった。胃や腸を裂くことなく内臓を取り外せるようになった。ナイフを器用に用いて食べられない部分をすぐに取り去れるようになった。


 内臓はすぐに傷んでしまう。クルスは子供たちと共に心臓と肝臓だけを焼いて食べ、残りは山に放置することにした。そうすれば他の獣たちが内臓を残さずに食べてくれる。子供たちと共に獣の皮を剥ぎ、肉を持ち帰る。


 子供たちが歌う。

 クルスはその歌声を聴いて帰路につく。

 かつては命令の声に囲まれて歩いた。

 いまは、この歌に送られて歩いている。


 クルスは里の狩人になっていた。




 ある日の午後、クルスはけもの道に竜の足跡を見つけた。家禽の足跡を大きくしたその足跡を見た瞬間、クルスが第一に考えたことは子供たちを家に帰すことだった。


 甲高い鳴き声がした。


 声を聞いて、子供たちは一瞬混乱に陥った。振り返る子もいたし、何か言いかけて黙る子もいた。泣き始めた子もいた。クルスは全員を率いて帰路についた。クルスは腰に帯びた剣をいつでも抜ける態勢を整えて子供たちを山から遠ざけた。


 宿屋に到着し、クルスは事情を老人に報告した。

「竜が出たよ。姿は見てないが。」


 老人は頷いた。


「不思議ではないな。奴らから見て、我々は弱者だ。少し待て。」


 そう言って、老人は奥の間から盾と剣を持ち出した。


「逆鱗鋼を用いた武器と盾だ。お前が使え。」


 クルスが「でも」と言いかけたが、老人はさらに言葉を重ねた。


「儂らは戦うのが得意ではない。お前にしか任せられん。」


 武器を見下ろし、クルスは老人に問いを発した。


「勝てると思うか。」


 老人は「わからん」と素直に答えた。


「勝てればよい。お前が負けたら、ほかに竜に勝てる者はいない。この里を捨てることになるだろうな。」


 それが老人の答えだった。老人の声には、脅しも叱責もなかった。ただ事実だけがあった。里を捨てる。その可能性を老人は考慮に入れている。クルスは首を横に振った。


「俺は里を失うことに耐えられない。やるしかない。」


 クルスは魔剣を帯び、魔法の円盾を左手に固定した。老人はその様子を黙ってみていた。


「咆撃と尾を使った一撃に気を付けろ。盾でしっかり身を守れ。」


 クルスはその言葉に頷き、宿屋を後にした。




 森はいつもと様子が違っていた。鳥たちの声はなく、獣たちの物音もしない。異世界に迷い込んだような感覚があった。クルスは緊張し、ため息を吐いた。自分を失うことには耐えられる。だが、子供たちが命を落とすことには耐えきれない。今度こそ、自分が壊れてしまう。


 瞬間、空中を影が覆った。勘でしかない。クルスは頭部を守って屈んだ。竜は盾に噛みつき、剣に噛みつき、骨を砕くような力で振り回した。腕が引きちぎられる錯覚に、視界が一瞬白く弾けた。クルスが足で竜を蹴り上げると、竜は空気を裂く衝撃音を発した。


 ——小型竜だ。


 クルスは初めて竜を見た。その言葉が、胸の奥で重く鳴った。艶のある鱗に包まれた肉体。琥珀色の双眸。長い尾。斥候として来たのか。それとも群れを追い出されてきたのか。いずれにしても退く気配はなかった。


「わかったよ。」


 戦うしかない。クルスは声を発し、剣を抜き放った。それでも小型竜はまったくひるまなかった。全身をバネにして、クルスに体当たりをしてきた。クルスは歯ぎしりをしてその一撃を受け止め、刃を振り回した。浅く竜鱗が裂けたようだったが、致命傷ではなさそうだった。


 再び、竜は体当たりをしてきた——瞬間、急停止して太い尾を鞭のようにふるった。


 盾から凄まじい衝撃が伝わり、おお、とクルスの口から叫びが零れた。クルスは完全に態勢を崩していた。


「クルス。」


 叫ぶ声が聞こえた。老人と大人たちが武器を手に傾斜を駆け上がろうとしていた。


「馬鹿野郎、来るな。」


 クルスは叫び、態勢を立て直した。竜の頭部を何度も剣先で切り払ったが、効果は薄い。


 英雄のようにはいかない。


 それでもクルスは盾を構え、威嚇するように剣を高く掲げる構えを取った。


 小型竜の判断は一瞬だった。身をひるがえし、藪の中へ姿を消していた。


 クルスは竜人たちに囲まれていた。顔見知りの人々が武器を持っている姿は奇妙だった。


「みんな来たのか。どうして。」


「数は力なり、だ。お前さん一人よりはいいだろう。」


 老人はそう言い、水筒を差し出した。


 クルスは首を横に振り、ため息をついた。


「数は力なり、か。竜も同じことを考えているはずだ。」


 クルスはそう呟き、言葉を重ねた。


「この辺りに、罠を多く仕掛けてみるよ。オレに出来るのはそれだけだ。」


 クルスはそう言って、竜の去ったあとのやぶを茫然と見つめた。




 数日後に、クルスは罠にかかった小型竜を見た。うなだれるでもなく、歯向かうでもない。幽霊のように小型竜は沈黙していた。


 クルスは盾を構え、慎重に小型竜に近づいた。何かがおかしい。なにかが奇妙だった。瞬間、クルスの背後に小型竜が二頭現れた。

「こいつはおとりか。」

 クルスは叫び、すぐに罠から離れた。


 クルスは小型竜と距離を取ろうとした。瞬間、小型竜の一匹が咆撃を放った。凄まじい衝撃音と威力に円盾が千切れとんだ。さらに二頭が現れた。合計五頭。小型竜の群れがクルスを囲んでいた。


 だが、クルスは決して取り乱していなかった。すぐに場所を移動した。岩が障害物になっている狭い場所。岩同士が隣り合っている狭い場所。入り組んでいる竹林。集団戦の強みを生かせない場所はどこにでもある。英雄的ではない。それでも猟師として生きた経験が、クルスを走らせていた。


 岩同士がぶつかり合う狭い場所を抜けたその瞬間、クルスは反転して小型竜を剣で貫いた。そしてクルスは後続の竜が戸惑っている間に竹林に逃げ込んだ。


 焦ったのだろう。無警戒に竹林に踏み込んだ小型竜の頭部に、クルスは魔剣を振り下ろした。別の小型竜が咆撃を放った。しかし衝撃は、竹林の分厚い幹と葉に吸われ、クルスには届かなかった。


 クルスは咆撃を吐いた竜に近づき、竜は全身をバネにして飛びかかろうとした。その瞬間、クルスは半身の姿勢で竜の一撃をかわし、竜の肉体に魔刃を沈めていた。剣は竜の動脈を裂き、熱い血煙がクルスの全身を濡らした。


 最後の一頭となった小型竜が無理やりに牙を剥いて襲い掛かってきた。クルスは吼えた。無我夢中でクルスは竜の腹から魔剣を切り上げた。柔らかい肉を裂く感触があった。脊椎を断つ感触があった。


 最後の一頭は逃げたらしい。何かが向かってくるような気配はなかった。竜は逆鱗を取らねば復活するということは教わっていたから、クルスは竹林の中に四頭を引き込んだ。そうしてから逆鱗を剥ぐ作業に取り掛かった。竹林の中ならば、相手が背後にいても音でわかる。竹林の入り組んだ地形が、クルスの味方として機能していた。


 勝ったのではない。生き残っただけだ。それが、この里で学んだ戦い方だった。




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