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第15話 狩人1

 ——お前は正しくあれ(be all right)


 脳裡に師の言葉が響いた。


 小型竜は、最初は二匹だけだった。

 一匹がトラバサミにかかり、悲鳴をあげた。その瞬間、もう一匹の視線が、藪の中にひそむカイルを捉えた。次の瞬間、戦いが始まった。


 自由な一匹は間合いを詰め、牙を剥き、尾を振るって足を砕こうとした。

 罠にかかった一匹も、魔剣が届く距離になるたびに咆撃を吐いて抵抗した。


 カイルは、アンヘルに叩き込まれた教えをなぞるように動いた。


 ——弱っている個体を優先する。

 ——元気な個体には、無理に踏み込まない。


 攻撃の予備動作が見えれば、即座に盾を構える。

 踏み込みの瞬間、魔剣を低く振り、脚を狙う。


 一匹目の脚が吹き飛んでも、二匹目は怯まなかった。

 咆撃が盾を叩き、衝撃が全身を貫く。カイルは後ろ受け身で地面に転がり、衝撃を逃がした。


 二匹目が吼えた。

 それに呼応するように、首を失いかけた一匹目も吼えた。


 何か来る。そう思った瞬間、藪が割れた。

 三匹目と四匹目の小型竜が、同時に姿を現した。


 この状況も、想定されていた。

 ——群れの中心に入るな。常に外側に立て。


 カイルは師の言葉を祈りのように口の中で反芻しながら、三匹目の懐に踏み込み、両眼を斬り裂いた。

 視界を失った竜が狂ったように暴れる。その隙に距離を取る。


 四匹目がいない。


 そう感じた瞬間、体が先に動いた。

 横に跳んだ直後、さきほど立っていた場所を咆撃がえぐった。


 視界の端に映った影に、カイルは全力で追いすがり、横薙ぎを放った。

 四匹目は両脚を失い、蛇のように地面をのたうった。


 三匹目の動きを牽制しながら、カイルは渾身の力を込めて、最初の一匹の頭部を断ち切った。


 それから十分に慎重を期して、カイルはすべての竜の首を刎ねた。


 小型竜達の逆鱗を剥ぐのは困難だった。首を失ってなお、体をうねらせ、跳ねとび、全力でカイルに抵抗した。カイルはそのような小型竜達を一匹ずつ調べ上げ、竜鱗の並ぶ表面をなぞり、腹を裂いた。そうして臓器を一つずつ切断して逆鱗を回収する。その作業はまさに重労働だった。


 汗だくになりながら、カイルは逆鱗の回収を終えた。


 カイルは消耗しきっていた。思えば、カイルは竜を狩ることに固執し過ぎて、それ以上を全く考えていなかった。どうすればいいのか分からなかったが、カイルはとにかく歩き始めた。


 北方向へ歩き、壊れた寺院を目印にして進路を変えて北東へ。


 真っすぐに歩きつづけると、昼前にはあの竜人の里を見つけることが出来た。夜には美しく見えた竜人の里だったが、朝陽の下では痩せた木と土の塊にすぎなかった。


 あの老いた竜人が、木扉を開けた。


「休んでいくか。」


 老人が問うた。


「ぜひにも。」


 カイルはそう答えていた。


 想像以上に消耗していたらしい。カイルはほぼ一日中ぶっ続けで眠っていた。リザの歌声が聞こえた。


 リステンブルグに叶わぬ願いが降るという

 癒すこと

 寄り添うこと

 守ること

 叶わなかった願いが降るという。


 リステンブルグに届かぬ祈りが降るという

 憩うこと

 生き延びること

 育つこと

 届かなかった祈りが降るという。


 世界に哀しい言葉が降るという

 呪詛と愁訴

 悲嘆と混迷

 それらの言葉も土となる。

 いつか土になるという。


 天から雨と光が差すという

 願いの葉と

 祈りの根に

 やがて言葉は天に還る。

 白い雲になるという。


 かの地に白い雲が散るという

 綿のように

 透明に

 それは物語であるという 。

 私たちであるという。


 カイルはリザの歌声に優しく揺られ、ようやく覚醒した。子供たちがカイルを遠巻きに眺めていた。


 カイルは寝台から上半身だけを起こし、ため息をついた。最後は醜態をさらしたが、ともかく竜狩りを成し遂げた。今になって動悸が激しくなった。頭がくらくらするようだった。言葉以上にとんでもない奇蹟を成し遂げたような気分だった。


「僕の…、オレの剣は通用する。」


 その悦びが全身に溢れた。


「暮らしていける。」


 カイルは自分の両手を眺めた。


 ピックアップの自動車両が来るまでまだ一日だけ時間があった。カイルは老人に頼み、身体をこまめに動かせる仕事を手伝った。もうすぐ冬になる。カイルは薪割りや、釣り用の小舟をしまい込むといった作業を黙々とこなした。


 そうしてようやく自動車両が到着し、カイルは現場を後にした。リザと老人が見送ってくれた。






「勇気を持ちたいものだな。」


 竜人ギルドで掲示板を見ながら、中年男が言った。


「別に聞いても聞かなくてもいいんだが。俺は勇気ってやつの本質を知りたい。君は勇気についてどう思う。耐え忍ぶ力のようなものだと思うか。」


 カイルは中年男に話しかけられ、動揺してしまった。それから、自分も竜狩りの戦士なのだ、と思い直して、ため息をついた。


「さあな。だけど、そうだな。勇気は大切だと思うよ。」


「そうとも。」


 中年男がそう答えた。


 そのようにして、少しずつ、カイルはその中年男と話すようになった。中年男は名をヨハンセンといい、十年以上竜狩りをしている男だった。


 夜、二人は焚き火のそばで話をした。ヨハンセンは革手袋を外し、指の関節を一つずつ鳴らした。火にかざされたその手は、節くれ立ち、ところどころに古い傷が走っている。


「ルアリング・アンブッシュが、一番恐ろしい」とヨハンセンは言う。


 ルアリング・アンブッシュは小型竜が用いる戦術で、わざと退却と見せかけて仲間達とともに逆襲に転じてくるものだ。高度な知的戦略で、命がけの戦場でこの戦略を見抜くことは至難の業だ。


 もっと強烈で単純に恐ろしい戦略もある。竜の不死性に頼って、死に物狂いで襲ってくる戦術だ。これはアサルトと呼ばれている。とにかく集団で突進してくるため、竜狩りは動きを封じられ、致命的な動脈や臓器を喰い破られる。あまりにもひどい死にようで、残骸すら残らないことも多い。


 ヨハンセンは一瞬、言葉を切った。

 視線が、火の向こうを越えて、どこか遠くに逸れる。


「遺体が残らないんだ。本当にな。」


 竜達は、そうした戦術で竜狩りに対抗する術を身につけていた。

 ヨハンセンは、それを「時代が変わった」と呼んでいた。


「ひどく悩まされるのは、本当は死の恐怖じゃないんだ。」


 ヨハンセンは疲れた声で言う。


「疑いようもなく確かなことと、不確かなこと。その組み合わせに、人は耐えられなくなるんだ。」


 ヨハンセンは、指先で眉間を押さえた。

 そのまま、しばらく目を閉じる。


「竜はこちらを数キロメートル先からでも感知できる。人数は何人くらいか。熟練者か新人か。装備はなにか。そんなことまでな。対して俺達は三百メートルくらいまで竜に接近しないと竜を見ることもできない。」


 ヨハンセンは、掌を開き、また握りしめた。


「相手は、もう俺達を認識している。それが一つ目の事実だ。そして俺達は、その竜と、狩るか狩られるかのゲームを始めなきゃならない。これが二つ目だ。その二つが絡み合っている。それが俺達を苦しめるんだ。」


 それがヨハンセンの言葉だった。




 ヨハンセンとカイルは気が合い、ともに仕事を受ける友人になった。たいていの場合、一日の終わりには周囲に地雷を張り巡らせ、タコつぼを掘り、そこで眠る。タコつぼを掘らないと、竜に囲まれた場合に咆撃を避けられないからだ。そして、一撃目の咆撃さえ凌げれば、攻勢に出るチャンスがある。ヨハンセンは大口径の散弾銃を携行していた。


 焚き火の火が小さく爆ぜ、焦げた木の匂いが漂っていた。

 ヨハンセンは大口径の散弾銃を膝に載せ、銃身を布で拭きながら、ふいに言った。


「たいていの人間は、物事を真剣に考えない。君は別だが。」


 ヨハンセンはいきなりカイルにそう言った。


「俺は勇気とは少数の人間しか持ちえない崇高なものだと思っていた。よく言うだろう。臆病者は死ぬまでに何度も死ぬが、勇者は一度しか死を経験しない。だが、今はそう思わない。」


「今は、勇気について、どんなふうに感じているんだ。」


「人間は臆病な振る舞いをすることもあれば、勇敢な行動をすることもある。紋切り型の言葉では勇気の問題は語れない。少なくとも、俺はそう思うんだ。」


 その会話をしたすぐそのあとで、カイルとヨハンセンは竜を発見した。乾いた草を踏み裂く音。冷たい風が頬を切る感触。ヨハンセンは全力で駆け、荒い息のまま散弾銃を撃った。それは致命的な過ちだった。


 それは典型的なルアリング・アンブッシュだった。藪がざわめき、土が弾け、小型竜たちが四方から姿を現した。ヨハンセンは悲鳴を上げ、竜達は彼に徹底的な攻撃を加えた。咆撃が空気を震わせ、肉が裂ける鈍い音と、ちくしょうめ、と叫ぶヨハンセンの声が重なった。


 それから、今度は逆に竜たちがカイルを追いかけた。カイルは事前に仕掛けた地雷原に竜をおびき寄せた。乾いた爆音が起こり、土と肉片が宙を舞った。焦げた臭気を感じた。地雷によって少なくない竜が吹き飛び、身体を引き裂かれていた。結果として、カイルは小型竜の集団を滅ぼし、仕事を終えていた。


 竜達は全滅し、カイルはたった一人の友人を失った。

 特に珍しいことではない。それが狩人の日常だった。


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