欲望の地図 ― 作戦会議の幕開け
欲望を読み、制度を設計し、城を奪う。
ヒマリと天才の作戦会議が始まります。
ゴブリンたちは、新しく現れた支配者に警戒の目を向けていた。
ヒマリが何故こんな尊大な男を受け入れたのか
理解が追いつかない。
一方、スケルトンたちは、かちゃり、かちゃりと骨を鳴らし、
満足げに並んでいる。
その中心で、フェルマーが立ち上がった。
「まずは現状把握だ」
即座に、冷えた声が場を引き締める。
「君の浄化――《浄化支配》は、
対象の欲望構造を正確に読み取らなければ、上書きに失敗する」
ヒマリはフェルマーが差し入れた
パンと果物を必死に口に入れている。
「下級魔物は単純だ。生存欲だけ。
だが中層以上は違う。欲望が複雑に絡み合っている」
フェルマーは指を立てた。
「無計画で進めば、城の魔力循環が崩れ、
最悪――魔物は全滅だ」
ヒマリはパンを喉に詰まらせ、涙目で聞き直す。
「……あなた、なんでそんなに詳しいの?」
フェルマーは当然のように答えた。
「私が召喚したからだ。
君の力の理論値は、最初から把握している」
傲慢な物言い。
だが、内容は正確だった。
「ただし、理論と実施は違う。
聖女の力が最初に発現しなかったのがいい例だ。
だから観測していた」
ヒマリは一拍置いて言う。
「……わかった。でも、私はヒマリ。
聖女って呼ぶの、やめて」
フェルマーは一歩近づき、彼女の顎に指をかけた。
丸い眼鏡の奥で瞳が歪んだ。
「ゴミ捨て場の聖女、ヒマリよ。承知した」
ぞわり、と空気が揺れる。
◆
最下層の広間は、即席の作戦室へと作り替えられた。
浄化されたゴブリンたちが木箱を運び、
ゴーストたちが古びた地図を丁寧に広げていく。
ヒマリは埃っぽい椅子に腰を下ろした。
向かい側で、フェルマーは僅かに眉をしかめた。
「座らないの?」
「中層も魔物の警戒心が強まっている。
ジギスムントが何かやったのだろう」
「前に失敗したのに、更に難易度があがるの?」
ヒマリの顔がこわばる。
「……ふん、私がいるからには思い通りにいかない」
フェルマーは鼻で笑う。
「あなたの頭はさぞかし優秀なんでしょうね」
ヒマリは面倒くさそうに相槌を打った。
「天才の思考は立位のほうが冴える。
――だが、君の最適化理論に従うなら」
フェルマーはヒマリを見つめながら、
椅子を引いて腰を下ろす。
「ここはむしろ攻め時だ」
従っているようで、屈してはいない。
それが彼なりの知的服従だった。
「では本題だ。中層攻略の作戦会議を始める」
フェルマーは記録水晶をテーブルに置いた。
淡い光が広がり、魔王城の立体図が浮かび上がる。
回廊、区画、魔力の流れ
――中層構造が詳細に描写された。
「主敵は二系統。上級デーモン群と、サキュバス群だ」
赤い光点が二か所に灯る。
ヒマリは腕を組む。
「……さっきの失敗で分かった。
浄化は、欲望を読み違えると弾かれる」
フェルマーが頷く。
「その通りだ」
水晶が操作され、欲望構造のチャートが展開される。
棒状のグラフが並び、数値が浮かぶ。
「デーモン権力欲70%。
他者を従わせたい衝動が、支配欲を上回る」
ヒマリは小さく息をのむ。
「クルス時代は恐怖で縛っていた。
だが本質は支配されたいではなく、統治したいだ」
フェルマーは淡々と続ける。
「デーモンは一度怒らせているから、
私の言うことなんて聞かないかも…」
「君の光で上書きするなら、口約束ではなく、
目に見える報酬制度を用意しろ。
決定権を分散させ
各デーモンに小隊指揮権を与える、
悪いが今の君の従えている魔物より数段優秀だ」
ヒマリはテーブルに指で線を引いた。
現世の記憶――組織論、評価制度。
「……ピラミッドじゃなくて、準フラット構造ね。
数値で評価して、競争させる」
フェルマーは満足げに頷く。
「正解だ。権力欲は満たせば従順になる」
次の図が浮かぶ。
「サキュバスは違う。
承認欲50%、快楽40%、社交10%」
ヒマリは苦笑する。
「……厄介ね」
「感情反発が強い。
浄化による清純化は、自己否定と受け取られる」
フェルマーは淡々と続けた。
「よって、先に交渉だ。
承認を与え、役割を与えろ」
光点が動き、矢印が伸びる。
「外交役、諜報役として配置。
成果に応じて、宴や贅沢品を支給する」
ヒマリは肩をすくめた。
「……ブラック企業の改革案みたい」
「上層から吸い上げるだけの魔王ノリスは旧世代型支配者だ。
君は最適化で上書きする」
地図に青いルートが描かれる。
「侵攻順はこうだ。
まずデーモン区画。次にサキュバス」
ヒマリは立ち上がり、拳を軽く握った。
「……うん。これなら、いける」
フェルマーを見る。
「ありがとう、フェルマー」
彼は肩をすくめた。
「礼など不要だ。
私の最高傑作が失敗するのは、面白くないだけだ」
会議は終わった。
魔物たちは動き出し、城の空気が静かに変わり始める。
◆
一方、王都。
ロンデル公国を追い詰めながらも撤退の命令に
不承不承従ったノリスはワイングラスを傾け、
微かな魔力の揺らぎに目を細めた。
「ふふ……私の城で、何か始まったわね」
ジギスムントはロンデル公国を傘下に治める交渉中だ。
今だけはノリスに命令するものはいない。
「ゴミ捨て場に届いた光があったかしら?」
彼女が黒翼を広げると、ワインを注ぎに来たメイドが
飛び上がる。
次の瞬間、彼女の姿は消えていた。
お読みいただきありがとうございます。
次回、魔王ノリスが動き始めます。




