自称天才、魔王城に降臨
新たな来訪者は、味方か、それとも災厄か。
自称天才が魔王城に降臨します。
魔王城の玉座は、今も空いている。
かつて、この場所に座っていた者の名は
――前魔王クルス。
中層から撤退したヒマリに魔物達の失望が広がる。
クルスの治世は冷酷で無慈悲だったが、
均衡は保たれ、争いは最小限に抑えられていた。
「……あの方なら、こうはならなかった」
誰かの呟きが、静まり返った広間に溶ける。
その言葉は祈りであり、同時に今を否定する呪いでもあった。
だが、玉座の前に立つ少女
――ヒマリは、その名に縛られない。
「知らないよ。その魔王がどれだけ立派だったかなんて」
そう言って、ヒマリは小さく息を吸い、一歩だけ前へ出た。
玉座に落ちた影が、ゆっくりと形を変える。
ゴミと瓦礫の匂いがまだ残る最下層で
魔物たちが、静かに整列している。
武器を構えもせず、暴れることもなく、
ただ一人の少女の指示を待っていた。
ヒマリは、浄化された魔物たちを見渡しながら、
小さくため息を付く。
「しばらく、下層で過ごすわ。ゴブリンは食料を探して。
骸骨兵は使えそうな骨を確保に。
ゴーストの皆さんは、
休養を取ったあとで中層偵察のローテーションを組んで」
ヒマリは浄化の効かない魔物を見て
これまで従ってきたゴースト達にも変化があるか
不安げに見渡した。
だが、クルスと比較されたものの
それ以上、ヒマリを責めることなく動き始めた。
中層からは撤退したけど、組織は形になり始めている。
(でも、足りない……これ以上何をしたらいいのか…)
――そのとき。
空気が引き裂かれるような感覚とともに、
広間の中央に魔術陣が浮かび上がる。
青白い光が瞬き、次の瞬間、
一人の男が吐き捨てるように現れた。
「……ああ、やはりだ」
長衣をまとった痩せた男。
広いおでこに形の良い三日月の眉
銀縁の眼鏡をかけ、苛立った様子で鼻を押さえる。
「どけ、ゴブリンども。臭い」
命令口調。遠慮も配慮もない声音。
だが――
魔物たちは逆らわなかった。
いや、逆らえなかった。
男の放つ空気そのものが、彼らの本能を縛っていた。
ヒマリが警戒して一歩身構えるより早く、
男は彼女を見て口角を上げた。
「……ほらな」
まるで最初から答えを知っていたかのように。
「私が召喚した聖女が、何の力も持たないはずがない」
ヒマリは思わず息を呑む。
「……誰?」
男は当然のように名乗った。
「フェルマーだ。召喚術式の設計者。責任者。天才」
一拍置いて、付け足す。
「それから――君の生みの親でもある」
「はぁ?
ふざけないで。私は捨てられたの!」
ヒマリはこの世界に召喚されて始めて、地の声が出てしまった。
「だから、様子を見に来ただろう?
私が自ら」
自信満々。
傲慢。
疑いようもなく性格が悪い。
なのに。
(……なんで)
ヒマリは、胸の奥に生まれた違和感に戸惑った。
(こんなに偉そうなのに……)
魔王城。
敵だらけの場所。
誰も信用できない世界。
その中で。
(……いると、安心する)
理由は分からない。
けれど、不思議とそう感じてしまった。
フェルマーは周囲を見回し、舌打ちする。
「浄化が始まっているな。
しかも、制御なしでここまで進めるとは……」
「褒めてる?」
「呆れている」
即答だった。
だが、続けて言う。
「これを役立たずと言うなら、この世界の術者は全員無能だ」
彼はヒマリを正面から見据えた。
「いいか、聖女。王は君を捨てた。
魔王は、まだ気づいていない」
淡々と、事実を並べるように。
「だが私は違う。
これは私が設計した術式だ。成果は回収する」
そして、信じられないことに。
フェルマーは、その場で片膝をついた。
肩に掛かった銀髪が流れ落ちる。
敬意でも忠誠でもない。
当然の帰結のような動作だった。
「君は私の最高傑作だ」
魔物たちがざわめく。
人間が、聖女に跪いた。
「だから私は君につく」
ヒマリは思わず苦笑する。
「……ずいぶん都合いいわね」
「天才とは、そういうものだ」
即答だった。
傲慢で、自己中心的で、間違いなく信用しづらい。
それでも。
この世界で初めて――
彼は、ヒマリを「失敗作」と切り捨てなかった。
ヒマリは小さく息を吐く。
「……じゃあ、フェルマー」
「何だ」
「一つだけ言うこと聞いて」
「言え」
「ゴブリンたち、臭くないから」
一瞬、フェルマーが目を瞬かせる。
そして、鼻で笑った。
「感情論だな。だが――承知した」
その言葉に、場の緊張がわずかに緩む。
「あと、人間の食べる食べ物をください」
ヒマリのお腹がぐぅとなり、赤面する。
「なんだ、お願いが二つになっているぞ」
細身の魔術師は指を二本立てて、にやりと笑った。
こうして。
最悪で、
最も有能で、
そして危険なほど理性的な協力者が、ヒマリの側についた。
まだ誰も知らない。
この自称天才の存在が、
王の計画も、魔王の支配も、
静かに狂わせていくことを。
フェルマーという厄介で有能な男が加わりました。




