シュルツ視点:亡命とヒマリとの初対面
王宮を去った第二将軍シュルツ。
彼が選んだのは、噂の聖女のもと。
軍章を外した瞬間、私は王国の将軍ではなくなった。
私の中では、すでにすべてが終わっていた。
ノリス様は笑っていた。
あの人らしい、無邪気さの残る、残酷な笑み。
「式はここでやるの。
魔王の婚礼に神父はいらないって!ね、素敵でしょ?」
ジギスムント様は、表情を変えず頷いた。
神父も誓約書もない婚礼など、国家として有り得ない。
陛下は百もご承知のはずなのに。
私はその場で理解してしまった。
この方は王たる資質を欠いている。
忠誠を捧げるべき主君の姿はなく、
遊戯を完成させるための駒同士の会話だ。
私は第二将軍として、
多くの戦場を見てきた。
裏切りも、粛清も、狂気も。
だが今の光景には、
それらとは別種の冷えがあった。
心が、最初から置かれていない。
ノリス様が本当に気づくのはこれからだ。
その夜、私は部屋に戻らなかった。
荷をまとめ、軍章を外し、剣だけを取った。
逃亡ではない。亡命だ。
向かう先は一つだけ。
――ヒマリ。
彼女は最近、妙に名が挙がる存在だった。
無力と噂され、同時に魔王城を制したとも囁かれる女。
だが、事実魔物の被害は軽減していた。
不気味なほど、静かな中心。
私は情報網を頼り、
夜明け前の外縁拠点にたどり着いた。
魔王城を見渡せるだけの粗末な建物だった。
警備も、威圧も、誇示もない。
拍子抜けするほど、普通だ。
だが、聖女はここを会合場所に選んだ。
第二将軍である私を魔王城で受け入れるわけには
いかないのだろう。
扉を叩くと、すぐに声が返った。
「はーい。どうぞー」
……軽い。
中に入ると、ランプの下に少女がいた。
異世界人らしく黒髪だ。
年若く、可愛らしい奇妙な服を着ている。
危険な気配はない。
だが――なぜか、視線を逸らせなかった。
それが、ヒマリだった。
「えっと。シュルツさん?」
私は片膝をついた。
軍人としての、最後の礼だ。
「はい、私がシュルツ。
元・ブリュード王国第二将軍。
本日をもって、亡命を希望する」
沈黙。
だが、重くならない。
「ふーん。将軍さんなんだ」
ヒマリは首をかしげた。
「亡命ってことは、
ノリスとジギスムントのとこ、やめたの?」
「……はい」
「理由は?」
私は一瞬、言葉に詰まった。
正確に言えば、説明は難しい。
だが――
「そこに、人がいなかった」
それだけ答えた。
ヒマリは目をぱちっと瞬かせてから、
少しだけ、困ったように笑った。
「そっか。じゃあ、私と同じだ」
その言い方が、妙に胸に刺さった。
評価でも、詰問でもない。
ただ、これまでの辛酸が垣間見えた。
「とりあえず、お茶飲む?」
私は面食らった。
「フェルマー殿を呼ばないのか?」
私は軽く扱われているのだろうか、
条件提示も、忠誠の誓約もないとは。
「あの人を呼んだら、貴方は隔離されちゃうわ。
間者の疑いが晴れないとか、保険がどうのって…」
「それで……よろしいのですか」
「うん。亡命者にまず聞くのは、
喉乾いてない?って決めてたから」
理由が軽すぎる。
だが、不思議と――
それでいいと思ってしまった。
腰を下ろすと、緊張が一気に抜けた。
自分が、どれほど張り詰めていたのかを思い知る。
「ノリスは、あなたを高く評価していました」
私は国妃となったはずの女性に自然と敬称をはずした。
「え、そうなの?」
「ええ。面白い駒だと」
ヒマリは苦笑した。
「そっかぁ。
でもね、私は駒になる気ないんだ」
視線が合う。
その目は、穏やかだが、はっきりしていた。
「私は、誰かを勝たせるために動かない。
自分が納得したときだけ、手を出すの」
それは宣言だった。
だが、支配ではない。
「……それで、ここにいていいでしょうか」
私はそう尋ねた。
軍人としてではなく、一人の人間として。
ヒマリは少し考えてから、笑った。
「いいよ。
裏切らないなら」
「誓います」
「うーん、それは信じない」
そう言って、彼女は肩をすくめた。
「でもね、逃げてきた人が
もう一回ちゃんと選び直そうとしてるなら、
それは嫌いじゃない」
胸の奥で、何かがほどけた。
――ああ。
私は今、ようやく求めていたものに会えたのだ。
外では夜が明け始めていた。
薄い光が差し込み、
粗末な部屋を淡く照らす。
この場所は、城ではない。
旗も、命令も、栄誉もない。
だが。
ここには、呼吸がある。
私は深く息を吸い、
静かに頭を下げた。
「……以後、よろしくお願いします。ヒマリ殿」
「うん。よろしくね、シュルツさん」
その声は、戦場よりもずっと静かで、
それでいて、奇妙に強かった。
――こうして私は、王のもとを去り、
魔王城に足を踏み入れたのだった。
シュルツ加入でヒマリ陣営は強化されます。




