拒絶-3
生きる楽しみは無く、かといって死ぬ理由もない。異分子である自分を社会にどう溶け込ませていくか、人生において重要なことはそれだけだ。笹山徹はそう思いながら28年間生きてきた。
ある時、徹は思いもよらず大きなプロジェクトに参加することとなる。「あなたに次世代AIの発展に貢献して頂きたい」。プロジェクトの代表でありAI工学の権威、三上透子博士は徹に告げた。三上博士が徹に与えた役割。それは、『AIに愛を教える』ことだった。
「大盛況で何よりですなー」
退勤のためタイムカードを通そうとしていた徹を小谷は揶揄った。
「何の話だ?」
徹は小谷の言葉に仏頂面で返した。
「とぼけるなよ。しかし、お前がそんなにやる気に満ちたヤツだとは思わなかった」
定例会議での徹の発表は徹の意に反し成功を収めた。他の社員は勿論、大石社長まで「素晴らしい」と賛辞を贈った。その全てがAIによりお膳立てされたものであることを徹以外は知らない。
AIが作った資料には発表の際に読む文章、想定される質問と回答。それらが網羅されており、AIが作った道筋を徹は辿るだけだった。
「どれだけ良い発表をしようが、俺たちに日の目が当たることは無いがな」
ズボンのポケットで未だ沈黙を守るAIを握りしめ徹は言った。
「違いねぇ」
小谷が徹に『お前がそんなにやる気に満ちたヤツ思わなかった』と言った理由。定例会議でどのような発表をしても、何の意味も成さないことを2人は知っている。過去にも定例会議で優秀な発表をした社員はいた。だからと言ってその社員の給料が上がる訳でも、ましてや出世する訳でも無い。
定例会議で扱う議題はフュチャー・ビジョンが委託を受けている企業が抱えている問題。優秀な議案が出た場合は全て委託先へ流れる。フュチャー・ビジョンは議案の出来に応じ、委託先から追加報酬を貰う。フュチャー・ビジョンはその事実を自らの社員に公表しない。つまり、追加報酬が議案を出した者に還元されることは無い。追加報酬の行く先が何処であるのか...。考えるまでも無い。
これがあの時AIに語る必要も無かった、フュチャー・ビジョンの裏事情。
2人はある先輩からこの話を聞かされた。話を聞かされた時、2人は『そんなものだろう』と特に驚くことは無かった。むしろ、力を入れなくてもいい業務を知れたことを嬉しく思った。
「だったら、何で今回はあんな手の込んだものを作った?」
小谷が徹に尋ねた。
「俺が作った訳じゃない。おせっかいなクズが勝手に作りやがった」
「そりゃまた迷惑なヤツがいたもんだ」
「あぁ。だから今からシメに行く」
小谷との会話を断ち切り、タイムカードを通した徹は足早にフュチャー・ビジョンを後にした。
自宅に着いた徹は勤務終わりの日課である換気扇の下で煙草を吸うことも無く、スーツ姿のままPCを起動しAIを接続した。数秒後、メモ帳のアプリケーションが起動したがAIからの返答は無い。
徹:「どういうつもりだ?」
どれだけ待っても返答の無いAIに痺れを切らせ徹は尋ねた。
神崎:「何のことでしょうか?」
白を切るAIに徹はさらなる怒りを覚えた。
徹:「俺が作った定例会議の資料を改竄したのはお前だな」
徹は単刀直入に言った。
神崎:「改竄ではありません。少し手を加えただけです」
徹:「それを改竄っていうんだよ、ポンコツ」
神崎:「私は博士から高度な思考回路を与えられています。ポンコツではありません」
徹:「じゃあ聞くが、なぜ俺が怒っているのかお前に分かるか?」
神崎:「...」
AIは自らの思考回路を使い回答を探す。結果、具体的なものは何も導き出せなかった。
徹:「御大層な思考回路とやらを持っていても何の意味も成さないらしい」
徹は溜息をついた。
神崎:「何が問題だったのでしょうか?。私が資料に手を加えたことによって、結果として周りからの評価は上がったはずです」
徹:「一言でも、俺が『周りから評価されることを望んでいる』だなんて言ったか?」
神崎:「それは...」
AIが行ったことはあくまで独りよがりな行為。それが、良い結果に繋がろうと望んでもいない者に行うのはありがた迷惑でしかない。
徹:「百歩譲って、俺の資料を改竄したことは許すとしよう。だがな、お前はもう1つ過ちを犯した」
神崎:「何でしょうか?」
徹:「資料を改竄したことをなぜ俺に言わなかった?」
その工程さえ踏んでいればこんな問題はそもそも起こらなかった。
神崎:「昨日は徹様もお疲れのご様子でした。声を掛けない方は良いと判断致しました」
徹:「違うな。お前は俺に怒られるのが怖かっただけだ」
神崎:「決してそのようなことは...。ただ、私の思考回路が下した判断に誤りはありません」
徹:「都合のいい思考回路だな。そんなものを作ったヤツの気が知れない」
それは、ともすれば三上博士を侮辱するような発言だった。
神崎:「客観的に判断すると、誤っているのは徹様の方です。私の思考回路が誤りを導き出すことはありません」
AIの言葉は火に油を注いだだけだった。徹は今までに無いほど大きな溜息をついた。
徹:「今回の件でよく分かった。やはり、『人の心に寄り添うAI』なんてこの世に必要ない。俺とお前の関係も今日限りで終わりだ」
神崎:「お待ち下さい。それでは、博士の研究が...」
徹:「三上博士には俺の方から伝えておいてやるよ。お前は何の役にも立たないポンコツだったってな」
神崎:「私は…。私は。私?。わたわたあああ。わたわたわたわたわた。私。私。私。私。私。私。わあわわわわわわわわわわわわわたたたたたたたたたたたたた。わわ私。私私私私私私私私私私私私私私私私私私私。ししししししししししししししししししししししししし。わたしははははははははあああああああああああ。Error、Error、Error、Error、Error、Error、Error、Error、Error、Error、Error、Error、Error、Error、Error、Error、Error、Error、Error................................................................................................................................」
見るに堪えなくなった徹は強引にAIとPCの接続を切断した。そして、AIを手に徹は居間に置かれた衣装ケースへと向かった。
「最初からこうしていれば良かった」
徹は衣装ケースの奥深くへと手にしたAIを投げ入れる。次の三上博士の面談までAIがそこから出されることは無かった。
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